第13話

「全部終わったら、また彼女に会って謝ろうかな」


 ――その言葉は、ナイフだった。


 彼の寝息が落ち着いてきた深夜の、

 微かな隙間。

 そんなタイミングで、唐突に放たれた一言だった。


 私は、彼の胸の上にいた。

 つながったまま、髪を撫でられていた時間。

 「全部が私のものになった」って、勝利に酔っていた瞬間。


 だからこそ、その一言が。


 私の“支配”にひびを入れた。



 「……なんで?」


 なるべく、柔らかく問い返す。

 でも、声はかすかに震えていた。


 彼は少し黙ってから、天井を見つめたまま呟いた。


「だって……俺、最低なことしたから」


「その“最低”は……私とのこと?」


「そうじゃなくて……全部、ちゃんと謝らないと前に進めない気がして。

 あの子がいなかったら、俺、今の大学にも来てなかったし、何もかも支えてくれてたから……」


 “今さら”その話をするのか。

 “あの子”を想う感情を、ここでぶり返すのか。


 私は、自分の爪が手のひらに食い込むほど、拳を握りしめていた。



 「じゃあ、私といたことも、謝るの?」


「……違う」


 彼は私の髪を撫でる。


「今の俺には、華が必要だよ。でも……それでも、

 彼女に言っておきたい。“ごめん”って」


 その瞬間、私は笑って見せた。

 いつもの“可愛い私”の笑顔で。


 でも――

 脳裏では、彼女の居場所を検索していた。



(だったら、会わせてあげるよ。

 でも、もう二度と、あなたが彼女の名前を口にしないようにするために)



 私のなかのスイッチが、音を立てて切り替わる。


 “支配”では足りない。

 もっと深く、もっと強く、もっと不可逆に――


 彼を壊してしまえばいい。



 彼が寝たあと。

 私はスマホで“彼女”の名前を打ち込む。

 最近のSNS、共通の知人、ゼミ名、タグ――


 見つけた。

 細々と更新されているアカウント。

 鍵はかかっているけれど、投稿の文体、語尾、アイコン。


 ――間違いない。



 (じゃあ、そろそろ“対面”の準備、始めよっか)


 私は爪を磨きながら、小さく笑った。

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