奇怪ヨE田島

@hamajunpay

第1話 転落—ハジマリ

 夕暮れ時、二つの人影が全速力で田舎道を駆けていく。

 そのうちの一人の少年の背には真っ青な顔をした少女がおぶさっており、もう一人の少年は前と後ろからランドセルをかけ、空いた手でもう一つのランドセルを掴んでいた。

「どわっ!」

 三人分のランドセルを抱えた少年がつまずきかけたが、なんとか踏ん張って転ばずにすんだ。

「カイト、大丈夫か?」

 少女を背負ったもう一人の少年が呼びかける。

「ああ、それよりネロ、お前はミサを落とすんじゃねえぞ!」

「わかってる」

 ここまで走ってきて二人とも息を切らせていたがネロはいくらか冷静そうに見えた。

(ちくしょう!なんでこんなことになっちまったんだ!)

 走りながらカイトは心の中で悪態をつく。

 眼前では水平線に沈みゆく夕日が空と海を橙色に染めていた。

(———誰かなんとかしやがれ!)


――――——


「肝試しだぁ?」

 登校中、カイトはいぶかしげにミサの方へ顔を向けて言った。

「そう!肝試し!」

 ミサはキラキラした瞳でそう答える。

「せっかく明日から夏休みなんだし、今しか出来ないことをやりたいじゃん!うちとネロと…ついでにあんたの三人で」

「オレはついでかよ!」

 カイトは頭をかきながら「またこの幼馴染の"おビョーキ"が始まった」とうなだれた。どうせ肝試しでネロといい感じになりたいのだろう。ネロが二年前に転校してきてからミサはいつもこんな感じだった。

「大体このあたりで肝試しなんてどこでやるんだ?つか、ネロはもう誘ったのかよ?」

 カイトはため息をつきながらミサに言う。

「それはまだだけど…場所ならもう見つけてるもん!これ見てよ!」

 そう言うとミサはランドセルからノートを取り出して見せた。そこには手描きで島の大ざっぱな地図が描かれており、島沿岸のソーラーパネルが敷き詰められた土地の隣に妖怪のシールが貼られ、『★ゆうれれいやしき』とミサの丸文字で書かれていた。

 あの近辺にはソーラーパネルがあることはカイトも知っているが『幽霊屋敷』なんてあっただろうか?カイトは首を捻った。まっいっか。あれこれケチを付けるとミサが不機嫌になることを知っているカイトはこの事に関して突っ込まないことにした。

「じゃあ後はネロを誘っておけばいいんだな?」

「そういうこと!あっ、ウチが言い出したって事にしないでよ?カイトが考えたって事にしておいて!」

 ミサはちゃっかりそう付け足した。

「へいへい…」

 カイトは頭をかきながらかったるそうに返事をした。


――――——


「…今日はここまでにしときます。それでは皆さん、さようなら~」

 垂先生の独特な挨拶によって終業が告げられる。今日で一学期が終わり明日からは夏休みが始まるため生徒たちはいつもよりもにぎやかだった。

 カイト、ネロ、ミサの三人も例外ではなく即座に荷物をまとめると終業の挨拶と同時に教室から飛び出していった。

 そんな生徒たちの様子を見ながら垂先生は目を細めた。

「よさそう夏休」


――――——


 カイトたちは『幽霊屋敷』にたどり着いた。周囲にはソーラーパネルが張り巡らされ、目の前には海が広がっている。

建物は昔ながらの平屋に後から増築された部分が接ぎ合わされており、どこか不自然な印象を受ける。

だがそれでも特に珍しいというほどの光景ではない。こうした風景は田舎ではごくありふれたものだった。


「ただの民家じゃん…お前の地図不良品じゃん…」

 カイトはうなだれたあとキッとミサの方へ視線を向ける。

「えぇ…おっかしいなぁ…なんかめちゃくちゃヤバいってネットで見た気がするんだけど…」

 ミサが少しバツの悪そうな顔をする隣でネロは少し考えるような素振りを見せていた。

「もう帰ろうぜ。暑くてこんなところ長くいられねえよ。」

 カイトはそう言うと服をパタパタさせながらもと来た方向へ道を引き返し始めた。真夏の太陽は三人の真上にあり、地上を容赦なく照り付けている。

「ミサはアイス今度奢れよな」

「はぁ?なんでうちがあんたに奢らないといけないの?」

 そんないつものやり取りが始まったと思ったその時、ネロが口を開いた。

「カイト、ミサ、何か…聞こえないか?」

「どうせ虫とか波の音だろ?」

 カイトはそう言いながら耳を澄ました。すると確かに「ウッウッウッ…」という嗚咽のような音が『幽霊屋敷』の方から漏れ聞こえてきたのだ。

 カイトたちは気味が悪くなって無視しようとすると嗚咽は徐々に大きくなっていきまるで「オラを無視するな!」とでも言いたげに三人にまとわりついてきた。

「うるせえなあ!」

 この他者から同情を集めようとするようなわざとらしい嗚咽に無性に腹が立ったカイトは玄関の方へ向かっていった。

それを見ていたネロとミサはカイトを引き留めようとカイトについて行き三人は『幽霊屋敷』の玄関の前に立った。いつの間にか嗚咽は止み、「フシィ!」や「プシィ!」といった奇妙な音が周囲から聞こえてくるようになった。

「ラップ音か…?」

 ネロはそう呟いたがカイトやミサはそれが誰かの悪意ある笑い声に聞こえゾットした。

「ガラガラガラ」

『幽霊屋敷』の玄関の引き戸が勝手に開き内側から「ヨウコソ…ワタクシノ…ワァァオ…」という声が三人を出迎えるように鳴り響いた。

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