サイドストーリー21 「夜警パトロール隊:影を追う足音」
夜って、もっと静かなもんだと思ってた。
でも今、俺の前にあるのは──
「はい、拍子木!」「はい、防犯ベスト!」「はい、“一晩で分かる夜間戦闘マニュアル”!」町内会長が張り切っている。
「最後のいらないよね!? てかなんで配布物の半分が物騒なんだよ!」
商店街の集会所前。
町内会長が用意した夜警セットの上に、サッちゃんが勝手に自作アイテムを積み増ししていた。
回覧板にはこう書いてあった。
『最近、近所で空き巣未遂あり。つきましては自主夜警パトロールを実施します。朝比奈家の皆様は町内の重要な戦力であります。ご参加よろしくお願いします』
「名指しだよ」
──絶対、温室トマト事件のせいだ。
あのタヌキが屋根の上を走り回ってから、商店街の警戒レベルは一段階上がっている。
「ご主人様っ! 防犯任務ですよ、防犯! これはもう参加一択です!」
「いや、表現おかしいだろ。うちは普通の一般家庭……ってことになってるんだからな?」
「はい、“特殊一般家庭”ですね!」
「新ジャンル勝手に生やすなよ」
隣でメグミが、苦笑しつつタスキをかけ直す。
「まあまあ。ユウトも、どうせ夜遅くまで起きてるでしょ。たまには健康的に歩こうよ」
「“健康的”って単語と、サッちゃんの存在が致命的に矛盾してるんだよな……」
そこへ、白衣の裾を翻してミナミがやって来た。
黒縁メガネの奥の目は、いつも通りギラギラしている。
「ふふふ……夜の実地試験、最高ね。タヌキ対応アルゴリズムMk-IIの検証チャンスよ。みてらっしゃい」
「前のMk-Iはどうなったの?」
「電柱を全部犯人扱いして警察に通報していたわ。使えない子なの」
「つまり失敗したんだね⁉」
最後に、リナが遅れて到着した。
ジャケットを羽織って、マフラーまでちゃんと巻いているあたり、妙に季節感がしっかりしてる。
「ふあぁ……なんでわざわざ夜に歩くのよ。私は温室のデータ整理が──」
「リナさん、楽しい夜間戦闘ですよ!」
「誰も戦うなんて言ってないからね?」
こうして、
町内会長+商店街有志+朝比奈家+オマケで科学者一名による、
カオスな夜警パトロール隊が結成された。
……本当に大丈夫なんだろうか、この町。
「それでは、班ごとに見回りに出てくださーい!」
会長の号令で、各班が散っていく。
俺たちの担当は、商店街から公園までのルートだ。
「拍子木係は誰がやる?」
「ハイッ! わたしやりたいです。ご主人様っ!」
当然のようにサッちゃんが手を挙げた。嫌な予感しかしない。
「いいですかご主人様、夜警の基本フォームは“リズム”です」
「フォームとかあるんだ……?」
「こうやって──」
サッちゃんが拍子木を構え、大きく振りかぶる。
「火の用〜〜〜心っ!!!」
カァァァァンッ!!
