第二章 地下遺跡編
第41話 探索大臣ガドウ
「おはようございます。お早い出勤ですね」
いわゆる重役出勤が許される立場で、朝日を浴びながら庁舎に出向いたのは探索省のトップだ。
日本人離れした骨格と彫りが深い顔立ち、高級ブランドのスーツに身を包むのは探索大臣ガドウ。
庁舎前を清掃していた清掃員の問いかけに対して彼は無言で素通りする。
大臣に就任して以来、ガドウは初めての感覚を味わっていた。
頭の頂点が庁舎の入り口に届こうかというほどの体躯の男が何を恐れるかと彼を知る人は問うだろう。
実際、彼に恐れるものはなかった。
政界に飛び込む前、ガドウは自ら探索者としてダンジョンに潜っていた。
ガドウは厳しい男で、仲間など誰一人としてついてこない。
弱音を吐けば叩きのめして、倒れる仲間は置いていく。
生まれも育ちもエリート、父親からはそのような思想も叩き込まれた。
人の上に立つ者は動じてはならない。
人の上に立つ者はすべてを欲しろ。
ガドウは自らを高めることなら何でもやった。
勉学もスポーツもダンジョン攻略も、選り好みなどしない。
それらすべての分野でトップを獲得してきた彼に恐れるものなどなかった。
「会議は十時からだったな」
「はい」
「コーヒーブレイクだ」
「……ッ!」
秘書はガドウの言葉を瞬時に飲み込めなかった。
定刻通りに行動を刻んで一切の無駄を挟まないのがガドウだ。
そもそも会議より一時間も早く探索庁にやってくること自体が異例だった。
そのガドウが庁舎の食堂でコーヒーを嗜む。
これには他の職員すら目を見張る。
そんな彼らの胸中など知る由もなく、ガドウはコーヒーをすすった。
(……この私がこうでもしないと気を落ち着けられんとはな)
ガドウ自身も己の異変を認めていた。
人間関係、受験、健康、人は生きていれば様々な問題に直面する。
ガドウも例外ではなかったが、彼はこれらに心を動かすことなどなかった。
覇道を進む一族に生まれた者がなぜ悩む。
代々の一貫した精神をガドウは受け継いでいた。
心をざわつかせることは自分の弱さを認めたようなもの。
弱さを噛み砕いてこそ培われるのが支配者としての器だ。
その精神をもってすれば日本の頂点に立つことなど容易極まりない。
次期総理大臣は自分だと疑わないのがガドウだった。
(心気一天流……)
それから彼はコーヒーを半分以上残したまま会議に臨むこととなる。
数名の幹部達はガドウの姿を確認すると一斉に起立して一糸乱れぬお辞儀をした。
「これはこれはガドウ大臣、本日も映えますな!」
「先日はゴルフにお招きいただいて感謝します!」
「息子が探索者にデビューしましてな! 現役時代のガドウ大臣のような探索者になりたいと張り切っていましたよ! ハハハッ!」
ガドウが姿を見せれば周囲の人間は自動的に彼を立てる。
それが出世コースだと理解しているからだ。
しかしガドウは愛想笑いすら浮かべずに着席した。
「議題は今話題の侍……トウヤの等級についてだったな」
ガドウが口を開くと場の空気が引き締まった。
手元に用意された資料をめくり、そこに記載されていたトウヤの情報に視線を這わせる。
「は、はい。それでは会議のほうを始めさせていただきます。まずはすでにお手元にお配りした資料の確認を」
「下らんことに時間を割くな。とっとと本題に入れ」
「はひぃ!」
司会を務める幹部がハンカチで額をぬぐった。
「か、兼ねてから何度も議論を重ねてきました探索者トウヤについてですが……。本日は彼の等級を巡って議論していただきたいと思います」
トウヤが世間に周知されてからというもの、探索庁は揺れていた。
超新星のように現れたトウヤに対する世論による圧は探索庁としても無視できない段階にある。
探索庁が指定したS級の討伐、未踏破ダンジョンの攻略、地下鉄ダンジョンでの救出劇。
世間は侍少年の虜となっていた。
