リアルで灰をかぶったら、ガラスの靴はないけど幸せになった―でも素直でアオハルなハッピーエンドがよかったよ―
五平
第1話:灰かぶりとプリンスの出会い
しんと静まり返る廊下に、私、宮本美咲は立ち尽くしていた。
そこに貼られていたのは、色鮮やかなポスター。
「海外デザイン研修留学プログラム」という、
夢のような文字が目に飛び込んでくる。
最先端のデザインに、
世界の舞台を想像する。
私の瞳は、きらきらと輝きを宿した。
だが、その輝きはすぐに現実に引き戻される。
ポスターの下部には、
「奨学金制度」や「応募条件」の文字。
制服をきちんと着て、
眼鏡にまとめ髪の地味な姿で、
私はそれを細かく確認する。
小さく息をつき、苦笑するように呟いた声は、
周りには聞こえないほど小さい。
「……いつか、私の服が
海外のショーで歩いてくれたら……」
私は夢見るように呟いた。
しかし、すぐにため息混じりに言葉を続ける。
「……はぁ。条件、全然届かないや。
やっぱり、お金が……」
周囲から見たら真面目で地味な子が、
心の中では大きな夢を見ている。
私はため息をついた。
その時、私のすぐそばに、影が落ちる。
そこに立っていたのは、
クラスの王子様――蓮だった。
彼は私に気づくことなく、
カウンターに置かれた香炉を
興味深げに眺めている。
蓮は香炉にそっと手を伸ばし、
何かを確かめるように
無意識に指先で軽く転がした。
カラン――。
その僅かな衝撃が、
香炉の重心を狂わせた。
ガタン――!
香炉は大きく傾ぎ、
そのまま蓮の指先から滑り落ちる。
私の足元に、音を立てて倒れこんだ。
私は、咄嗟に香炉の方に手を伸ばす。
その時、なぜか頭の中に、
さっき図書館で見た絵本の挿絵が鮮明に浮かんだ。
ボロボロの服から、きらめくドレスに変身する
シンデレラの姿。
私はそっと唇に手をあて、心から漏れた声で
小さく呟いた。
「……全てが上手くいったシンデレラみたいに……」
小さく夢見るように呟いた、その瞬間――
バサッ――!
香炉の灰が勢いよく舞い上がり、
頭から肩、そして胸元まで容赦なく私に降り注ぐ。
灰が首筋に入り込み、制服の中をざらりと滑っていく。
ヒヤリとした不快感が背筋をぶるりと震わせた。
息を吸った拍子に鼻の奥まで粉っぽい匂いが広がり、
思わずむせ返る。
髪の毛にも黒い灰がひっかかり、
頬には筋のように灰が残った。
眼鏡にも灰がびっしり付着して、
視界はぼやけ、涙が滲む。
「……えっ?」
私はぽかんと目を見開く。
何が起こったのか理解が追いつかない。
周囲の司書や生徒が「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げた。
蓮は灰まみれになった私をじっと見つめ、
一瞬、口元に薄く笑みを浮かべた。
そして、ため息交じりに呟く。
「……ったく。すまん、俺の不注意だ。」
蓮は倒れた香炉を拾い上げる。
その声は、あきれというより、どこか面白がるように、
そしてわずかに気まずそうに、しかし明確に謝罪の響きがあった。
「弁償する。俺が。これ。…いや、
それだけじゃ足りねーか。」
蓮はポケットから黒いカードケースを取り出し、
一枚のカードを抜き取る。
「これ、俺の連絡先。
弁償のこと、後で執事に繋いどけ。」
「……っ。あ、はい……」
私は受け取ったカードを見つめる。
(名刺……? いや、連絡先?
