第58話 竜王の間の会食 前編
日の丸ホテルの広々としたロビーで俺は棒立ちになっていた。
高い天井に吊るされたシャンデリアや室内の壁を流れる滝、高価そうなソファー。
どれ一つとっても高そうなものばかりだ。
利用客も綺麗なスーツを着た人ばかりで、俺なんかとは違う世界の人達だと思った。
「ワオ! さすが日本のホテルなのデス! ソファーもハイブランドのジョヒン製デス!」
「そんなにハイブランドなの?」
「これだけで日本円で300万以上するデス」
「へぇ……これがそんなに……うわっ!」
試しに座ってみたら体が吸い込まれるようだった。
それでいて俺の体を知り尽くしたかのような心地よさ、これは只者じゃない!
「ファリーも今回からトーヤ達と一緒に行動するデスネ!」
「そうそう、よろしく頼むよ」
先日、ファリーちゃんがめでたくエクスピースの一員になった。
社長が許してくれないんじゃないかと思ったけど、二つ返事でOKだったというから驚く。
それだけ俺達を信頼してくれているんだろうけど、カイリさんに言わせれば責任重大どころじゃない。
「はーっ……私は正直に言って気が進まなかったんだけどね。でもあれだけ信頼されてちゃ応えるしかない。裏を返せば普通のクランができない仕事を任されたようなものだからね」
「だから仕事を通して俺達の生き様を知ってもらおう」
「ファリーのサムライロードをとくとご覧いただくでゴザル!」
でもやってることは忍者なんだよなぁ。
本人が満足しているならそれでいいか。
訓練も順調だし、この子は本当に見込みがある。
「それよりこのソファー……これは俺をダメにする……!」
「あわわぁ……わたしもぉ、癖になりそぉですぅ……」
「わぉうん」
「きゅうーん」
リコさん、セイとケンが埋まってすっかりくつろいでいる。
このホテル、魔物が入れるとは驚きだ。
話を聞けば相棒の魔物を連れたA級探索者のお得意様までいるらしい。
やっぱり一流となればあらゆるものに対する門戸が広いのか。
「おーい、竜王の間にいくよー」
ソファーには目もくれずにカイリさんが俺達を呼んだ。
さすがカイリさん、いつだって冷静だな。
ホテルのスタッフに案内されて竜王の間に着くと、その広々とした部屋には誰もいなかった。
奥に大きな暖炉があるだけだ。
少し到着するのが早すぎたのかな?
「少々揺れますのでご注意ください」
ホテルのスタッフが意味深な忠告をした後、部屋全体がかすかに振動した。
この感覚はまさか――。
「もしかしてこの部屋、下に落ちています? エレベーターと同じ感覚です」
「はい、よくお気づきになられましたね。さすがあのお方が一目置くだけはあります」
「あのお方?」
「あなた達に今回の依頼をしたお方です」
空気の流れや振動を読めば大体何が起こっているのかわかる。
まさかこの部屋ごと地下に向かうとは。
「到着しました。少々お待ちください」
スタッフが一礼をした後、別の扉の奥へと消えた。
一体あそこはどこに繋がっているんだ?
「なんでこんな下に降りる必要があるんだろう?」
「公にはできない話をするためだろうね。交渉は私に任せて」
俺はそういうの苦手だから助かる。
静かなこの広い部屋で俺達は席に着いたまま、別のスタッフが出したティーカップに口をつけた。
「にがっ!?」
「トウヤ君にコーヒーは無理かもね」
「いや、良薬は口に苦しというからがんばって飲むよ」
「薬じゃないんだけどね。ミルクと砂糖を入れたほうがいいよ」
そんなものを入れなくても俺は飲める。
とはいえ、にがっ!? なんでこんなものが飲み物として認められているんだ。
カイリさんとリコさんは平然と飲んでいるし、やっぱり俺だけが修行不足か。
「トウヤ様、苦手なら私が飲みます……」
「大丈夫、修行だと思うから」
「そ、そうですか……あっ! いえ、間接キスとかそういうのじゃ!」
リコさんが騒ぎ始めた時、扉が開いて大勢のスタッフが台車で何かを運んできた。
おいしそうな匂いが漂ってきたから、あれは料理かな?
「遅くなってすまない」
白髪まじりの黒髪のおじさんがスッと現れた。
(……ッ! あの人、何者だ?)
