第25話 勇者たちの団結

「まあ、いいでしょう。わたくしも鬼ではありませんから。返事は後日、聞きにまいりますわ。それまで、せいぜい震えて悩みなさいな。おーほほほほ!」



 イザベラは勝ち誇ったように高笑いを残し、扇子で顔を仰ぎながら悠々と部屋を去っていった。

 後に残されたのは、重苦しい沈黙と、三者三様の悩みを抱えた美少女たち。そして、一人だけ状況をいまいち理解できていない俺。



「ど、どうしましょう……私があんなハレンチな本を書いた何て、世間に知れたら……いえ、それよりもカズキ様に知られてしまったら……! もうお嫁にいけません……っ!」



 セレスティアは顔を真っ赤にして両手で覆い、その場で崩れ落ちんばかりに体を震わせている。普段の穏やかな聖女の威厳はどこへやら、完全にパニック状態だ。



「私だって……! その……色んな人に婚約者だって吹聴してたことがカズキにバレたら……!  穴があったら埋まりたい……! ううん、もうカズキの胸に埋まるしかないわ……!」



 シルヴィアもまた、羞恥に耐えきれないのか、顔から火を噴きそうな勢いで悶えている。かと思えば、ちらちらと俺の胸元に視線を送ってくるのはどういうことなんだ。


「本? 婚約者マウント……? よく聞こえなかったんだが、何の話だ?」

「カズキ様お願いですから突っ込まないでください……乙女の秘密なのです」

「これ以上その話に踏み込まないで、自害するわよ」



 セレスティアの叫び声だったり、シルヴィアに耳をふさがれたりして、よく聞こえなかったが二人にとっては致命的な弱みなのだろう。

 何とかしてあげたいのだが……詳しく事情を教えてくれない以上どうすべきか……



 俺が一人で首を捻っていると、この場で唯一冷静さを保っていたシノンが、すっと細い指を顎に当てた。



「お二人とも、今は動揺する時ではありません。それよりも、問題は情報の出所です。王国の貴族にすぎないイザベラ様が単独で調べられる範囲を、明らかに超えています。まるで、私たちの心を直接覗いたかのように……」



シノンの鋭い指摘に、俺の脳裏に、あの忌々しい魔族の顔が浮かんだ。



「……もしかしたら、魔族が関係しているかもしれない。アスタロトって奴がいたんだ。あいつはこの街の近くに潜んでいた、その時にセレスティアやシノンの秘密を見たのかもしれない」

「確かに……まるで人の心を丸裸にするようなハレンチなあの魔族ならば、可能かもしれません」



 俺とセレスティアが西の森での一件を話すと、シノンとシルヴィアが「「魔族!?」」と弾かれたように顔を上げた。

 さっきまでのしおらしさはどこへやら、その瞳に剣呑な光が宿る。



「乙女の秘密を覗くなんて最低ね。のぞき魔族じゃないの、いますぐ処刑しましょう」

「ですが、イザベラの元にいると限らないのでは? 遠くで苦しんでいる私たちの様子を想像しているかもしれません」



 シノンの言葉に俺たちは首をふる。伊達に魔王を討伐し、何体もの魔族と戦っていたわけではない。奴らの性質はわかっている。



「あいつのような上位の魔族は人の感情を喰って力にするんだ。そして、感情には鮮度があるらしいからな、俺たちが苦しんだり、絶望したりするのを、特等席で見て楽しんでるに違いない。この領地にはセレスティアが張った結界があるから、直接手出しできない。だから、イザベラみたいな性格の悪い奴を操って、そのそばで話を聞いて楽しんでいると思う」



 グラシャラボラスの時もそうだった。やつはセレスティアを直接追いつめいたぶっていたし、後の最終決戦も部下には任せずに俺達勇者パーティーと正々堂々戦ったのだ。それは相手が武人タイプというわけではなく、俺たちが絶望する感情を直に喰らいたかったからなのだろう。