耳が死ぬかと思った。
「音量! 音量の概念どこ行った!」
しかも、テンションが上がったのか、サッちゃんは勝手にリズムをアレンジし始めた。
「カンッ、カンッ、カカカンッ! 火の用〜心っ☆」
「なんで途中からラテンビートになってんの!? 夜警だよねこれ!?」
そのとき。
「おっ、なんだなんだ、景気いいじゃねぇか!」
八百屋のオヤジが、店先から太鼓を持って飛び出してきた。
「夜警なら、音はデカいほうがいい! ドンドコドンドコ!」
「逆逆逆! そういう方向に行くとただの祭りだから!」
魚屋の兄ちゃんは木箱を叩き、文房具屋のおばちゃんはタンバリンを持ち出した。
気づけば、俺たちの後ろには小さな“夜祭りの隊列”ができていた。
「すごいねユウト……なんか、思ったより華やかになってきた……」
「メグミ、これは華やかって言うより、ただのカオスだと思う」
会長が頭を抱える。
「お、おかしいな……静かに見回りしてほしかったんだけど……」
そこへサッちゃんがキラキラした目で振り返った。
「会長! 防犯意識を高めるには“テンション”が重要ですっ!」
「そういう理屈もあるかもしれんがなぁ……」
いや、絶対違う。
「では、こちらは科学的にいかせてもらうわ」
ミナミがスマホサイズの端末を取り出した。画面には町内のマップと、いくつかの点滅アイコンが映っている。
「タヌキ対応アルゴリズムMk-II。
赤い点が“人間の可能性高”、黄色が“タヌキか猫の可能性高”、灰色は“たぶん電柱”です」
「また電柱?改良したんじゃないの?」
「しっかり改良されているわ。もう警察に勝手に通報したりしないのよ」
それ、頑張る方向逆じゃない?
「今のところ、怪しいのは……あそこね」
ミナミが指さした先は、角の自販機コーナーだった。
端末の画面には、黄色い点がピコピコしている。
「よし、確認に行きましょう!」
「ちょ、サッちゃん。まずは静かに近づいて──」
「怪しい影発見っ!! 覚悟しろぉぉぉ!!」
ダッシュした。
全力で。
自販機の裏に飛び込んだサッちゃんの、気合い入りすぎの声が響き渡る。
「出てこーいっ! このタヌk──」
「にゃああああん!!」
飛び出してきたのは、ものすごく迷惑そうな顔をした白猫だった。
「うわああごめんなさい猫さん!? 間違えましたぁぁ!」
猫は、サッちゃんを一瞥したあと、
「かかわりたくない」とでも言いたげな足取りで去っていった。
ミナミが端末を覗き込み、メモを取る。
「ふむ……猫とタヌキの識別率、まだ80%程度……」
「それ、20%は猫に謝れ案件ってことだよね……」
その後も、黄色い点を追ってみた結果──
・ただのカップル
・自販機に寄りかかってスマホ見てた高校生
・やっぱり電柱
などが“疑惑の影”として浮上した。
「こうして見ると、夜の町って、意外と“普通に生きてる人たち”多いのね」
リナが、感心したように、少しだけ笑う。
「いや、それを確認するのが夜警の本来の目的なんだけどな……」
商店街の端まで見回りを終え、公園の手前で一息ついたとき。
ミナミが端末をじっと見つめながら、眉をひそめた。
「……ん?」
「どうした?」
「さっきからひとつだけ、変な動きをしてる点があるの」
画面では、公園の奥──温室の裏側あたりに、黄色い点が表示されていた。
さっきから、じりじり動いては止まり、またじりじり動いては止まりを繰り返している。
「大きさは……体長的に、子ども〜小柄な大人。
確率的には、タヌキ40%、人間30%、その他30%……と出ています」
「その“その他”が一番怖いんだけど」
サッちゃんの目つきが変わる。
「ご主人様……!」
「うん、その目やめようか。絶対突撃する気だよね?」
「公園の近くには民家もあります。ここで油断したら、温室タヌキ事件再来ですっ!」
温室トマトをかじられたあの日が、頭をよぎる。
あれ以来、ミナミのトマト講座は若干スパルタだ。
「よしっ、公園、急行しますっ!」
「待って、せめて走りながら作戦を──」
叫ぶ間もなく、サッちゃんはもう公園へ向かってダッシュしていた。
ほんと、うちのメイドはブレーキという概念を知らない。
公園に着いたときには、すでに空は完全に暗くなっていた。
街灯の下に、ベンチがぽつんと浮かぶ。その奥、茂みの影で、何かがガサガサと音を立てている。
「出たわね……!」
ミナミが端末を見ながら小声で言う。
黄色い点は、茂みの中で止まったまま、じっとしている。
「サッちゃん、突っ込む前に一回深呼吸。ね?」
「はいっ。すぅ──……はぁっ!」
「今の完全に“突撃前の呼吸”だよね!?」
メグミが袖をつまんで引き止めようとするが、その手をそっとリナが押さえた。
「いいわ、ここは行かせましょ。どう転んでも、何かしらオチになるから」
「オチ前提で動かさないであげて!?」
そして──
「そこまでですっ!! この町の安全は、この鉄拳メイド・サッちゃんが守りますっ!!」
宣言と同時に、サッちゃんが茂みに飛び込んだ。
──ズザァァァッ!!
