第32話 移動教室

 そういうことなら、ぜひ推しのチビ時代を聞かせてくれと、競技場の近くのファミレスに移動することにしました。


「小学高の高学年くらいの時期、私イジメられてたのね」


 楽しい話が始まるとばかり思っていた私は、不意をつかれて目が泳ぎました。


 慌てて、リンに目線で助けを求めましたが素知らぬ顔。


「いやいや。そんな顔しないでよ。もう気にしてないし」


 私がどんな顔をしていたのかは分かりませんが、気にしてないというのが嘘だということくらいは分かります。

 イジメられた経験を完全に忘れるなんて不可能です。他人を攻撃することに快楽を覚える変態達に悪意を向けれれることほど気持ち悪いものはないのですから。

 でも、本人がそう言ってるのなら、その仮面を剥がすのはヤボというもの。


 私は続きを待ちました。


「アレよ? クラスでイケメンって評判だった男子に告白されてフったらほぼ女子全員から無視されることになったっていうか自慢になっちゃうような理由だよ?」


 あぁ。

 それでか。と、私は腑に落ちました。


 ケイがモテるのに頑なに男子と交流を持とうとしない理由が分かったからです。

 ついでに言えば、恋愛脳の女子も苦手らしいとも感じていました。

 だから、恋愛のれの字も感じない私やリンとつるんでくれているのでしょう。


「で、話しかけてこないくせにコソコソと悪口言われるようになっちゃって。そんな時に救いになったのが竹下さんだったの。私は高校デビューでギャル化しちゃったから、向こうは私のことを元同級生だって認識できてないみたいだけどね」


 恥ずかしそうに、でも少しだけ嬉しそうにそう言うケイの表情は、憧れの俳優やアイドルについて語っているみたいだった。


 悔しい。

 竹下さんのファン第1号は私だと思っていのに。


 そんなダサい感傷をしている私に、ケイは語ってくれました。

 私の知らない、ケイと竹下さんの話を。


 下記は、その話を私なりにまとめたものです。



\

「……」


 その日、小学5年生のケイはその場から動くことができなかったそうです。


 何故か。


 もうすぐ5時間目の授業が始まるのに、5年2組の教室が無人だったからです。


 クラスメイトに無視されだしてから2ヶ月と少し。

 ついに、クラスメイトだけでなく教師も巻き込んだ嫌がらせが始まったと思ったケイでしたが、背後に現れた人物の呟きによって状況を把握することができました。


「あぁ。移動教室か」


「キャッ」


 全く気配がしなかったので、ケイの口から少女漫画の主人公みたいな悲鳴が漏れました。


 恐る恐る振り向くと、そこにはこの世の全てに関心が薄い、やる気無い目をした竹下さんが立っていたそうです。


「竹下さん……」


「どーも」


 竹下さんはケイをいじめているグループに所属していないません。というか、どこのグループにも所属していない一匹狼です。

 故に、ケイの挨拶を無視したり消しゴムのカスを投げてきたりしないので、ケイとしても、まだ話しやすい子だったとのこと。


 でも、1人が好きそうな雰囲気だったので事務的な報告以外では話しかけることができないでいました。


 それが、思いもしないタイミングで2人きりになれました。

 もしかしたら友達になれるかもと浮かれて油断すると頬が緩みそうだったレベル。


 しかし、竹下さんは特に思うところが無いのか、頭をボリポリ掻きながら、廊下を歩き出します。


「あ。移動教室がどこか知ってるの?」


「知らない。コミュニティからハズてるから」


 堂々と、そう言ってのける竹下さんのことを、ケイは心の底から格好いいと思いました。


 もっと話したい。

 何か共通の話題とかないか。

 必死に考えますが、巧い切り出し方が分かりません。とりあえず、直近の質問をすることにしました。


「じゃ、じゃあ、どこ行くの?」


「決まってるじゃん。サボるんだよ」


 どうやら、小学生時代の竹下さんは今よりワイルドな性格をしていたらしいです。

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