第2話 百日(ももか)祝い、天下一のドヤ顔
生後百日。――すなわち“お食い初め”の祝い。
豊臣秀吉は天守の能舞台をまるごと宴席に作り替え、金箔襖と南蛮屏風をこれでもかと並べた。上段の間には、羊羹ほどの厚さがありそうな漆膳に鯛・赤飯・鴨汁。さらには自慢の黄金の茶室までも出張設営され、もはや「金の暴力」である。
秀吉は派手な唐冠を斜めにかぶり、肘掛の獅子彫りを撫でながら小さな揺り籠を覗きこんだ。
「どうじゃ、拾丸。わしの男子たるもの、面魂(つらだましい)に覇気がみなぎらねばならぬぞ」
――命令形である。しかも言外に「天下人の血=無条件でカッコいい」と押しつけてくる。
拾丸(中身:元・京都の歴史オタク)は、赤子ゆえの涎を唇の端にひっかけながらも考えた。ここで愛想笑いできなきゃ、天下取りのスタートラインに立てない。
(筋肉、動け……!)
口角を意識的にギュッと上げる。次いで目をぱちくり――輝度アップ。
結果、百日の乳幼児らしからぬ「ドヤ顔」が完成した。
「おおっ! 殿下! 笑うておる、しかも 勝ち誇った 笑みでござる!」
前列に陣取る加藤清正、福島正則、石田三成ら武将たちは、まるで小早川の裏切りを先取りしたかのように一斉にどよめく。清正は酒盃をぶん回し、
「これは将来、虎どころか龍までひねり伏せるお顔ぶれじゃ!」
と豪快に笑ったが、正則は
「いや、まだ虎退治の前に乳退治であろう」
などと妙なことを言って三成に睨まれた。
一方その頃――揺り籠の中では、拾丸が笑顔を維持しつつ 小袖の重さ を冷静に測定していた。
(絹と金糸で三百匁(もんめ)超……赤子に着せる重さじゃない! でも秀吉パパのテンションを保つには外せん)
豪奢な小袖がドサッとかけられ、赤子の体が沈む。場が湧く。だが拾丸は“沈み込み反動”でさらに深いドヤ顔を発動――金箔圧縮フェイス の誕生である。
「殿下! 拾丸様がまるで“黄金千成ひさご”を咥えた大日如来に!」
「いや、ただの圧死寸前では?」
突っ込み役は小西行長。元切支丹だけに金襖よりツッコミのほうが鋭い。
すると三成が袖を正し、真面目な顔で言い放つ。
「拾丸様の御笑顔、まさしく家臣を動かす覇気にござる。さすれば、殿下――この三成、御嫡男を輔け奉る所存」
「わしも! 清正も!」
「正則ももちろん!」
秀吉は満面の笑みを返しつつ、腰の力だけで立ち上がった(ド派手なふんぞり返り演出)。能舞台がミシッと鳴り、能面の小面(こおもて)が壁から転げ落ちる。
その能面が拾丸の足元にコロン。赤子は――
(これは将来、能面の「無表情=裏切り」を暗示する演出……いや偶然か。とりあえず拾っとけ!)
だが腕が短く届かない。代わりに足をジタバタさせると、小面がポンと跳ねて三成の膝元へ。
「おおっ、神意!」
などと勝手に深読みし、三成は涙を流して面を抱きしめた。
――二十年後、三成がその面を軍令旗に縫いつけて関ヶ原でドヤる未来(史実では叶わない)が、ここに芽生えた。
かくして拾丸、わずか百日にして
1. ドヤ顔ひとつで武断派と文治派を同時に釣り上げ、
2. 小袖+能面で“豊臣の神童”の宣伝工作を完了し、
3. ついでに母乳の一気飲みで会場をさらに沸かせた(酒の早飲み勝負のノリ)。
――圧死寸前の代償は背中の汗疹(あせも)だけ。コスパ最強である。
(よし、覇気という名の“営業スマイル”は合格。次は歩行・算術、そして石田殿のロジスティクス講義をゲットだ)
黄金茶室の蝋燭が揺れ、赤子の瞳に二重三重の炎が映る。
天下人たちはその輝きを「未来の太閤」と讃えたが、実際は“転生エンジニア”の設計図が脳内で唸りを上げているだけだった。
こうして、笑顔ひとつで家臣団の心をかっさらった拾丸。
――次なるステージは、生後半年の“はいはい軍事演習”である。
(おむつの機動力を、侮るなよ)
――つづく――
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