こんなふうに渡されるなんて……)
心の奥が妙にざわついた。
「お前に払えるわけねーだろ、これ(香炉を軽く振って)。
それに、こんなになったお前を
このまま放っておくわけにもいかねーし。」
高価そうな香炉。
蓮はスマホを操作し、流れるような手つきで通話を始める。
「今から迎えに行かせる」と、執事に連絡を入れているようだった。
私は「え、ちょっと…!」と戸惑うが、
蓮はそれを気にも留めず、軽く笑った。
「ちゃんと後で話すから。そこで待ってろ。」
まるで命令のように言われ、私は為す術もなく
廊下で待つことになった。
その間も、蓮は目を見張って灰かぶりになった私を、
まるで珍しい美術品を見るかのように、じっと見張っていた。
彼の視線が、私の心をざわつかせ、
落ち着かない気持ちにさせる。
---
ほどなくして、校門の前に黒塗りのリムジンが静かに横付けされた。
そこから専属メイドが降り立ち、優雅な所作で私に頭を下げた。
私は半ば強引に車へ案内される。
リムジンの中は、学校とはまるで違う、静かで豪奢な空間。
私は恐縮しっぱなしで、革張りのシートに小さく身を縮める。
蓮も後に続き乗り込んできた。
私は蓮邸のプライベートVIPルームへ案内される。
部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、豪華絢爛な空間に私は息を呑んだ。
きらめくシャンデリア、年代物の調度品、
そして部屋中に漂う上質なお香の香り。
すべてが私の日常とはかけ離れた世界だった。
メイドが私を丁寧にお世話する。
制服についた灰を払いながら「お嬢様…こちらへ」と促す姿は、
まるで魔法使いがボロ服の灰を落とすかのようだ。
制服はクリーニングのため預かり、私には柔らかなローブが渡された。
高級シャンデリアがきらめく中で、ローブを羽織り
少し恥ずかしそうに身を縮める私は、完全にVIP待遇だ。
蓮は部屋の奥のソファに深く腰掛け、脚を組んで私を待っている。
そこで蓮が改めて私に依頼を持ちかけた。
「君、デザインに詳しいのか?」
蓮は私が先ほど廊下で見ていた雑誌が、
ファッションデザインに関するものだったことに気づいていたようだった。
彼は語る。彼自身の「完璧な日常」は、どこか形式的で、
本当のきらめきや素直な感情が足りないのだと。
私の純粋な感性が、彼の求めるものに繋がるのではないか、
とでも言うように。
そして、蓮は私が留学ポスターの呟きを聞いていたことに触れ、尋ねた。
「――なあ。お前さ」
「……?」
蓮は片肘をソファに乗せ、指で顎をトントンとしながら少し目を細める。
私はドキッとして視線を落とした。
さっきの香炉の件だろうか。
あるいは、ポスターの前での独り言を聞かれていたのだろうか。
思い出して、顔が少し赤くなる。
「さっき、図書館で。掲示板の前で……なに見てたの?」
私「……っ」ドキッとして視線を落とす私。顔がさらに赤くなる。
「……ただの、留学のポスター…です」
「ふーん」
蓮は無表情に見えて、口元だけ微かに笑ったように動く。
その眼差しに、私はますます落ち着かない気持ちになった。
「灰かぶりのくせに、ずいぶん遠くを見てたな」
「え…?」
私は頬がさらに赤くなる。
蓮は私の顔から目を離さずに続けた。
「その顔。――俺の周りにはいないタイプ。」
私は胸がドキドキと高鳴った。
そして蓮は、私に「期間限定のパーティパートナー」という
ユニークな依頼をする。
「お前さ、俺のパーティのパートナーやれよ。
ちゃんとドレス着せて、場に出しても恥かかないように
仕上げてやるから。」
「……は?」
私が呆然とするのを見て、蓮は皮肉っぽく口元だけ笑って続ける。
その表情には、一切の感情が読み取れない。
「いや、俺にとっても大事な場だからな。
見栄を張れる程度には“仕上がってくれ”。」
蓮はさらに、破格の報酬を提示する。
「月ごとの活動費も出すし、
パーティがうまくいけば、まとまった金もやる。
……留学資金くらいにはなるだろ。」
私は驚きと困惑を隠せない。
しかし、その蓮くんの言葉に、私の瞳は再びきらめきを取り戻し、
微かに光が強くなるのが自分でも分かった。
まるで決意が、そこに形を取ったように。
胸に、具体的な希望が満ちていく。
私の顔に、さっきまでとは違う張り詰めた光が戻る。
(このチャンスを掴むしかない。母さんにも楽をさせたい。
そして何より、ファッションデザイナーになるという夢を掴むために!)
私は蓮くんの依頼を受けることを決意した。
---
VIPルームから送り出される。
「今のって…なんだったんだろう」
胸を押さえながら、私は自分の非日常が始まったことを実感していた。
これは、私の人生を大きく変える、最初のきらめきだった。
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