第52話 日本最強の探索者
「クリスタルダンジョンってのは確かここだな」
帝鳥隊の隊長イグルがやってきたのは日本でも有数の資源を有すると言われているクリスタルダンジョン入り口だ。
ダンジョンマスターはすでに討伐されているが依然として潜る探索者は後を絶たない。
ただしイグルは探索目的でやってきたのではなかった。
(相変わらず寒気がするな……。攻略済みとはいえ、ここの魔物はほとんどがA級な上にS級すら未だ健在だったか)
イグルは自信家ではない。
己の力量は弁えており、自分より強い相手などいくらでもいると理解している。
その気質は幼少の頃から変わらない。
自分より駆けっこが速い奴。
自分より他人に気に入られるのがうまい奴。
自分より頭のいい奴。
自分よりモテる奴。
イグルは彼ら彼女らを俯瞰するように観察してきた。
その上で敵わないと判断した上で彼が手に入りそうなものを取捨選択してきた。
(こんなとこに潜る奴の気が知れないな。強い奴ってのは難儀な性格してるもんだ)
学生時代、自分より弱い奴を見つけてはからかった。
ぱしりにしたこともあった。
腹いせにサンドバッグにしたこともあった。
そのくせ強者の逆鱗に触れない術を心得ている。
それは彼の幼少の頃からの観察眼故の結果だ。
どうすれば機嫌を損ねないか、どう言えば気に入られるか。
だから教師からの受けがよくて内申点も高かった。
そこそこの大学に推薦をもらって四年間も遊び倒した。
自分が勝てそうな相手、自分になびきそうな女、すべて見定めている。
だから彼が手に入れられなかったものはない。
男慣れしてなさそうな女は必ず抱いており、それがたまらなく楽しかった。
ただ一人を除いては。
(リコの野郎、今頃あのトウヤと付き合ってんのか? もうやったか?)
イグルがリコを見た時の印象はまさにカモだった。
少し優しくすれば簡単に落とせると思っていた。
――リコちゃん、今度一緒に食事でも行こうよ。
――い、いえ、え、遠慮します
イグルが何度誘おうとリコは彼になびかなかった。
子ども相手なんて少し優しくすれば飛びついてくれる。
そう甘く見ていた。
(いや、あの芋女のクソガキがなびかなかったのにムカついてるんじゃない。俺の見定めが失敗したことにムカついてるんだ)
手中に収められる女を見極める術があった。
そのはずなのにイグルは生まれて初めて失敗した。
当時のリコは中学生であり、イグルも特段その性癖があったわけではない。
ただモノにできると見極めたからには実行したかっただけだ。
それ故に失敗は彼の人生観そのものを否定されたに等しい。
――おい、いい加減にしろよ。俺が誘ってるのによ。
――お友達と遊ぶので……
いつしかイグルはリコを冷遇した。
きつい雑用仕事をさせるようになり、雇ったスタッフに嫌がらせを命じた。
スタッフもイグルには逆らえず、リコは四面楚歌となってしまう。
そしてリコはとうとう帝鳥隊を脱退して個人で活動を始めた後に巡り合ったのがトウヤだ。
(あのトウヤとか絶対に童貞だろ。あんなのに俺は負けたのか?)
男として人として負けたと感じたイグルは怒りが沸騰した。
その瞬間、彼の周囲の木々の葉がすべて落ちる。
それをたった一つの銃弾によって完了させていた。
(剣だの爪だの馬鹿正直に使う奴の気が知れねー。銃に勝る武器なんざ存在しないだからな)
が、やがてわずかな自己陶酔の時間は終わりを告げる。
「……ッ! きたか!」
イグルが身構えると、ダンジョンの入り口から数人が登場した。
特にその先頭に立つ大柄の人物はイグルの身長を優に超える。
しかしイグルが畏怖したのはその常人離れした体格ではない。
(白夜帝国最強部隊……神竜隊……! そして……!)
