ハードボイルドに決めてけっ!!!
蠱毒 暦
無題 我、噛ミツキシ『希望』ノ華
ざわざわ…
俺はさすらい人にして、孤高のガンマン。俺を知る人々は畏怖と尊敬をもって『◾️◾️』と呼ぶ。
カチッ、カチッ……
「あちち……ふぅ。」
長い話になる。何せ、俺の——になってくれた男の物語なのだから。
023
重度の病に侵された娘を海に連れて行きたい。
そんなささいな夢すら叶えられなかった僕は、ただ、蒸し暑い夜の砂浜を1人歩く。
苦しみながら、心の中でいくら僕を罵倒しても…娘は戻って来ない。涙で視界がよく見えず、すすり泣く音だけが響いていた。
僕は何処から…間違えてしまったのだろうか。
妻が不倫相手と交際していたのに気づいて、指摘したところ?
残された娘を貧乏ながらも僕1人で、必死になって育てたところ?
中学生になった娘が重度の病にかかり入院費の為に、より金を稼がないといけなくなって、ただでさえなかった家族の時間が減ってしまったところ?
それとも…これ以上、僕の迷惑にならないように、看護師さんがいない隙を狙って、娘が食事で出されたフォークで、喉を突き刺して……
「お、ぉぇぇぇえ…」
吐瀉物をぶちまけて、砂浜を汚す。
結論は最初から知っている…金も力もない、醜い弱者だったからだ。弱く、脆い…搾取されるだけの存在。僕なんかが幸せになるべきじゃ…なかったんだ。
「……」
砂浜に蹲って自殺する勇気さえなく、ただみっともなく自分を責め続け…水平線から朝日が顔を出し、精神的に何千何万回と死んだ頃。
「……はは、ははは。」
———悲しみにくれるのはもう…やめだ。
そう僕は決心し、たった1つの願いを壊れた心に秘めて、立ち上がる。
033
悪が栄えた試しなし…なんて言葉こそが、嘘であり人間とは僕も含め、生まれながらにして悪人ばかりだ。神様という奴は、何もしていない誰かへ罰を与えるばかり。
事実…血と金で汚れ、少なくとも数千年は偽りの平和を無知な民へ見せ続ける事が可能な力を持つホット連邦が誕生。
抵抗する国はヨーロッパを除き、全て軍事力でねじ伏せ、征服。言論統制を敷き、今まであった秩序が壊された人類は弱肉強食の世界へ逆行した。
が、しかし。樹立してから数ヶ月と経たずホット連邦は、僕が五月病の所為で刑務作業が滞り怠けているそんな夜…保険をかけていたのにも関わらず、歴史の闇へと消えてしまった。
後日…偶然、路地裏にあった新聞を確認してみると、ただ1人のガンマンによって、滅ぼされたそうだ。
……
それから夏になった頃、僕は荒廃した都市……
カチッ、カチッ……
かつて自由主義を掲げていた、アメリカの首都ワシントンへやって来ていた。
カチッ、カチッ…カチッ
「ルールは簡単…10分後に、俺の後ろのいるホット連邦から盗んだ強化人間12体を、俺が命令して、お前達を殺しに向かわせる。最後の1人になるまで生き残れ。それ以外は自由だ。」
強化人間…当時、軍備拡張の為にホット連邦が身寄りのない人間を捕らえては、数々の拷問や実験を繰り返し、同じ人間なのに、人間である事をやめされられた主に従うだけの道具。使い捨ての歩兵から、愛玩用まで、その種類は多岐に…
ザザッ……
「……」
ノイズが混じった…話を戻そう。集まった人間は全員が全員、世紀末よろしく筋肉隆々という訳ではない。
借金を抱えたり、奴隷商に売り飛ばされたりの訳アリばかり…かく言う僕もその1人。
カチッ…カチッ……カチッカチッ
「お前ら弱者が無様に死ぬのも面白…ではなく、可哀想?だから、弾と銃は各地に配置しているから使うといい。さあ、スタートだ!!」
『!!!!』
かなり昔、僕と娘で一緒に制作したハードボイルドとアウトロー系を掛け合わせた小説が運悪く、ホット連邦の目に止まってしまい、その内容が国家に対する反逆とかで、刑務所へと送られてしまった。
カチッカチッカチッ…カチッ
辛うじて粛清をまのがれた理由は、僕は大して影響力を持たない底辺小説家…典型的弱者だったから。
少し悲しくなって来たな…うん。ちなみに釈放された後、崩壊した拠点に行って、置き忘れていたヒビ割れたスマホで確認したけど…PVは1しかついてなかった。
カチッ……カチッカチッカチッカチッカチッ
地道に稼いだところで、借金は膨らみ増えるばかり。だから、こういうハイリスクハイリターンを選ばざるを得ない。本音を言えば…
———だが。
いくらホット連邦が滅ぼうが、一度、世間様が弱肉強食の流れになると、早々変わるものではないのだ。
「おいお前ら。まだ、逃げないのか?」
「…え?」
しまった…僕とした事が、話をまるで聞いてなかったぞ!?どんな話しをしてましたっけ?
