サイドストーリー27 「ハリケーン・ブルーム暴走日記」
正月太り解消ダイエット作戦が終わり──。
朝比奈家のダイニングには、ようやく「普通の朝」が戻ってきていた。
朝比奈邸の庭は、珍しく“静か”だった。
落ち葉はしっとりと地面にたまり、枯れ枝もそのまま。
爆発音ゼロ。黒煙ゼロ。穴も、ない。
ユウトは縁側に座り、ぼんやりとため息をついた。
「……静かすぎて逆に怖いな」
KAIN《本日の屋外環境:落ち葉指数120%、掃除放置期間:三週間と二日です》
「そんなピンポイントなログいらないんだけど」
そこへ、庭の奥から元気な声が突っ込んでくる。
「ご主人様ぁぁぁぁっ!!」
「うおっ」
サッちゃんが、なぜかゴーグルと作業用エプロン姿で走ってきた。
片手には、妙にスタイリッシュな一本のほうき。
「本日の任務は! 落ち葉掃討戦でーすっ!!」
「そのテンションで言う言葉じゃないだろ、それ」
「甘いですよ、ご主人様。落ち葉は足を滑らせる原因、すなわち転倒リスクです!
転倒=怪我=ご主人様のHP減少! 許されませんっ!」
KAIN《理屈自体は正論です》
「フォローすんな」
そこへ、裏口のドアがバン!と開く。
「呼んだ~?」
白衣にパーカー、三つ編み気味のポニテ、寝不足感のある目。
地下ラボ住みの発明担当・ミナミが顔を出した。
「紹介しよう。“ハリケーン・ブルーム Mk-Ⅰ”。
掃除と戦闘、両対応の次世代メイドほうきだよ」
「次世代でほうき選んだのか……」
「ほうき、いいでしょ? ロマンあるし。
柄の部分にマイクロスラスター、ブラシ部分に超小型サイクロン。
ホコリも敵も一網打尽って感じで」
サッちゃんの目が、キラッキラに光る。
「すごいですミナミ様! この子でご主人様のお庭、ピカピカにしますっ!!」
ミナミは親指を立てた。
「ただし一応言っとくけど、“出力5以上は屋外専用”ね?
それと“緊急フルブーストモード”は絶対押しちゃダメだから」
「お約束みたいな注意きたな……」
KAIN《安全プロトコルにより、屋内での出力6以上は自動ロックされます。たぶん》
「“たぶん”って言うな」
そのとき、空間の端から虹色のホログラムがにゅっと出現する。
プリズミア《やっほ~、テスト現場覗きにきたよ~。サブAIのプリズミアでーす》
KAIN《紹介は簡潔に》
プリズミア《はいはい、KAINは堅いんだからさ。
――で、そのほうき、どれくらいぶっ飛ぶの? エフェクト映えそうだけど》
「そこ基準で聞くな」
ミナミが一歩下がり、サッちゃんにほうきを手渡す。
「じゃ、まずは出力2から。軽い“サラッとお掃除”くらいの感じで」
「了解ですっ! ハリケーン・ブルーム、戦闘──じゃなくてお掃除モード、起動っ!」
柄の根元が青く光り、かすかな振動が伝わる。
《ブゥゥン……》
サッちゃんが落ち葉の山に向かって、そっとひと掃き。
――ザァァァッ。
落ち葉が一瞬で一直線に吸い寄せられ、きれいな山に整列した。
「おお……普通に優秀」
メグミ(いつの間にかフェンスに肘をついて見ている)
「……ちゃんと掃除してる……爆発してない……すごいじゃん、何この違和感」
プリズミア《今のとこ“神アイテム”判定だね。
※当社比(サッちゃん基準)》
サッちゃんはご機嫌で、もう一段階ダイヤルを回した。
「では、出力3でーすっ!」
《ブゥゥゥン……!》
落ち葉だけじゃなく、細かい砂や枝まで吸い込まれ、地面がみるみるうちに裸同然に。
ミナミ「いいねいいね、シミュ通り……!」
リナ(縁側に座ってお茶を飲みながら)
「……今日は本当に爆発しないのかしら」
その瞬間、庭の隅から聞き慣れた鳴き声。
「にゃー」
ミケ(三毛猫)が、落ち葉の山へどっかり座り込んだ。
サッちゃん「ミケ様、危ないですよっ! そこ掃除対象ですっ!」
ミケ「にゃ?」
ほうきの先端から吹き出す風が、ミケの毛をふわっと揺らす。
ミナミ「だいじょぶだいじょぶ、動物を吹き飛ばすほどの出力じゃ──」
サッちゃん「ご安心くださいミナミ様! 落ち葉とミケ様、まとめて安全に避難させますっ! 出力5っ!」
「いや上げたァァ!!」
《ブオォォォォォッ!!!》