 そして、俺の推理を聞いた瞬間、部屋の空気が一変した。



「なるほど……元凶が魔族ならば話は別です。神に仇なす不浄な存在を討つのは、聖女の務めですからね……そもそもカズキ様にいちゃもんを付けた時点で神の敵ですし……」


 セレスティアは立ち上がり、恍惚とした笑みを浮かべる。その瞳は、もはや獲物を見つけた捕食者のそれだ。



「そうとわかれば話は早いわね!  魔法でイザベラの屋敷ごと黒焦げにしてやれば、証人もろとも消え去るわ!  私の婚約者にたてついた時点で万死に値するのよ!」


 シルヴィアも杖を握りしめ、好戦的な笑みを浮かべる。エルフだからか倫理観がバグっているようだ。



「そうですね、イザベラが魔族と組んでいると証明できれば世間の目も彼女を疑うでしょう。私としてはどちらでもいいのですが……メイド仲間に頼んでイザベラの屋敷の見取り図を入手しておきます。それではみなさん……」

「「「カズキ(様)の敵に鉄槌を!!」」」


 

 さっきまで自分たちの秘密がバレるのを恐れていたはずなのに、原因が魔族であり正面からたたかえるとわかった途端これだ。

 貴重な男のためなら、魔族だろうがなんだろうが、容赦なく叩き潰す。これが貞操逆転世界の乙女心か……!



「待て待て、これはあくまで推測だし、イザベラだって、魔族にいいように利用されているだけかもしれないだろ。何とかアスタロトだけを倒す方向で行こう」

「……まったく、カズキ様はお優しいですね。そこがあなたらしいのですが……」

「あんたがそう言うならいいけど……イザベラが可愛いからとかじゃないでしょうね?」

「……カズキ様は悪役令嬢もお好きで……?」

「違う違う、そんなわけないだろ!!」



 なんか話の流れが変わってきてしまった。そして、三人は目を合わせると頷く。



「カズキ様……私たちにお任せください。神の名において必ずや倒して見せます」

「そうね、あんたはこれまでじゅうぶん戦ったんですもの。私たちだって魔王殺しのパーティーよ、魔族くらい敵じゃないわ」

「そうですね、カズキ様はゆっくりお休みください」



 三人は完全に意見が一致したようで、俺を部屋から追い出すと、扉の前で仁王立ちして何やら物騒な作戦会議を始めてしまい追い出されるのだった。

 





 自室に戻った俺は先ほどの事を思い出す。


「あいつら……俺のために、あんなに怒ってくれているんだよな」


 セレスティアもシルヴィアも、イザベラに弱みを握られて、きっと怖かったはずだ。それなのに、俺の前では気丈に振る舞って、俺を守ろうとしてくれていた。シノンだって、いつもは冷静なのに、俺のことになると物騒なことを言い出すくらい、心配してくれてる。

 そんな彼女たちが、俺のせいで傷つくのは、もうごめんだ。


「そもそも、前衛がいなくて魔族と戦うのはむずかしいだろ……いや、ちがうな。貞操逆転世界だからかもしれないけど、俺のことをかんがえてくれる彼女たちが傷つくのが嫌なんだ……」



 言葉にすると自分の考えがすっきりとした。多分、俺もいくといっても拒否されるだろう。

 心配をかけるかもしれない。でも、俺が魔王との戦いのあとに眠っていた間みんなが俺のために色々としてくれていたことはわかっている。だったら、今度は彼女たちの秘密を知るアスタロトを倒すのは俺の仕事だろう。

 勇者ではなく、彼女たちの友人としてそう思うのだ。



 夜になり、いつもならシノンが添い寝に来る時間になっても、扉は開かれなかった。きっと、三人はまだ作戦会議に夢中なのだろう。



「……なら、今しかないな」



 俺は音を立てずに立ち上がった。イザベラが滞在しているという王家の別邸に一人で乗り込み、アスタロトをおびき出して叩く。それしかない。

 

 戦闘用の服に着替え、気配を殺して部屋を抜け出す。女衛兵の交代の隙を突き、影から影へと飛び移る。かつての勇者の経験が、こういう場面で役に立つ。

 そして、俺は誰にも気づかれずに、屋敷の裏門までたどり着いた。


「よし、誰もいないな」


 

