第四章 呪いの魔女

第24話 2人の幸せ

「お兄様、お姉さま! ご無事で、ご無事で本当によかった……!」


 王城に戻ってきて一番に、帰りを待っていたシャーロット様に抱き着かれる。

 帰りが延期になった際、セオドア様から本当のことを聞いていたらしく、迎えの際は目を潤ませていた。

 心配させてしまったことに申し訳なさを感じながら、そっと華奢な体を抱きしめ返す。


「私はこの通り、ピンピンしてますから……」

「それでも、ですよ! 危うく命を落とすところだったと聞いて、わたくしは……!」


 とうとう涙を流してしまったシャーロット様をなだめながら、セオドア様の方を思わず見ると、なぜか愛しそうに私を見ている瞳と目が合って、思い切り顔を逸らす。

 仮にも妹さんが涙を流して心配しているというのに、私ばかり見ているなんて。


 そのことにシャーロット様も気づいたのだろう。

 少し眉をあげてセオドア様に非難の声をあげた。


「お兄様! 何をのほほんとしてらっしゃるの!? お姉さまがいなかったら、もしかしたらお兄様だって……」

「パーティーを開こうと思う」

「えっ? お兄様が、ですか?」

「エイダを紹介したい。ゆくゆくは、正妃にしたいと思っている。エイダ以外の妃はいらない」

「まあ……」


 突然そのようなことを言い出したセオドア様に、私も目が点になる。

 シャーロット様と言えば、先ほどまで上がっていた眉が下がり、頬が赤くなっていた。


「セオドア様、それは、その……。とても嬉しいことですが、私は身分が低いですし、セオドア様に相応しい方は他にも——」

「君以外に興味はない」


 バッサリと切り捨てられ、すごすごと口を閉じるしかない。

 未だにセオドア様と心を通わせることができたことですら夢のようなのに、そのようなことを言っていただけるなんて、この後不幸なことが起こってしまうのではないかと不安になってしまう。

 幸せすぎて怖い、と言うのは、このことを言うのだと実感していた。


「何やらお二人、仲がさらに親密になったようですね。姪か甥が見られるのも近いのでしょうか……!」

「しゃ、シャーロット様!」


 とんでもないことを言っているシャーロット様に思わずむせる。

 それなのにセオドア様も否定しないのだからタチが悪い。


「パーティー、わたくしのお友達にも、声をかけてよろしいですか? お姉さまはわたくしの自慢のお姉さまでもありますし」

「ああ」


 私が何かを言える立場ではないことなど重々承知しているが、それでもどんどんと進んでいく話に取り残されているようだ。

 だが、セオドア様の私を見つめるその甘い表情は、決して嘘偽りを言っているようには見えなかった。


 ◇ ◇ ◇


 そうして、セオドア様の突然の思い付きで決まったパーティーは5日後の夜に開かれた。

 セオドア様に好意を寄せる令嬢も訪れると思っていたが、どうやら本当に紹介したい相手を絞っての開催だったらしい。

 お茶会の時のような、私に対して嫌がらせをするような令嬢は、1人もいなかった。


 むしろ、人気だったのは——。


「セオ、ちょっと、行くなって……!」

「俺はエイダと挨拶に回る。お前もそろそろ身を固める時期だろう」

「適当なこと言うなって! セオー!」


 現国王の重鎮であるエイヴォリー公爵の跡取りであり、現王太子殿下の親友でもあるピアーズ様は、今この世代の令息たちの中で一番の有望株と言っていい。

 その上、その整った容姿と、国一番の剣術の使い手である強さに惹かれる令嬢は多いらしかった。


 私やセオドア様への挨拶もそこそこに、ピアーズ様の周りには令嬢たちの円が出来上がっている。

 その光景に思わず感嘆していると、セオドア様は面白そうに笑いながら言った。


「知らなかったか? ピアーズは意外とモテる」

「素敵な方ですので、納得はできますが、壮観ですね……」

「ピアーズより俺の方がモテる。もちろん、エイダ以外に興味はないが」


 私の返答が気に入らなかったのか、セオドア様はむっとしたようにそう返す。

 ここまで男性にストレートに愛情を伝えられた経験がフランシス殿下の時以外ないため、恥ずかしさで視線を逸らす。

 だが、それを許さないとでも言うかのように顎を引かれ、とろけるような瞳に見つめられた。


「せ、セオドア様も、ピアーズ様も、パーティーにはあまり参加されないのでは!?」


 取り繕った言葉に、声も裏返る。

 私の意図に気付いているのだろう、セオドア様はクスクスと笑いながらピアーズ様の方を指さして言った。


「見ろ」


 言われた通りそちらに目を向けると、先ほどまでできていた円が、まるで何かで斬られたかのように割れており、その中で親し気に話すピアーズ様とシャーロット様の姿があった。

 ピアーズ様と向き合うシャーロット様の乙女のような表情に、ほんの少しだけ恋が何たるかを知った私もピンとくる。


「お二人は、そういう……?」

「ピアーズは他人に関しては敏いんだが、自分に関してはからきしでな。とにかく鈍感だ。シャーロットの想いにも気づいてないだろう」

「そんな……!」

「エイダの言う通り、俺もピアーズもパーティーなどめったに顔を出さない。この機会だから、あいつらの仲を見せつけてやろうと思って、あいつも呼んだ」


 シャーロット様からしたら先は長いと感じるだろうが、確かに見るからに雰囲気がいい。セオドア様が外堀から埋めようとする気持ちもよく分かる。

 何より、美しいシャーロット様はとにかく目を引いた。


「結ばれると、嬉しいです」

「あいつが弟とは、複雑だけどな」


 そう言いながらも、まんざらではない表情に笑いが零れる。

 セオドア様も、シャーロット様とピアーズ様の幸せを、一番に願っているのだろう。

 

 穏やかで、平和な時間が過ぎていく。

 だが、それも長続きはしなかった。


 エルウッド帝国の北方で、1つの領地の住民全員が呪殺されたという知らせが届いたのは、それから一週間後のことだった。

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