第7話【視られている部屋】

「異常事態調査室」登録者数:178人(+20)


「今日の動画、視聴回数300超えてるな……」


水島佑介はモニターに表示された再生数を見て、久々に小さく息を漏らした。

少しずつ、だが確実に、チャンネルが伸びている。


──その日、届いたのは、知人・大橋からのLINEだった。


「前に話した“事故物件”、しばらく俺が借りてるんだけど、良かったら一晩泊まってネタにしてみる?動画にも使っていいよ」


軽いノリだった。水島もまた軽いノリで、「それじゃ今週末」と返した。

だがこの部屋は、後に“二重の意味でヤバかった”と語られることになる。


【配信:開始】

その部屋は、都内某所の古い団地の一室だった。


エレベーターなし、階段で4階まで上がり、がらんとした鉄扉を開けると、

中はごく普通のワンルーム。


古い壁紙と、どこか微妙に沈むフローリング以外、特筆すべきものはない。

水島は今回、手持ちのジンバルを使い、部屋の中をゆっくり回りながらの配信を開始した。


「こんばんは、『異常事態調査室』です」


「今日は、ある知人から“事故物件を借りている”ってことで、一晩泊まり配信をやってみます」


時刻は22時すぎ。


最初の30分は特に異常もなく、

視聴者も「壁が薄いな」「昭和レトロ」といった軽口をコメントしていた。


──だが、あるコメントが画面に表示される。


『さっき、壁、動いてない?』


水島は一瞬止まる。


「……え?」


見返しても、画面上は変わりがない。

だが、録画を巻き戻すと、確かに。


白い壁紙の一部が、

まるで“誰かが中から呼吸したかのように”わずかに膨らみ、しぼんでいた。


「……照明のせいか?」


だが、水島の顔には薄い焦りが浮かび始めていた。


その後も、視聴者から次々とコメントが入る。


『今、カメラぶれてない?』

『息苦しい』

『画面、ゆがんでる?』


ジンバルの安定機能が突然不調になり、映像がゆっくりと傾き始める。


その瞬間、壁の一部が“呼吸するように

”ゆっくり膨らみ、今度はパキッという音と共に戻った。


水島が振り向いた瞬間、ジンバルのピントが合い、画面が急にアップになる。


水島の顔。真正面。


その顔が、無言でカメラをじっと見つめている。


……10秒、20秒。


次第に水島の目線がずれていき、

笑っていないはずの口角が、少しだけ上がる。


「……なんで見てんだよ」


ぼそりと、水島がつぶやいた。


画面が揺れ、突然配信が終了した。


【後日談】

配信は、10分ほどでぶつ切りになっていた。

映像は残っていたが、途中からノイズがかかり、

最後の1分間は“無音”になっていた。


あるユーザーが、アーカイブを明度補正して投稿した。

すると、壁が膨らんだ直後、

“一瞬だけ”部屋の隅に“誰かの目”のような影が浮かんでいたという。


動画はバズらなかったが、怪談好きの間でじわじわと拡散され、

コメントにはこんな投稿が寄せられた。


「これ、見てるの“あっち”じゃない。水島の目が最初からカメラ越しに誰か見てる」

「壁の中、膨らんだとき一瞬“呼吸音”みたいなの入ってる。鳥肌立った」

「最後の“なんで見てんだよ”って台詞、水島じゃない感じする」


水島は、それらを見たあと、ようやく知人・大橋に連絡を入れる。


「あの部屋、何なんだよ」


「いやー、マジ助かったわ。とりあえず“人が泊まった”って既成事実にはなるし、あとは俺が短期で住んだことにすれば、次からは事故物件って言わなくて済むからさ」


事故物件は、「次の入居者が一定期間住んで退去した」場合、

その後は告知義務がなくなる。


水島の滞在は“その一手前”──“住める部屋”だと見せかけるための、

仕込みだったのだ。


怒りより先に、寒気が背筋を這い上がってきた。


その日の夜。

水島は、当時の掲示板ログを掘り返す。


「あの団地の402号室、マジでヤバい」

「最後の住人、“部屋のどこかにカメラがある”って言ってた」

「死ぬ前に“誰かがこっちをずっと視てる”って呟いてたらしい」


彼が最後に見たコメントはこうだった。


「一番怖いのは、“視られてる”って思ってたのに、本当は“自分が見てた”って気づいた瞬間だよな」


「異常事態調査室」登録者数:178人(+20)

投稿動画『視られている部屋』視聴数:326回

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る