派手にすっ転んで、茂みごと滑り抜け、そのままベンチの足に頭をぶつけた。
「いったぁぁぁぁぁ!!」
「何やってんの!? 賊より先に自分の頭部ダメージ増やしてどうすんだよ!」
そのとき、茂みの中から、のっそりと何かが這い出してきた。
「……にょ?」
丸い耳。
ぷっくりしたお腹。
器用に前足で何かをつかんでいる。
「……タヌキだ」
全員、同時に呟いた。
タヌキは完全に「お邪魔してます」みたいな顔で、俺たちを見上げていた。
前足に抱えているのは──ビニール袋に入ったパンの耳。
「それ、どこから持ってきた」
「にょ……」
タヌキは気まずそうに目をそらした。
次の瞬間。
「ま、待ちなさぁぁぁぁい!!」
どこからともなく、パン屋の奥さんの叫び声が聞こえた。
……なるほど、現行犯だ。
「逃がしませんっ!!」
サッちゃんがまたも全力ダッシュ。
タヌキも驚いて、パンの耳を加えたまま逃げ出した。
「にょにょにょにょっ!?」
「待てぇぇぇぇ!!」
公園のベンチの周りを、タヌキとメイドがぐるぐる追いかける。
まるで、ちょっと筋肉量がおかしいトムとジェリーだ。
「……なんか、前にも似たような光景見たよね」
「うん……なんか既視感がすごい……」
メグミと俺は、半分呆れながらその追いかけっこを見守っていた。
数周回ったところで、タヌキがふいに足を止めた。
サッちゃんが勢い余って素通りする。
「えっ!? わっ──」
ズザザザッ!!
さっきと同じようにすっ転び、今度は反対側のベンチに頭をぶつけた。
「二回目ぇぇぇ!?」
タヌキは、その様子を「何してんのこいつ」と言いたげな目で眺めたあと、
パン屋の奥さんのほうをチラッと見た。
奥さんは腰に手を当てて、ため息をつく。
「……もう。あんた、前からウチの裏で寝てた子じゃないの」
「にょ」
「パンの耳ぐらいならあげるけどさぁ、人の店ん中まで来たら、それは空き巣よ。わかる?」
「にょ……」
タヌキ、しょんぼり。
怒られているタヌキを見る日が来るとは思わなかった。
「――というわけで。犯人はタヌキでした、っと」
会長がメモ帳を閉じる。
「よし、空き巣犯人は“野良タヌキ”ということでひと区切りだな」
「いや、“ということで”って軽いな!?」
とはいえ、たぶんこれが一番平和な落としどころなんだろう。
「タヌキさんも、お腹が空いてただけですよね……」
サッちゃんが、こっそりパンの耳をちぎってタヌキに渡す。
タヌキは、遠慮がちに一口かじったあと、
「にょ……」
と小さく鳴いた。
その様子を見ていたメグミが、ポンと手を叩いた。
「あ、じゃあさ──」
――その十分後。
なぜか、公園のベンチの前には“団子の山”ができていた。
「団子持ってきたぞー!」
「うちは煎餅あるよー!」
「肉屋だけどコロッケでいいかー!」
夜警隊に合流した商店街の面々が、思い思いのおやつを持ち寄ってくる。
ベンチの前には、小さなシートが敷かれ、その真ん中でタヌキが団子をもぐもぐしていた。
「……なんだこれ」
「“タヌキ反省会”兼“ご近所おやつ会”」
メグミが得意げに胸を張る。
「怒鳴って追い払うだけじゃ、たぶんまた来るしさ。
だったら、“ここまではOK、それはNG”って、ちゃんと一緒に決めたほうが、きっと平和でしょ?」
「タヌキと合意形成って発想が、もうだいぶ平和ボケしてない……?」
でも、タヌキはちゃんと奥さんの足元には近づかないようにしながら、