距離があるというのにイグルは冷や汗をかいていた。
本来の彼ならば絶対に接触しない人物だ。
「お前は帝鳥隊の……」
「あれぇ? 謹慎中だったはずじゃー?」
二人の実力者がイグルの姿を視界に入れた。
(日本最強の探索者……リュウガ。対峙するだけでもこの圧よ……化け物め。副隊長のタツキも大概だが……)
イグルは命をかけてこの場に立っている。
血の気が多くて命知らずの白夜帝国の数多にいる隊長格ですら、リュウガには及び腰になるのだから。
イグルも例外ではなく、自分の心臓の音を耳で確認できるほど高鳴っていた。
「イグル、だよな? タツキの言う通り謹慎中だろう?」
「あ、あぁ。リュウガさん、あんた確か妹の誕生日プレゼントで悩んでいたよな?」
「なぜそれを知っている?」
「うちの副隊長補佐が事情通でな。まぁ今は逮捕されて勾留中なんだが、いろいろと聞いていたのさ」
「それで?」
「よければ俺がアドバイスしようか?」
イグルは第一の矢を放った。
いきなり交渉を持ちかけるほど無謀なことはしない。
副隊長補佐のカラスの情報通り、まずは外堀から埋めることにした。
「いや、すでに解決したから問題ないぞ」
「えっ?」
「親切な二人に出会ってな。あの二人がいなかったらオレは未だに悩んでいたよ。そういえば名前を聞いていなかったな? はて、どこの誰なのか……」
「ど、どこのどいつがそんな……」
イグルの頭から血の気が引いていく。
第一の矢が見事に外れてしまい、第二の矢を放つしかなくなった。
「じゃあ、あるまじろ女子高生全巻セットはどうだ? 引きこもりがちな女子高生達によるゆるふわな日常が展開される漫画でお勧めだ。そういうの好きだっただろ?」
「タツキから貰ったんだよなぁ……」
「……ッ!」
第二の矢すらかわされたイグルに後がない。
これから行う内容を考えれば、あくまでフレンドリーでなければいけないのだ。
最終手段もあるにはあるが――。
「あのねー、イグルさん。何が目的か知らないけど、たいちょーが欲しいものは大体アタシが用意してるんだよ? それだけのためにここに来たわけじゃないでしょー?」
「……単刀直入に言う。庭園ダンジョンで俺と一緒にトウヤを殺してくれ」
言った。言ってしまった。
死すら覚悟するほどの緊張感、イグルは逃げ出したかった。
しかし彼に下された指令は到底一人で成せるものではない。
これは本当の意味での『処分』なのだが、イグルは受け入れられなかった。
彼はあがく。生きるために、どんなことをしても。
「庭園ダンジョン? 秘匿の? お前、そんな指令を受けていたのか」
「そうなんだ。帝鳥隊は事実上の解体、俺は宙ぶらりん。ひどい話だろ? おまけにエクスピースから訴状まで届きやがって……。あのトウヤを殺せるとしたらもうあんたしかいない。頼む」
「ふーむ……」
リュウガはバカではないが思慮深くはない。
彼一人ならば通せたものだが――。
「他の五神隊にすがれないからってうちのたいちょーに頼むわけだねー? ちょーなめられてんじゃん」
「そういうわけじゃない。あのトウヤは白夜帝国にとって必ず障害になる。ていうか現時点で帝鳥隊が潰されたようなものだからな」
「ていうかあんたのとこの副隊長がうちのたいちょーdisってたよねー。これだよ、これ」
≪リュウガさんよぉ! 見てんだろ? あんたは日和ってるが、白夜帝国はまだまだでかくなるんだ! 大人しくして居眠りこいて、その椅子から転げ落ちないといいな!≫
タツキがスマホから再生したのはトウヤの動画だった。
ちょうどホクトだけが映し出されていて、その顔はひどく醜悪だがそこで一時停止されてしまう。
(あの野郎!)
日頃の指導不足を棚に上げたイグルが心の中で悪態をついた。
「ううむ、こんなことを言われていたのか」
「ううむじゃないでしょ、たいちょー。今度面会にいって立場をしっかりわからせないとさー」
「だが言ってることはそう間違ってないぞ。オレも考えがあってそうしているのは事実だが、傍から見れば居眠りをしているように見えるんだろうな」
「だから早く手を打たないとって言ってるじゃーん。ま、そんなたいちょーも好きなんだけどさー」
リュウガはとぼけたように指で頬をかいた。
「で、イグル。その依頼だがさすがに受けられん。元はといえばお前が撒いた種だろ?」
「そうなんだが頼む! お願いだ!」
イグルはリュウガの前で土下座した。
生きるためならプライドだって捨てる覚悟を見せたイグルだが――。
「はぁ……アホらし」
リュウガのため息交じりの一言にイグルのプライドに亀裂が入る。
しかし相手が相手なだけに彼は土下座の姿勢を崩さず、頭に血が上ったまま荒ぶる呼吸を抑えた。
「タツキ、この後はしゃぶ葉でパーッと食べるのだろう?」
「あ、そだねー! よーし! 牛タンしゃぶしゃぶしちゃうぞー! じゃ、イグルさん。ばいばーい!」
神竜隊が和気藹々とした雰囲気でゾロゾロと歩いてイグルの脇を通り抜けていく。
一人、取り残されたイグルはプライドも何もかもすべてが心の中でかき混ぜられて、正気を保てなくなる寸前だった。
(あのトウヤもこいつも……強い奴ってのはどうしてこう……!)
歯茎を剥き出しにしたイグルは沸騰する脳内で必死に打開策を探った。
そこでふと禁断の宝箱が脳内に鎮座していることに気づく。
それは確実にイグルの願いを叶えるが、破滅をもたらしかねない。
そんなパンドラの箱にイグルは手にかけた。
「エリクサー」
リュウガの歩みがピタリと止まった。
「妹のために探しているんだろ? 俺、実は情報を持っているんだよ」
イグルは後ろにいるリュウガに振り返らないまま言葉だけを発する。
沈黙の間がイグルには体感で何分にも感じられた。
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