「ここで死ぬのもいい。弱者は消えて然るべきだからな。10分…さあ解放の時間だ。」
黒いサングラスをかけた大男が、僕が逃げ出そうとするのを見て、ニヤリと笑う。
カチカチ。カチッ…カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ———!!!!!!
「精々、足掻くんだ…うるせぇ!何なんだよ、さっきからずっと、カチカチカチカチ。いい加減に…」
大男も、反射的に逃げて生き延びようとしてしまった僕ですら…その光景に目を奪われた。
「チッ……買い替え時か。」
普段、誰かと喋らないのだろう。そう、か細い声で呟くと…ライターをポイっと後ろへ投げ捨てた。
「……」
黒色の中折れ帽。サイズが合わず、ブカブカなカウボーイファッションの上から、今にも崩れそうな赤色の外套を纏っている。
右側の横ポケットからは銃がチラリと見え、よく観察すると、昔はあった筈の左腕が欠損していた。
照りつける日光が反射し輝く、淡いピンク色の三つ編み。真夏の夜に浮かぶ月を彷彿とさせる、何とも形容し難い瞳の色。
忘れもしない。否。忘れる筈がない…
「き、君は…」
「……」
そんな中学生ほどの背丈まで成長した少女は、顔を上げて大男を一瞥し…ポケットから小さな何かを10〜13つくらい放り投げると、薬莢だけが落ち、背を向けて歩き去っていく。
その態度や謎の行動に、激昂する者も疑問符を浮かべる者は誰もいない。
少女が僕を通り過ぎた辺りで、遅れてやって来た13発の発砲音が僕の耳朶に響いたからだ。
「っ…ま、待って」
足を止め、振り返らずにこう言った。
「……自分の身は自分で守りぇ…」
舌を思いっきり噛んだのだろう。ポタポタと血が地面に滴り落ち、軽く咳払いをする。
「自分の身は自分で守れ…さらばにゃ…っ。」
中折れ帽を深く被り、急いで何処かに向かおうとする少女を、僕の恩人だからと言葉巧みに説得した。
あり合わせで強化人間達の墓を作った後…歓喜に震えるのを悟らせないように振る舞いつつ、大男が持っていた賞金を使い、道中でライターを買い、一緒に家がある日本に帰国する。
……
…
来て早々…備蓄していた2週間分の食料を少女によって食い尽くされて、久方ぶりに戦慄する場面がありつつ、ボロボロの木製の長椅子に座って、海の生き物図鑑をパラパラとめくり、じっと眺めている少女に声をかけた。
「え、えーと。今…飲み物持ってくるから。」
「………」
先刻、家があると言ったが厳密に言うと、今の僕に帰る家は存在しない…拠点も壊れたし。
決心がブレてしまわないように…娘が亡くなってから、資金調達の為に元いた一軒家は家具ごと全て売り払ったのだ。娘の為に買った海の生き物図鑑と家族写真を除いて。
だから何もない時は、今はもう誰も使われていない廃墟に近い海の家を借りて過ごす。
普段、強者達が弱い奴らをかき集めて定期的に開催するデスゲームやコロシアムに参加したり、兵器や薬の実験体とかにされたりで忙しいから…実は、来るのは結構久しぶりだったりする。
「あれ……いない。」
さっきまで少女がいた場所に誰もいなかったので焦って一旦、外に出てみると、少女は砂浜に座り、水面に映った星を眺めていた。
よりにもよって、この時を切望していた過去ではなく、役目を終えた未来の果てに夢が叶ってしまうとは…なんて、悲劇だろう。
「飲み物、持って来たよ。メロンソーダなんだけど…」
僕の声で気づいた少女が、渡した飲み物を受け取り、一口飲んだ。僕もそれに続く。
「…ぬるいね。」
「ぅ…不味……ぬるいな。」
暗がりだから分からないが少女も僕も、おそらく顔を顰めているだろう。海の家の冷蔵庫が故障してるのだから仕方ない。
「…名前。まだ聞いてなかった。」
「……」
「良ければ、教えて欲しいな。」
視線はそのままに、少女は何度も噛みながら、こう答えた。
「俺に…名はない。誰かに虐げられりゅ……虐げられる弱者を……守る…いや、救いたい。ただのさすりゃい…さすらい人だ。」
「そっか…僕も似たようなものさ。」
「…ふん。」
僕はこの少女の名も素性も全て知っているが、幸い、まだ少女は僕の命令通りに行動してくれている。胸がざわつくので、これ以上、余計な事を考えるのはやめよう。
