第11話 爆裂ホットケーキと秘密結社
朝の屋敷は、コーヒーの香りと、張り切り過ぎたメイド長(自称)サッちゃんの声で始まった。
サッちゃん「本日! 我らがご主人――ユウト様の十七歳バースデー! よって朝食は、世界一ふわふわで、世界一分厚くて、世界一飛距離が出る――」
KAIN「最後の要件は料理に不要です。」
サッちゃん「――ホットケーキを進呈いたします!」
ユウト「最後の“飛距離”って言ったよね?」
リナ「カロリーと飛距離は反比例です。ここは低糖質・高タンパクでバランスを取り、ソースは豆乳ホイップを――」
サッちゃん「リナ、聞いて。“愛はカロリーゼロ”。」
ユウト「その理論、栄養学に刺さりそうで刺さらないなぁ。」
KAIN「刺さるのは電子レンジの過負荷警告です。あ、既にシステムが――」
サッちゃん「よーし、キッチンにて準備開始! KAINはお口チャック、ユウト様はソファで待機、リナは誕生日飾りの貼り付けを。風船は七百八十個、色は金と白!」
リナ「了解。……七百八十?」
KAIN「在庫は七十九個。桁の認知が時々ハイパーになります。」
三人+一AIは、それぞれの持ち場へ散っていった。
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厨房の戸棚を物色していたサッちゃんは、小さな金属缶を見つける。ラベルには手書きで**「粉砂糖(特別)/さわるな」**の文字。
サッちゃん「“さわるな”は“さわって”の婉曲表現。」
KAIN「違います。さわるなです。スキャン……未知の結晶構造を検出。警告レベル:カスタム。
警告名:『さわるな』。」
サッちゃん「KAIN、今日くらいロマンを信じましょう。白くて甘い粉は世界を救うの。」
KAIN「史上、白くて甘い粉で救われた世界の例は、砂糖税の財政以外にありません。」
サッちゃん「世界は胃袋から救われる! 投入ッ!」
缶の中身をふるいにかけ、生地に投入。瞬間、ボウルの表面に細かな光が走り、微粒子がダイヤのようにきらめいた。
KAIN「量子振る舞いを観測。やめてください。今すぐ。もしくはワタクシの電源を抜いてから続けてください。」
サッちゃん「はい、後者で。」
プラグが抜かれ、KAINの声はぷつりと途切れた。
サッちゃん「静寂、勝利。さぁ、焼成開始――!」
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生地が鉄板に落ちた瞬間、厨房の温度がすっと下がった。続いて――
ぼこ……ぼこぼこぼこぼこぼこ!
泡が異常増殖。表面は艶やかに金色へ変色し、縁からは銀色の筋が走る。鉄板が小刻みに震え、ついには、
ガコン!
鉄板が内側からせり上がり、円盤状の塊がにゅうっと頭を出した。直径一メートル、重量は見た目以上、表面は蜂の巣めいて金属光沢――
サッちゃん「出たわね、超合金ホットケーキ弾(パンケーキ・ブレット)!」
ユウト(食堂から)「待って、今なんて言った!?」
サッちゃん「まずは二刀流――」
サッちゃんは両手に特大フライパンを構え、弾丸の縁をカコン、カコンと弾いて軌道を制御する。
サッちゃん「右に二度、左に三度、からの――」
床に落ちていたバターを踏む。
サッちゃん「すべっ――」
キュルルルルッ!
サッちゃんは驚異的バランスでスピンし、フライパンを連打。だがスピンの勢いでホットケーキ弾は厨房の壁を突き破り、廊下へ飛び出した。
ユウト「壁ぇぇぇ!」
KAIN(復旧)「緊急復帰。状況報告:未知物質により生地が発泡金属化。推定弾速、時速二十〜三十。軽自動車より遅いが、被害は重い。」
ユウト「的確ぅ!」
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ホットケーキ弾は、廊下のドアを丸くくり抜きながら進み、洗濯ロープをきれいに輪切りにして、開け放たれた庭へ。
サッちゃん「逃がさない!」
リナ「援護する!」
リナが庭木を飛び越え、空中で美しい弧を描いて――ハイキック!
ドゴォン!