そんな世間が次に迫るのは探索庁、トウヤのような人間がいつまでも等級を指定されないとなれば国民の不満は募る。
事実、探索庁の前はトウヤをA級に認定しろなどとデモを起こす者達で騒がしかった。
そんな者達にガドウは一瞥もくれずにかきわけて庁舎に入ったのだが。
「たった一人の探索者のために、ずいぶんと暇なことだな。それでお前達の見解はどうだ」
「へ? 見解……はい、私としましてはA級が妥当かと……」
「なぜだ?」
「未踏破ダンジョン攻略、S級討伐、それらを成し得た探索者は多くいます。しかしそれはクラン単位での話、単身で成し遂げた者などほとんどいません。いえ、これだけの短期間となれば……皆無でしょう」
フン、と鼻を鳴らしたガドウが改めて資料を手に取った。
どれだけ熟読しようと、誰でも入手できるパーソナルデータしか記載されていない。
トウヤの祖父についても同様だ。
(まさかここにきて……。うまく隠れていたものだな)
ガドウの指が資料に食い込んで突き破った。
バリッという音を聞いた幹部達はぎょっとする。
「ガ、ガドウ大臣。何か?」
「このトウヤの祖父に関する情報はないのか?」
「それが名前と年齢以外は何もわからず……。近所とはそこそこ交流していたようなのですが……どうも変人扱いされていたようで、詳しいことは彼らも知らんようです」
「孫に関する情報は?」
「礼儀正しくてすごく評判がよかったそうです。祖父とも良好な関係のようで、たまに二人でどこかへ出かける姿を近所の住人が目撃しています」
等級認定において個人のプライバシーは重要ではない、と考える者は多い。
しかし国が公認するからには犯罪歴はもちろんのこと、素行まで確認する必要がある。
つまりトウヤの情報はすでに丸裸、のはずだった。
「動画配信サイトでのチャンネル登録者数は100万人超え、今や日本中を巻き込む勢いです」
「私の娘も彼の配信に夢中でしてな。おかげで私とは口も利かなくなって……いや、元からだったか。はぁ……」
「私の息子など、与えたおこづかいのほとんどを彼の配信のスパチャにしてしまいました。今月だけで50万円以上ですよ?」
「最近、妻もはまっていてなぁ……。私が帰宅してもここ最近の夕食はカレーばかりなんですよ。作り溜めしておけばトウヤの配信に集中できるからと聞いて呆れましたな」
「困ったものですな。先日家に遊びにきた私の孫もトウヤのことばかりで……ハッ!?」
うかつに和んでしまった幹部達だが、すぐに己を律した。
ガドウが腕組みをして、テーブルの上に置かれているのは破られた資料だ。
「下らん井戸端会議で私の時間を搾取するつもりか?」
顔面蒼白となった幹部達が背筋を伸ばした。
それから会議は滞りなく進行して、ついに結論が出たのは昼過ぎだ。
「この等級ですか……ううむ」
「いやいや、妥当でしょう」
「その通り、彼の功績を考えれば至極当然でしょう」
会議が終わった後も一部の幹部達は着席したまま腑に落ちない様子だった。
ただ一人、優雅に会議室を出ていくのはガドウのみ。
この会議の最中、ガドウはほとんど一言も口を出さなかった。
彼が口を開いたのは最後のみ。
「ほとんどガドウ大臣が決めたようなものだな……」
「まったくだ。しかし、あの人には逆らえん。何せ……」
探索庁を出て、デモ隊を両手でかきわけたガドウは静かに車に乗り込む。
それから携帯を取り出して、とある人物に電話をかけた。
「やってもらいたいことがある。む? あぁ、その件については問題ない。こちらでうまくもみ消す」
運転手や秘書もいるこの場でガドウは堂々と話す。
その内容が漏れたとしても問題はないといった態度だ。
「期待しているぞ、皇帝」
ガドウは通話を終えて目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます