第20話 再会

「……今、なんと。いえ──あの、ご、ご挨拶……を」


 エリアノアは目の前に起きた出来事に、驚きを隠せない。常であれば、驚いたことに対してもそれなりに対応ができるというのに。


「エリーのそんな顔を見るのは、久しぶりだな。うん、悪くない」

「ホルトアったら、そんなこと言わないでよ」


 頬を赤らめるエリアノアを、穏やかに笑いながら見つめる瞳は、ホルトアの他に六つ。

 両親と──どこかで見た覚えのある、ライトグレーの瞳。

 金色の髪に、ライトグレーの瞳、エリアノアよりもずいぶんと高い身長。


(仮面の方、よね……?)


 エリアノアの戸惑いはそれだけではなかった。


「改めまして、エリアノア様。私はミンドリアル王国マイトファイア公爵が次男、ラズロル・リードル・マイトファイアと申します。今まで仮面をつけた姿でのご無礼、深くお詫び申し上げます」


 エリアノアの母親クルファは、ミンドリアル王国の第三王女だった。その母の故国の公爵家の息子が、エリアノアに正式に挨拶をする。そして。


「エリー。先ほども言いましたけれど、ラズロル殿もあなたの領地への旅に、ご一緒いただきます」


 クルファの言葉に、改めてエリアノアの驚きが増す。


「お母様、それは──」

「ミーシャとマルアも一緒に行くのだから、問題はないわ。ホルトアを一緒に行かせることができないのだし、旅には男性が一緒の方が良いでしょう。ラズロル殿はきっとあなたを助けてくれるわ」


 確かに、侍女が二人同席していれば、家族以外の男性が同席していても問題はないだろう。──通常であれば。

 しかし、茶会や面晤、街の散策などではなく、旅路である。それも公爵家子息という立場の男性と、公爵家令嬢だ。それが本当に問題がないと言えるのだろうか。


(他国とはいえ、公爵家の次男ということは、私の婚約者候補だと思ってもいいの? 期待しても……)


 婚約者候補、あるいは婚約者であれば、その限りではないだろう。しかしそれならば、そうとはっきり告げる筈である。

 両親の真意がつかめず戸惑うが、クルファの口調とその隣で笑っているだけの父ゼノルファイアの表情を見るに、それ以上の情報を得ることはできないだろう。


「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。エリアノア・クルム・ファトゥールにございます。この度のご縁、嬉しく存じます。どうぞ、道中よろしくお願い申し上げます」


 エリアノアのカーテシーに対し、ラズロルが膝をつく。そのまま彼女の手の甲に唇を触れさせた。常にされる挨拶であるのに、まるで初めてそうした挨拶を受けたかのように、エリアノアの頬がわずかに上気する。


「同じ公爵家の者として、そんなに堅苦しくなくやりとりができれば、と思います。いかがでしょう」

「は、はい。……旅を共にするのですものね」

「ラズ、とお呼びください」

「では私のことはエリー、と」


 二人のやりとりに満足したのか、クルファが口を開く。


「旅中はどちらにしろ、エリーの身分は隠すのでしょう。ラズロル殿も同じように身分を隠してくださいます」

「はい、俺をエリーの側仕えのように扱って貰えれば」

「それは……」

「ラズロル殿の言う通りだ。そうではないと、さすがに同年代の未婚者同士が旅を共にするのは、おかしいだろう」


 なるほど。両親の言葉に納得をする。しかし、他国の公爵家の子息を側仕えのように扱うとは、難しい。

 悩む素振りを見せるエリアノアに、ホルトアが笑いかけた。


「エリー、だから君は考えすぎなんだって。本当に雑用を頼む必要はないけど、お互いに気安くやりとりをすれば良いんだよ。気安くしたところで、君たちはどうせ他者から見たら、それなりに格式ばったやり取りをしているように見えるだろうし」


 弟の言葉に、エリアノアはようやく納得する。


「──そうね。どちらにしろ、女性だけでは道中は危険だわ」


 随従として男性が馬車や船を伴走はするが、同乗することはない。何かあった時に、内側からの手助けが必要となることもあるだろう。


「それではエリー。これからどうぞよろしく」

「ええ、ラズ。私を助けてくださいな」


 差し出された手に自らの手を重ねる。

 その掌の温かさに、エリアノアは自らの心が跳ね上がるのを感じた。


(ホルトアと過ごすようにすれば良いの? でもホルトアは家族だし……。そもそもあまり男性と触れあってないから……。わからない!)


 脳内ではパニックを起こしているものの、どうにか表面上は取り繕った。──いや、取り繕えているつもりだった。

 ラズロルが仮面の紳士として彼女と最後に踊った時。エリアノアはまだ、サノファの婚約者であった。それは、ときめく心を律せねばならなかった時間でもある。それが今、エリアノアには婚約者と言う立場の人間は、いない。


(側仕えという形をとるということは、婚約者候補という可能性以外に、何かご事情がおありなのかもしれない)


 それはまた、エリアノアが公爵家の娘として、今後婚約者が別に用意される可能性が十二分にあるということでもあった。しかし、その相手がラズロルである可能性は依然として高くもある。かつ、婚約者がいない今、彼女は恋をすることが許されているとも言えた。


(あんまり期待しすぎちゃダメ。とにかく今は、落ち着いて、落ち着いて)


 かつて、幼いころに切り捨てた恋という存在。

 それに手をのばすことが許される。


(でも、もしもまたこの気持ちを、切り捨てないといけなくなってしまったら?)


 エリアノアの心は、自由になったことによる不安に、揺れ動き始める。


「エリー。俺を頼って」


 柔らかく微笑むラズロルの瞳には、そんなエリアノアが映り込んでいた。

 二人の旅が、始まる。

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