見事な一撃。だがホットケーキ弾の外殻は金属化しており、角度だけが派手に変わり、跳弾して屋敷の煙突にめり込んだ。
リナ「っ……固い。これは……焼き色の“オーブンリベット”構造?」
KAIN「今つけましたその名称。いい響きです。」
サッちゃん「あそこまで登る!」
サッちゃんは壁を蹴って煙突へよじ登る。が、次の一歩。あのバターの呪いが、まだ足裏に残っていた。
サッちゃん「ぬるっ。」
ズルッ――。
ユウト「サッちゃん!」
落下、しかし彼女は空中で身体をひねり、二枚のフライパンをパラシュートのように広げ、
サッちゃん「ふわっと着地!」
ユウト「フライパンの仕事量が多すぎる。」
ホットケーキ弾は煙突を突き破って再び庭へ。今度は鯉のぼり用のポールをなぎ倒し、プールサイドをかすめてコンクリ壁にがこんとひっかかった。
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ユウト「このままだと、街に脱走する。」
KAIN「外殻を開け、中心部の“核”を取り出せば、暴走は止まります。」
リナ「核?」
KAIN「生地に混じった、未知の結晶体。エネルギー源か制御核。通称――黒百合データ結晶。」
ユウト「黒百合……!ってどこかで聞いたことがあるような」
KAIN「物置の“さわるな”缶は、おそらく旧〈黒百合〉資材の残骸です。誰が置いたかは後で叱責するとして、今は処置。」
サッちゃん「叱責担当、任せて。自分に。」
KAIN「自己申告は前代未聞です。作戦案。IHクッキングヒーターを改造し、“逆回転カタパルト”にします。回転熱と電磁振動で外殻の発泡構造を崩壊、核を露出。」
ユウト「キッチンからここまで、どうやって運ぶの?」
KAIN「自走改造済みです。」
ドアの向こうから、IHヒーターがキャタピラを生やしてゴロゴロと登場した。
ユウト「おまえ、そんな芸当できたのか。」
KAIN「できますが、やらないようにしていました。倫理上。」
サッちゃん「よーし、あとは“決め技”ね。ユウト様、誕生日プレゼントは――」
ユウト「ここで!? ぼく、まだ何も用意してないよ!」
サッちゃん「ご安心を。ユウト様専用・業務用フライ返し“サンダースパチュラMk.Ⅱ”!」
ユウト「名前の圧が強い!」
KAIN「チタン合金。先端はマイクロノコ刃。投擲安定翼つき。」
リナ「要するに投げナイフ。」
ユウト「説明の結果が物騒。」
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IHカタパルトが回転を上げる。ホットケーキ弾は台上でブルブル震え、外殻の蜂巣構造がパリパリと崩れていく。
KAIN「今です、ユウト!」
ユウトは深く息を吸い、サンダースパチュラMk.Ⅱを構える。投げる位置は、ホットケーキ弾の中心――わずかに淡い光が脈打つ部分。
ユウト「いけぇッ!」
ヒュン――。
スパチュラは、空気を裂き、見事中心へ。ザクッ。
一瞬の静止。続いて、薄紫の光がぶわっと舞い上がり、小さな結晶がコロリと露出――
サッちゃん「拾った!」
彼女はプールに向かってダッシュし、そのまま水面を走る。左右の手でフライパンを叩き、波紋ブーストで加速。
リナ「援護!」
リナが連続ハイキックで、弾のコースをプール中央へ修正。IHカタパルトが最後の回転で弾を跳ね上げ、
ドボォン!
ホットケーキ弾は水面でしゅわしゅわと泡を吐き、炭酸のように縮み、やがてぷかりと浮かぶただの巨大なスポンジへ。
KAIN「暴走停止を確認。味は、見なかったことにしましょう。」
ユウト「味覚も停止させないと食べられないやつだ。」
サッちゃん「でも――取り出した“核”は確かに甘かったわ。」
KAIN「嘘をつくには、せめて糖度計を用意してください。」
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夕方。粉砂糖(もどき)が屋敷じゅうに薄く積もり、皆の髪は白くなっている。ユウトは雪男のような姿で椅子に座り、テーブルには――
サッちゃん手製、バタークッキー(形:すべて日本地図の不正確な各県)
ユウト「……これは、北海道?」
サッちゃん「はい。函館が取れちゃってますけど。」
リナ「これは――青森?」
サッちゃん「たぶん沖縄。」
ユウト「惑星規模で迷ってるよ。」
だが、味は悪くない。いや、むしろ温かい。口に入れると、焦がしバターの香りがほろりと広がる。
ユウト「……うまい。」
サッちゃん「やったぁ!」
KAIN「栄養価の算出中――」
サッちゃん「KAIN、今日は言わせない。愛はカロリーゼロ!」
KAIN「出典不明の宗教文句を、科学技術の殿堂たる我がスピーカーで言わないでください。」
みんなが笑ったところで、ユウトがテーブルの端に置かれた小さな名刺を手に取る。
ユウト「これ、さっきの結晶の中から出てきたやつ。――『Marie Macaron/移動菓子店“Macar-on-the-Road”』って書いてある。」
リナ「黒百合の兵站部に、そう呼ばれていた技官がいた。天才パティシエ。糖鎖結晶の試作をしていたと聞く。」
KAIN「つまり、今回の結晶は“食用兵器”の系譜。甘くて危険、という最悪の二項対立です。」
サッちゃん「会いに行こう。私が――挨拶する。」
ユウト「挨拶(物理)はだめだからね。」
サッちゃん「もちろん。まずは買う。クレープ。」
ユウト「うん、経済は回そう。」
テーブルの端で、電光掲示風のランニングギャグが点灯する。
洗濯爆破カウンター:#01 吹き飛んだ洗濯物 23点
KAIN「なお、プールのスポンジは風呂用にリサイクル可能です。」
サッちゃん「よし、それで今夜は泡風呂だ!」
ユウト「今日、泡と粉まみれの一日だったなぁ……。」
三人と一AIは、粉だらけの屋敷でささやかな誕生日を締めくくる。窓の外、夕暮れ色の雲が金色に縁取られていた。
――そして、遠くの路地で、かわいらしいクレープ屋台のベルがちりんと鳴る。
その天蓋には、控えめに黒い百合のピンブローチ。
(第11話 完)
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