それ以降は話をする事はなく、海を眺め…眠りについた少女を抱え、僕が部屋として使っている部屋に寝かせた。
034
【おおっと。23、24回と優勝を決めたチーム『無命』が、残った他チームに囲まれてしまいました!!遂に、年貢の納め時かぁ!?】
それから1年が経過した。今までと変わったことがあるとすれば…
「特盛、大、大…」
「分かった!」
少女に指定された弾を僕が上に投げる。
弾は人間の常識を遥かに超えた神技で少女曰く、苦楽を共にした愛銃である『トンプソン・コンテンダー』へ装填され、薬莢だけが地面に落ちる。
ちなみに…一連の動きがあまりにも早すぎて、僕は未だに実物を見た事がない。
とまあ、このように少女と手を組んだ。というか…僕について来るようになった。
次の瞬間、3発の発砲音と共に、目の前に迫っていた戦車1両、攻撃ヘリ2機が爆散。
「並、並、並…サメ。」
「っ。」
炎上し、壊れた戦車から這い出て来た武装している男3人と、少女の背後にいた僕の首を密かに掻き切ろうとしていた、黒髪の強化人間の眉間を撃ち抜く。
……それについて文句はない。お陰でガッポガッポ金が稼げるのだから。食費がかなりかさむ事以外を除けば、願ったり叶ったり…手を組んだ相手が、この少女でさえなければ。
【第25回『サマー無差別コロシアム』の優勝チームは…今まで勝ち残っていた他チームが組んでも尚、鏖殺してしまったチーム『無命』だぁぁ——!!!!】
会場中から喝采の声が響く中、僕と少女は黙って拳を合わせた。
……
裏銀行で今回の入金された賞金が口座に振り込まれている事を確認して、少女が来てからし始めた手続きを終え、外に出た。
一度、少女と賞金について話した事があったが、『賞金に興味はにゃ…んんっ…ない。』と言っていた。だからそれ以降、金の管理は僕がしている。
「…待たせた…ね。」
カチッ、カチッ…
「……ふぅ…あちち。」
入り口の前で、少女が棒付きキャンディーのりんご味をライターで溶かし、口の中に入れる奇行に走っていて…言おうとしていた言葉を完全に見失ってしまった。
「あ、え…何…してるの?」
「………」
少女は黙って懐から、同じ物を取り出してライターで溶かし、僕に差し出した。
「…食べろって?」
「………」
無言の圧力に屈した僕は、熱で若干溶けたキャンディーを口に入れた。
「はふっ、熱っ…!?」
「…これは、ずっと昔…俺ぎゃ…俺が、貧民にゃい…ん。貧民街で餓死しかけにゃた…しかけた時にゅい…っ。食べた、りんご飴の味にゅ…似ていにゃ…。」
何度も噛みながら、珍しく自分の事を伝えようとしていたが、途中でやめて、少し俯いて歩き出そうとする少女に僕は……
「美味しいね…屋台の味みたい。」
「……!」
振り返った少女は側から見たら、いつもの無表情だが、僕から見たら年相応に嬉しそうに微笑んでいるようにみえた。
025
あの日…どう足掻こうが、何も成し得えない弱者であると認め全てを捨てた僕は、弱者として強者に媚び、勤勉に働き、傷つき、そして楽しませた。
「靴舐めろ。それくらい出来るよなぁ?」
「はい喜んで!」
強者から…否。誰から見られても、取るに足らない弱者である自分を演じた。
「気持ち悪い、醜いなぁ…汚物の香りだぜ。トイレ掃除のついでに全身洗えよ、クソ雑用!」
「あはは。分かりましたよ。」
転々と名を変えて国を巡り、偽りの情報を流し、疑心暗鬼に陥らせ、戦争を誘発させては、互いに潰し、殺し合わせた。
全ては……最後の最後。漁夫の利の如く、僕でも殺れるくらいに、疲弊しきった残った連中を纏めて始末して…
「お、おま…お前ぇ!?」
「まさか…貴様…」
「バイバイ。」
———ホット連邦を樹立させる為。
もはや、僕の覇道を塞ぐ者はいない…この世界の王として、新たな秩序を敷き…お前達、強者がしてきたように、僕も力で全てねじ伏せてやる。
早速、世界を完全に統一するべく残った国へ侵攻。次にホット連邦が保有する新型兵器として、強化人間の研究を……
ザザッ——
◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️
◾️◾️◾️◾️◾️。
ん。あ、あれ……?