スーツの上からでもわかる筋肉にあの重心と体幹、歩き方一つでわかる。
一部の隙も見せない足取りと立ち位置を常に意識して、近づいてきた今も絶妙の距離感を保っている。
カイリさんに握手を求める際にもそれは変わらない。
(この人、根っからの武人だ。まさかこんな人がいるなんて……)
あれが探索省の偉い人か。
俺はてっきりクラスの担任の先生みたいな人がくると思っていた。
ところがあの人は一般の人とは明らかに雰囲気が違う。
「私が探索大臣のガドウだ」
「エクスピースのマネージャーのカイリです」
二人は握手を交わし――。
「……ッ!」
気がつけば俺の手が刀の柄に近づいていた。
ガドウさんの視線がほんの一瞬だけ俺に向いた途端、明らかな殺気が籠っていた。
「ト、トウヤ君?」
「ご、ごめん。少し緊張して……」
俺は平静を装ったけど、あのガドウさんがなんで俺に殺気を向けたのかわからない。
もしかしたら俺は試されているのか?
これから依頼することを考えたら、この程度で怯んでいる人間は話にならないということか。
さすがすべての探索者を統括する探索省、その頂点だ。
どう考えても俺なんかが居合わせていい相手じゃないだろう。
ガドウさん、この段階で俺達を見定めるとはさすがに抜かりないな。
「さぁ、今日は日の丸ホテルの最高級のフルコースを用意した。食事でもしながら話そうではないか。そちらの二匹には最高級の餌がある」
「わぉぉん!」
「きゅうん!」
こんなに喜ぶ姿が見られるとは思わなかった。
あれいくらくらいするんだろう?
「さて……よく来てくれた。手間をかけさせたが何せ本来は極秘で取り扱う内容のものでね。念のため言っておくが、ここで話した内容は口外しないでほしい」
「心得ています。私達のような駆け出しのクランを招待していただけただけでも身に余る光栄です。そこで疑問なのですがなぜ私達に?」
カイリさんの口から普段聞かないような言葉が出てきた。
俺はというと運ばれてきたスープに口をつけた途端に脳髄にまで響く旨味を感じたところだ。
(こ、こんなものがこの世にあるのか!)
一体何で出汁をとったらこんな味になるんだ?
聞いてみたいけどそんな雰囲気じゃないな。
「地下鉄ダンジョンでの救出劇による功績を買ったのだ。あれは本来我々政府が対応すべき事案だった。君達がいなければより多くの犠牲が出ていたと考えれば、むしろ我々のほうが頭が上がらないのだ」
「なるほど。それは光栄です」
「この場を借りて礼を言う。感謝する」
だとしたらこの場に惑星ヤサイや白鴎騎士団もいてほしかった。
俺達だけ特別扱いしないでほしかった。
そう思ったけど余計なことは言わずに黙っておこう。
「さて……さっそくだが、君達に依頼したいのは秘匿ダンジョンの探索だ」
ガドウさんがパチンと指を鳴らすと、スタッフがプロジェクターというものを用意した。
「諸君に探索していただきたいのはこの日本の地下にある庭園ダンジョンだ」
かなり広大なダンジョンマップが何層にも渡って表示された。
和風の庭園がマップ全体に広がっていて、橋や川、地蔵、瓦の建造物が無数のフロアに点在している。
しかも所々が虫食い状態になっている上にマップの一部は完全に塗りつぶされていた。
「察しての通り、このダンジョンは全容が明らかになっていない。複雑怪奇な構造だけではなく、探索者を迷わせて陥れる罠も無数にある」
「なるほど、危険極まりないから秘匿されていたんですね」
カイリさんがガドウさんと視線を交わして、何やら見えない攻防をしているように感じた。
俺は余計なことを言わないように口をつぐんでおこう。
運ばれてくる料理がおいしいのなんの。
このステーキなんか肉が柔らかすぎてそのまま飲み込める。なんだこれ。
「前金で5000万円を用意している。成功報酬で更に5000万……合計一億円の依頼だ」
その金額を躊躇なく提示したガドウさんにさすがのカイリさんも虚を突かれたように見える。
ただならぬ空気が蔓延していて、気がつけば俺以外誰も料理に手をつけていなかった。
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