落ち葉の嵐とともに、ミケが華麗に空へ舞い上がる。
ミケ「に"ゃ"ああああああ!?」
メグミ「飛んだぁぁぁ!?」
KAIN《小動物の飛翔を確認。高度2.5メートル。現在パラボリック軌道……》
プリズミア《はい今、スローモーションリプレイいきまーす》
ミナミ「いや撮ってる場合じゃないから!?」
サッちゃん「ミケ様ぁぁぁぁっ!! 着地っ、着地をっ!!」
しかしミケは、ふわりと屋根の上に着地し、そのまま尻尾を立ててこちらを見下ろした。
ミケ「……にゃ(怒)」
「怒ってる顔だそれ」
リナ「とりあえず生きてるわね。すごいわね猫って」
一件落着……ということにして、掃除場所は屋内へ移動した。
サッちゃん「それでは次は、屋敷の天井をお掃除しますっ!」
「いや、そのテンションで来る場所じゃないよなここ」
リビングの天井には、長年のホコリがうっすら積もっている。
高い脚立を出すのも一苦労だ。
ミナミ「ここでこそ、ハリケーン・ブルームの真価。
――ただし、さっきも言ったけど出力6以上はロックしてるからね。屋内だし」
KAIN《安全ロック確認。屋内最大出力=5に制限済みです》
プリズミア《※“たぶん”じゃなくなったね。成長してるじゃんカイン》
KAIN《評価は後で統計に反映します》
「そんなところに統計いらない」
サッちゃんは、すでにやる気MAXでほうきを構えていた。
「では、ご主人様たちはそのままソファでおくつろぎくださいっ!
サッちゃんが、天井のホコリ、全部吸い込みますからねっ!!」
「嫌な予感しかしないんだが」
リナは無言で、いつの間にかマスク・ゴーグル・帽子というフル装備に。
メグミ「ちょ、それどこから出したの?」
リナ「備えは常に必要よ。経験値の差ってやつ」
メグミ「私にもひとつちょうだ──」
サッちゃん「出力5、室内天井掃除モード、起動っ!!」
《ブオオオオオオオオッ!!》
次の瞬間──天井のホコリが、一気に“雪崩”のように剥がれ落ちた。
「うわあああああああっ!? 見えねぇぇぇ!!」
「目ぇぇぇ!! 目に入るぅぅ!!」
KAIN《ホコリ濃度、作業前の400%に上昇中》
プリズミア《うわ、私のホログラム解像度がっ……!》
ホログラムのプリズミアの姿が、一瞬で“ドット絵”みたいな荒さになる。
プリズミア《なんか16ビット時代に逆戻りしてるんだけど!?》
「むせる、これ普通にむせる!!」
反対に、リナだけは平然としていた。
ゴーグル越しに天井を見上げて、ひとこと。
「……天井だけは、見事にピカピカね」
KAIN《天井清掃完了。清浄度99.9%。一方で床面および住人はホコリ被曝中》
「意味ぃぃぃ!!」
ミナミ「うーん、方向性は合ってるんだよね。方向性は」
メグミ「方向性の使い方間違ってない?」
しばらくして、空気清浄機(本気モード)とKAINの換気システム全開により、
リビングのホコリはなんとか落ち着いた。
テーブルの上には、ホコリで真っ白になったお茶セット。
ソファの上には、ホコリまみれのユウトとメグミ。
天井だけは、ホテルのロビーみたいにツルツルに光っている。
サッちゃんは、ほうきを抱えたまま、肩を落としていた。
「……また、失敗……しちゃいました……」
ミナミ「いや、失敗っていうか……ね? うん、“やりすぎ”?」
プリズミア《映像的には100点だったけどね。バラエティ的には神回》
KAIN《視覚的エンタメ評価:A+。生活快適度:Cマイナス》
サッちゃん「ご主人様の役に立ちたかったのに……屋敷のみんなをホコリまみれにして……
私、やっぱり……ただの物理破壊メイドで……」
ユウトは、頭についたホコリを払いながら、大きく息をついた。
「……いや、まあ、その……」
サッちゃん「ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……!」
「落ち着け落ち着け。
確かにホコリまみれにはなったけどさ」
ユウトは、天井を指さした。
「天井、俺一人じゃ絶対掃除できなかったし。
あんなところ、脚立も届かないし、高所恐怖症だし」
「だからまあ……“方向はちょっと間違えたけど”、結果的には助かったよ。