僕は……こんな事がしたかったんだっけ?
……
…
少女に裾を引っ張られて、僕は我に返った。
「…ぁ。」
「ここは満足した…俺は、次のブースにいきゅ…行く。お前は?」
僕とした事が、ボッーとしていたらしい。そうだ…裏銀行に行った後、適当な場所で昼食を食べて、ずっと行きたそうにしていたから、割と近くにある水族館に連れて来たんだった。
「僕は…もう少しここにいるよ。」
「…分かった。そこで少し休んでいりょ…っ。休め。」
少女はスタスタと奥の部屋へ行ってしまった。心なしか残念そうにしていた気もしたが、気のせいだろう。
椅子に座る僕は、巨大な水槽の中にいるサメの親子を眺める。
「はぁ…」
間接的にこの世界を終わらせかけた弱者の僕が享受するべきものじゃないとは分かっている。
けど、少女と過ごしていると…まるで、昔に戻ったように……ああ、当然か。あの少女は……
脳裏に過ぎるのは、初めて少女と出会った時。
強化人間の実験台を探すべく、戦争で親を失い、身寄りのない子供を攫ってた頃。
『どうして…払えるものなんて、私にはないのに。』
まるでドッペルゲンガーじゃないかと、ツッコミたくなるくらいに僕の娘と似ていたから…なんて言えず…昔、趣味で執筆していた主人公の物真似をする事にした。
「僕は…強者に虐げられる弱者を守りたい…うん。ただの、さすらい人さ。」
本音を言えば、連れて行きたくない。連れて行けば、強化人間として…使い潰す事になる。
これまで沢山、強化人間にしておいて今更、身内と似ているからって躊躇いを覚えてしまう自分の弱さに失望しながら、話を続ける。
「君さえよければでいいけど…家に来る?ろくな場所じゃないが…」
『!うん。りんご飴分の働きはすりゅ…っ!?する。したいよ。』
「本当に?……後悔はしないか?」
あぁ…馬鹿だなぁ。甘々じゃないか、みっともない。こんなのが世界を壊した元凶だって知られたら、恥ずかしいどころの騒ぎじゃないな。
「…分かった。なら……ついてきて。」
少女が黙って頷くのを見て、泣きそうになった自分を内心罵りながら、少女を連れて行く。
「君……名前は?」
『———。』
「…いい名前だ。親がつけてくれたのかな?」
『…本当の両親は顔も…覚えてない。すぐに捨てられたかりゃ…ん。捨てられたから。最近あった戦争で殺されりぇ…っ。殺された両親がつけてくれた。』
……
…
「もう……終わりにしよう。」
僕は椅子を立ち、少女を残して出口へと向かった。
035
ホット連邦は、連邦と名がつくように共通の主権の下に結合し、形成されている国家形態ではあるが、主権を持っている人物は完全に秘匿されていた。
隠されているから、どっかで昔に投稿した小説の所為で、投獄されてようが気づかれない。
故に、王が不在である事に気がつかないままに、滅ぼされたと誰もがそう思っていた。
——突如として、復興を支援していたヨーロッパ全土に核の雨が降り注ぎ、『新生』ホット連邦の樹立を宣言するまでは。
「…あはは。ブランクがあるとはいえ…」
水平線に日が沈んでいくのを眺めていると、砂浜を歩く音がした。この場所を知っているのは…ただ1人。
「ぼんやりしすぎたかな。撤収準備…もう少し早くするべきだったよ。」
背中に銃が押し当てられ…完全に詰んでしまった事実に、僕は苦笑いを浮かべる。
「『真のガンマンは常に腰撃ちで、決して銃を見せない。相手に銃を抜いて見せる時は、必殺を誓う事を意味する』…確か、そう小説に書いてたんだっけ。今更だけどありがと。僕達の物語を読んでくれて。それと完結出来なくて…ごめん。」
「………。」
少女は何も言わない。
「うん…唯一、ホット連邦が侵攻しなかった君の故郷があるヨーロッパ全土が核にさらされた今。若干だが、まとまりかけていた世界はまた混沌に陥る。そう…」