差し出された団子だけをちびちび食べている。
「……ふぅ」
会長が、ほっこりした顔で腕を組んだ。
「防犯ってのは、犯人を捕まえるだけが目的じゃないからなぁ。
こうやって、みんなで“夜に歩く理由”を共有するのも、大事なことだ」
「いい話風にまとめたけど、中心にいるのタヌキなんだよなぁ……」
まあ、平和だからいいか。
タヌキはお腹がいっぱいになったのか、
ベンチの下で丸くなって、すやすや寝息を立て始めた。
「……かわいい」
「にょ……」
サッちゃんが、そっと毛布をかける。
メグミが、その上からそっとポン、と手を置いた。
リナは、その様子を見ながら、静かに息をつく。
「……よかったわね、あの子も。温室トマトだけで恨まれなくて」
「恨んでたのトマト側だけだからね?」
夜警もひと通り終わり、町内会長が解散を宣言した。
「皆さん、お疲れさまでした。今夜はゆっくり休んでください」
人がまばらになった商店街を、俺たちは屋敷に向かって歩く。
街灯の下を通るたびに、俺たちの影が伸びたり縮んだりする。
「いやぁ〜、いい任務でしたねっ!」
「任務って言うと途端に物騒なんだよな」
「でも、ご主人様の隣でパトロールできて、なんか警護してる感あって楽しかったですっ!」
「実際、一番危なかったのはサッちゃんの頭部なんだけどな……ベンチ二連撃の件な」
「大丈夫です、頭は筋肉で守られてますから!」
「それはそれで心配だわ」
前を歩いていたメグミが、くるっと振り返った。
「でもさ、今日のユウト、ちょっとカッコよかったよ」
「え、どこが?」
「タヌキ相手にもちゃんと“怒るポイント”と“笑って済ますポイント”分けてたじゃん。
ああいうの、案外大事なんだよ」
「そ、そう?」
なんか急に褒められて、照れる。
横を見ると、サッちゃんが地味に顔を真っ赤にしていた。
「ご、ご主人様が頼りがいあると……メグミ様が……!」
「そこ拾うの!? そんなに大事なセリフか今の!」
リナは一歩後ろから、そのやりとりを見てニヤニヤしている。
「はいはい、青春だこと。私は帰ったらタヌキ対応アルゴリズムのログ解析しなきゃ」
「そこ科学で分析するんだ……」
ミナミは、さっきから端末にデータを打ち込んでいる。
「タヌキ行動パターン、非常に有意義なサンプルが取れたわ。
次は“おやつ配布時の速度変化”も測りたいわね」
「それ以上分析したら、タヌキのほうが先に論文出してきそうだな……」
そんな取り留めのない会話をしながら、俺たちは歩く。
ふと、足音に耳を澄ますと──
コツ、コツ、コツ、コツ、と、不思議とリズムが揃っていた。
「……あれ」
「どうかした?」
「いや、なんか。足音、揃ってんなって」
言いながら、自分でもちょっと笑ってしまった。
サッちゃんが、嬉しそうに俺を見る。
「はいっ! 隊列乱れなしです、ご主人様っ!」
「隊列って言い方が、すでに日常じゃないんだよなぁ……」
でも──
その“揃った足音”が、妙に心地よかったのも事実で。
商店街の灯りが少しずつ遠ざかるなか、
俺たちの影は、ひとつにくっついたり、ばらけたりしながら、屋敷まで伸びていった。
今夜も、騒がしくて、ちょっとだけあったかい。
そんな、“いつもの夜”だった。
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