 安堵の息をついた、その瞬間。背後から、吐息がかかるほど近くで、鈴の鳴るような声がした。



「ご主人様。夜は冷えます。こちらのマフラーをどうぞ」

「ひぃぃ!!」



 心臓が跳ね上がるかと思った。振り返ると、そこにはいつものメイド服姿のシノンが、手編みらしき温かそうなマフラーを持って、静かに立っていた。



「シノン!? なんで……。いや、それより止めないのか?」



 俺の問いに、シノンはふわりと微笑んだ。それは、夜の闇に咲く月下美人のように、儚くも美しい笑みだった。



「止めても、あなたは行かれるでしょう? 困っている人を、大切な仲間を見過ごせない。それが、私のしっているご主人様ですから。ね、二人とも」


 シノンの言葉と共に門の物陰から、ぬっと二つの人影が現れる。



「カズキ様ひどいです……また、私たちを置いていくつもりだったんですか? そんなに私たちに頼りないですか」

「過保護だったのは認めるわ。でも、もう二度とこんなことはしないって約束をしてちょうだい」


 二人の不安そうな表情に胸なえぐられるような錯覚に襲われ、魔王と戦った時のことが頭をよぎる。

 あの時の皆はどんな表情をしていた?


「止められると思っていた……っていうのは言い訳だよな。ごめん、俺はお前たちが傷つくのが嫌だったんだ」

「それは私もですよ、カズキ様」

「今回は絶対に守るから、安心しなさい。三人で倒すわよ」

「二人とも……」

「私としては睡眠薬をもってでも止めようとしたのですが反対されてしまいました……」


 せっかく感動していたのにシノンの言葉に恐怖がよぎる。冗談だろうけど……冗談だよな?



「さあ、行きましょう。カズキ様の敵を、この世から完全に排除しに」


 セレスティアが聖なる光を放つ杖を掲げる。


「見てなさいよね、カズキ。あんたを悩ませる奴らなんて、私の最強魔法で一掃してあげるわ」


シルヴィアの杖の先で、翠色の魔力が渦を巻く。


「では、私はとっておきの料理を用意してお待ちしております。だから、絶対に帰ってきてくださいね」


 シノンが珍しく微笑む。



 三人のの瞳に宿るのは、俺への絶対的な信頼と、敵への一切の容赦なき殺意。そして、どこまでも深く、重い、昏い愛の色。


 ああ……みんな、俺のために……。仲間って、最高だぜ!



俺はただ一人、彼女たちの激重な愛情に気づかぬまま、胸を熱くする。

こうして、勘違い元勇者と、彼を愛しすぎたヤンデレハーレムによる、王都への反撃(という名の殴り込み)の幕が、静かに上がったのだった。



 ★★★


 ここはカズキの領地から少し離れたところにあるイザベラの別宅である。そこでワインの入ったグラスを片手にイザベラがアスタロトと話していた。


「あなたの真実を見る目は凄いわね、勇者パーティーの二人があんなに動揺するなんて今でも信じられないわ」

「おほめいただき光栄だ。それが私の力であるが故」



 意地の悪い笑みを浮かべるイザベラ。彼女はセレスティア達が勇者を保護するためとはいえ彼を王都から離れた場所へ連れて行ったことを快く思っていなかった。

 だって、そうだろう。高貴な自分を差し置いて勇者と結ばれるなんて図々しいにもほどがある。


「あなたのおかげで、カズキ様の方から私を求めてくるのが楽しみだわ。でも、なんで一度帰るように言ったの? あのまま追い詰めた方がよかったのではなくて?」

「あはは、それでは彼らは貴公らの国から独立を宣言して終わりだろう。そして、何よりも彼らの真実を知った顔を楽しめないではないか?」

「真実を知った顔……?」



 楽しそうに笑うアスタロトにきょとんとするイザベラ。



「ああ、そうだ。あれだけ挑発をしたのだ。あの勇者は必ずやってくる。そして、彼らの嘘を暴くのさ」

「何をいっているの? そんなことをは聞いてないわよ。勇者パーティが本気になったら私たち何て……」



 イザベラは最後まで言葉を発することができなかった。アスタロトから発せられた魔力によって拘束されてしまったからだ。



「ふはははは、楽しみだ。愉しみだ。勇者カズキとその仲間よ、君たちの真実の味を楽しませてくれ」


 屋敷にはアスタロトの笑い声がひびくのだった。



★★★


イザベラさんの破滅フラグがどんどん重なっていく……


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