波打つ音と、静かに涙がこぼれ落ちる音が重なる。それでも僕は話すのをやめない。たとえ…少女が傷つく事になろうとだ。
「全ては君の所為で、中途半端になってた事を最後まで、やり遂げる為さ。」
「…嘘だ。」
そう、ついさっき心の中で宣言したのに少女のその発言で、僕は口を閉じてしまった。
「部屋にあっりゃ…あった写真を見た。ハッ…下らねえ。お前は……ただ、死にゅ為に…」
「………」
昔、僕と会った時の記憶は消した筈だが…僕の部屋に寝かせてあげた時に見たのか。80%は正解だが、残り20%は違う。
「……否定したかったんだ。生まれのみで地位もこの先の未来も全て決まる。弱者が血反吐を吐いて苦労している事をまるで知らず、甘い汁啜って笑う強者連中がのうのうと生きてる…娘が亡くなって、僕の生きる希望が潰えた、この腐った世界を。」
僕の根底にあるのは…神の悪戯かと疑うレベルで理不尽に、幸福が奪われていく怒りだ。
力量不足なのは理解している。八つ当たりであると…心の底では分かっている。けど…もし娘は、僕じゃなくて…別の家庭で育っていたら。
父も母もちゃんといて…普通の学校生活を送り、普通に家族と喧嘩して仲直りする…そんな家庭だったら。
少なくとも…深夜まで働いていた僕を少しでも楽させようと、限界までアルバイトをして体を壊し…病に倒れる事はなかったんだ。
「誤魔化すつもりも言い訳するつもりもない…君の家族は僕が殺したようなものだ。全責任は僕にある。殺すなら殺してくれ…警察に突き出すのもいい。けど、最後にこれだけは言わせて欲しい。」
「……」
「実は、今まで手に入れた賞金の一部を…密かに作った君の口座に振り込んであるんだ。番号は君と初めて出会った日付。偽造した戸籍は、僕の部屋にある。僕の小説の主人公みたく、振り撒かれた絶望を砕いて回る人類の希望になるものいい…年頃だし、学校に通っても…っ。」
薬莢が落ちる音と、弾が僕の肉体を貫通した気持ちの悪い感触と共に僕は海の上へ倒れる。
「…っ!?」
残念ながら、僕は娘と同じ場所には行けない。仮に地獄があるのなら、閻魔大王の判決とかなしで、地獄の最下層へ直行するだろう。
薄れゆく意識の中…海水を飲みながら、遅れてやってくる発砲音でかき消されないように、最期の力を振り絞って、呟く。
「ごぼっ…僕を殺してくれて…命令を果たしてくれてありがとう……」
———ダリア
生まれてこの方、弱者として虐げられ続け、ホット連邦を樹立してからも誰1人として、幸せに出来なかった。父として…独裁者としても、全てにおいて失格な奴だけれど。
叶うなら…僕の娘の姿形が似た少女に幸あれ。
意識が途切れるまで、僕はそう願い続けた。
037
キーンコーンカーンコーン——!!
「…ねえ、聞いた?例の転校生。」
「朝から日が沈むまで、1日中語り続けてたんでしょ?倒れる人が続出したとか。」
「名前は
転校生…か。
「あ、
「人をむやみに詮索しちゃいけんよ。授業始めるから、ほら座って。」
「…はーい。」
主の記憶は同期されているから、ずっと前から来る事は知ってたとはいえ、まさか例の少女が高校に入学してくるとは…なんて、運がない。
あの男…主から少女への命令が【強化人間である事も命令も全て忘れ、終わりを望んだ主を楽にさせる】事であったように…
強化人間として私が主から受けた命令は、【日常に溶け込み、主の影武者として有事の際はその代行者になる】事だった。
何故、主がなんかガバって投獄された時点で動かなかったかと問われれば、こう答えよう。
———単純に、面倒だったから…と。
主は知らんけど、私にとってそれが有事ではなく些事だと思えばいいだけの話や。代行者?やるなら責任取って、自分でやれ。
こちとら教材準備、前回のテストで赤点取った生徒の特別授業から、今月末の合同夏合宿で使う施設の予約まで…生きてくだけで精一杯で、やっとる余裕ないんよ!