ありがとな、サッちゃん」
「……っ!」
サッちゃんの目が、ぱぁっと明るくなる。
「ご主人様……!」
メグミは、頬をかきながらボソッと言った。
「……まあ、確かに。天井だけ見たらプロ仕事なんだよね……」
リナ「ただし“ただし書き”の量が多すぎるだけで」
ミナミは「そうそう」と頷いて、ほうきの設定パネルを操作した。
「じゃ、ルール決めよ。
ハリケーン・ブルームは──
・基本、屋外専用
・屋内で使っていいのは“年一回の大掃除”まで
・小動物(ミケ含む)を吹き飛ばしたら即没収
これでどう?」
KAIN《ルールを登録しました。“ハリケーン・ブルーム使用規約 Ver1.0”》
プリズミア《規約できちゃったよ、このほうき》
サッちゃんはほうきをぎゅっと抱きしめた。
「規約付きでも……この子、使わせてもらえるんですねっ!」
「まあ、完全没収するにはちょっと惜しいしな。
――安全運転で頼むぞ。マジで」
「はいっ! 安全第一、筋肉第二で運用いたしますっ!」
リナ「順番も、できれば逆じゃなくてよかったわね」
夕方。
騒ぎもひと段落し、庭はすっかりきれいになっていた。
落ち葉はなくなり、芝生はふわふわ。
屋根の上では、さっき飛ばされたミケが、ふてくされたように丸くなっている。
ユウトは縁側に腰を下ろし、隣に置かれたハリケーン・ブルームを眺めた。
「……見た目だけ見たら、普通のほうきなんだけどな」
「ふふっ。中身は、最新鋭ですよっ」
いつの間にか隣に座っていたサッちゃんが、嬉しそうにほうきを撫でる。
「ミナミ様が、“ご主人様を守るにも、掃除にも使えるように”って作ってくださったんです。
ご主人様の足元、絶対滑らせないように、って」
「なんかその発想がもう、戦場なんだよな……」
ふと、ユウトは夕焼けの庭を眺めた。
さっきまでホコリまみれだった空気が、嘘みたいに澄んでいる。
「……でもまあ、
“守るために掃除頑張る”って発想は、嫌いじゃないかな」
「ご主人様……」
サッちゃんが、少しだけ頬を赤くする。
ユウトは、手に取ったほうきの柄を軽く持ち上げてみた。
「これさ。出力落として、ほんとにちょっとだけなら……
俺と一緒にさ、庭一周くらい“二人乗り”飛べたりするの?」
「っ!? っっっ!?!」
サッちゃんの耳まで真っ赤になる。
「二人乗り……ですかっ……!? ご主人様と、わ、私が……っ!?
そ、それはその……理論上は、ええと、ぎ、ぎゅっとくっついてしまいますが、その……!」
「いやそこまで詳細に説明しなくていいから!?
なんで“乗る体勢”のイメトレ始めてるの!?」
そのとき、ホログラムの光がひょいっと顔を出した。
プリズミア《はいはーい、今の会話、ちゃんとログ取っといたからねー》
KAIN《個人の羞恥心に関わるログは暗号化保存されます。ご安心を》
「安心材料ゼロなんだけど!?」
サッちゃん「え、えっと……ご主人様が、乗りたいと仰るなら、
いつでもハリケーン・タンデム飛行、準備万端ですっ……///」
「名前からして物騒なんだよ」
庭の隅で、ミナミがメモを取りながらひと言。
「“二人乗り試験”か……ふふ、テスト項目に追加しよ」
メグミ(少し離れた縁側の柱にもたれて)
「……また、いいネタ増えたな」
リナ「ふーん……」
リナはその様子をちらりと見て、何か言いかけて――
結局、お茶をひと口飲んで黙った。
夕陽が沈み、代わりに縁側の照明が灯る。
ハリケーン・ブルームは、縁側の柱に立てかけられ、
静かに青いランプを一瞬だけ、ピッと光らせた。
KAIN《補足:落ち葉センサーが“わずかに残存”を検知しました》
「いや今は起動しなくていいからな!?」
プリズミア《ほら、ほうきも“もっと飛びたい”ってさ》
サッちゃん「次は、もっと上手に、お庭を守りながら飛びますっ!」
ユウトは、ため息をつきながらも、どこか笑っていた。
「……まあ、ほどほどにな」
――こうして、朝比奈邸の新たな“レギュラー兵装”が
また一つ、誕生したのだった。
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