「78ページ…はい、菊田くん。前回の所から音読。またふざけて読んだら…ふふっ。分かっとるよね?」
「分かってます、分かってますってぇ、やれやれ…ラストで大造爺さんが空へ飛ぶくらい、別にいいしょ?」
「私の話…聞いとった?菊田くん??」
「ほいじゃあ早速、読ませて貰いますよぉっ!!!えーと、78ページだから…」
まあ…私、女やし…気づかへん、気づかへん。
来月には別の高校に行く事になるんやから。この話題は仕舞いにして、そろそろ授業に集中しないとやな。
……
…
カチッ、カチッ……
やれやれ。担任が自己紹介をしろと言われたから、全て語ってみせたが、まさか誰も信じてくれないとはな。
学校とは予想以上に平和ボケした場所らしい。
ボカッ!!バキッ!!!
血飛沫が舞い、悲鳴轟く戦場でのコミュニケーションには慣れちゃあいるが、言語でのコミュニケーションは俺にとっちゃあ、大好きなサメと、戦うくらいに難儀なものだ。
カチッ、カチッ…カチカチッ
「痛っ…!!!痛い…よ。」
「ほら起きろよ、サンドバッグ〜♪」
「おらっ、起きろって…おら!!!」
証拠を出そうにも、俺の愛銃は抜けば最後。担任はおろか、クラスメイトを皆殺しにしなきゃならん。そいつぁ…いけねえ。
カチカチカチ、カチッ、カチッ
「うっ…ぐっ、ぅぅ…」
「はっ、ザコが。泣いてやがる。俺の蹴りが効いた証拠だぜ!」
「次やらせろよ…全部、吐かせてやる。」
それにしても、クラスの担任が俺と同じ強化人間とはな。適当に選んだとはいえ、中々イカした高校じゃねえか。
「…誰か…ぁ。」
「無駄だよ。今は授業中…生徒は勿論、先生もこの場所には来ないのは、リサーチ済み…」
カチッ、カチッ…カチカチッカチ!!!
「!あちっ…ふぅ。そろそろ買い替え時か。」
ここでの俺は、ただの生徒…虐げる者達を潰し、虐げられている者達全員を救う『
「さっきからなんだ…お前。授業はどうした?見世物じゃねえーぞ。」
「てか、制服着ろよ制服。ここ高校だぜ?ライターも、キャンディーも禁止だろ?」
「夏なのに、ボロっちぃ外套もつけて、頭おかしいんじゃねえのか、左腕もねえし?」
「…っ、うぅ…た、助け…て。」
俺は平穏な学校生活を送りてぇんだ。じゃなきゃ、相棒が泣いちまう。
「………」
「お前…何、してるんだ?」
けど…すまねえな。俺はそうやって諦めて、妥協出来る程、単純で楽な人間じゃねえんだ。
フッ…これが、ハードボイルドの宿命…か。
「よく分からないが…はっ、残念だったな、あの女…ビビって背ぇ向けて逃げやがっ」
「ぶ」
「なんっ」
生意気なガキにゃあ…ヤワヤワなゴム弾がお似合いさ。暫く眠って頭冷やしてな。さぁて……
「あ、ありがとうございます!僕の事を助けてくれて…」
「お前…この学校の職員室まで、俺を連れて行きゅ…んん。連れて行け。」
「?は、はい…その。何をしに行くですか?」
「そんなの…決まってる。」
転校2日目だが…ここでも俺は相棒が望んだ、平穏な学校生活は送れそうにねえから、退学届を提出しにいくのさ。その後は、久方ぶりに…
「…あっ、電話が。」
「チッ…」
また世界平和機構から要請か…僅かな自由時間すら、俺に与えちゃくれねえらしい。
………
……
…
これから先…何度、絶望が振り撒かれようが…全部、俺が救う。
「だ、
ドサッ……
「……」
病室で目が覚める前に、弱者も強者も関係ねえ…誰もが希望を持って、生きたいって思える世界にするんだ。
その過程で死体の山を幾つ築こうが構わねえ。笑いたきゃ、笑いな。俺は不器用だから、こんなやり方しか知らねえんだよ。
聞きたい事も話したかった事も沢山ある。お前が起きねえと俺の物語は完結しねえ。いつまでも待ってやれるが、大嫌いが苦手に変わったメロンソーダの味を忘れる前には、戻って来い。
———な、
俺は空の容器を投げ捨てて、汗を拭う。
「ふ……もう、秋きゃ。」
了
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