Episode 11「森×霧=不可視」

 医務室にいたヒスイたちの足元に突如として現れたあかい魔法陣。

 その輝きは勢いを増していき、やがて4人を完全に包み込んだ。


「うっ...!」


 あまりの眩しさに顔をしかめるヒスイ。

 苦痛は数秒間続き、やがて少しずつ光は収束していった。

 ヒスイは目を慣らすようにゆっくりとまぶたを開ける。

 そこに広がっていたのは、先ほどまでの医務室ではなく、暗い森の景色だった。


「ヒナっ!!大丈夫か!!」

「…なんともないです、兄さん」


 ヒナも同じように顔を顰めているが、体に目立った外傷はない。

 幸い4人とも無事なようで、ほっと安堵の溜息を吐く。


「どうやら僕たち、転移魔術てんいまじゅつに捕まったみたいだね。あの魔法陣まほうじんの規模を考えると、他の生徒たちも全員転移させられてるのかな」


 こんな状況で冷静に分析をするルクスに驚嘆きょうたんするヒスイ。

 少しでも情報を得ようと辺りを見回す。

 森は高い木々に覆われていて薄暗く、おまけに霧が漂っている。

 その視界の悪さも相まってか、周囲に他の生徒や試験官の姿は見当たらない。

 恐らく闘技場の数倍の広さはあるだろう。


「それに、この霧は多分魔霧まむだね。ここまで濃いと多分通信魔術で先生たちに助けを求めることもできないし、魔力探知も当てにならないだろう」


 魔霧まむ―――大気中に漂う魔力が飽和魔力量を超えると、魔力が霧となって実体化する現象。

 この中では魔術の行使や魔力探知が阻害され、一流の魔術師ですら遭難しかねない。

 本来は大国同士の戦争や、魔獣の住処である絶対領域エリア―ゼロにしか発生しない現象だ。


「とりあえず、他に転移された生徒がいないか探してみよう。みんな、くっついて」


 ルクスの提案に頷き、4人は探索を始める。

 霧が濃く数m先も見えないような状態なので、4人はお互いの体を掴みながらはぐれないようにゆっくりと歩みを進める。

 少し歩いた先で、ヒスイはある異変に気が付く。


(さっきまで運動してたし、急に転移させられて動揺してたから今まで気が付かなかったけど、ここ、かなり寒い)


 隣を見ると、ルクスとルナトリアも同様に寒さを感じ始めたらしい。両手で二の腕を掴んで寒さを堪えている。

 ヒナに至っては、汗で体が冷やされていたことも相まって、体が震えている。


「ヒナ、これ使って」


 ヒスイは自分の制服の上着を脱ぐとヒナに被せる。

 先程よりもさらに体感温度が下がるが、ヒナを守れるなら構わない。

 それに体力的にも、ヒナに倒れられでもしたら、ヒナを背負って歩き続ける体力はヒスイには残されていなかった。


「あーもう、仕方ないなぁ!―第一階梯魔術『灯火ともしび』―」


 ルナトリアの詠唱と共に、四人の前にそれぞれ小さな炎の球が現れた。


「こんくらいの魔術なら使えるから。それで頑張って」


 ルナトリアの気遣いに感謝しながら、一行は歩みを進める。

 体感的にはもう10分ほどは歩いたはずだが、まったくもって他の生徒の姿は見当たらない。


「いったん、休憩しようか」


 近くの大きな木の下で、四人は腰を下ろす。

 ルナトリアの魔術があってなお、寒さに震えているヒナを、ヒスイは抱き寄せて寒さを凌ぐ。


「…すみません。私が、こんなだから、兄さんたちに迷惑かけて……」

「ヒナは悪くない。それに、僕はいつだって、ヒナのことを迷惑だとか足手まといだとかって思ったことはないよ」

「兄さん……」


 申し訳なさそうに縮こまるヒナの姿を見て、ヒスイは己の不甲斐なさを呪う。

 だが、体力的にも精神的にも、限界は刻一刻と近づいてくる。


 ルクスの申し出で、この後の方針を決めようと四人が輪になったとき、は現れた。


 ヒスイ、ルクス、ルナトリアの三人は、反射的に立ち上がって戦闘態勢を取る。

 戦えないヒナも、その表情は恐怖の色で染まる。

 先程の物理的な寒さとは異なる、悪寒が体を襲う。

 ヒスイの脳内で、本能が全力で警鐘を鳴らしていた。


「な、んだこの、魔力は...」

「一体、何がいるっていうの、この森に...」


 ルナトリアやルクスをもってしてほとんど魔術が行使できなくなるほどの魔霧まむ

 だが、そんなものはなかったと言わんばかりの膨大でおぞましい魔力が、四人の体に突き刺さる。


 ウオオォォオガアァァアァァアッ!!!!!


 次の瞬間、人間のものとは到底思えない雄叫びが、辺りに響く。

 雄叫びによって魔霧の濃度が下がり、突然魔力探知が再び働く。

 そして、恐ろしい事実を感じ取る。


「不味い、恐らくこの何かのすぐ近くに、生徒がいる!!」

「ヒナちゃん、立てる?少し無理させちゃうけど、ごめんね」


 ルナトリアがヒナの手を取り立ち上がらせると、四人は全速力で魔力の反応の元へと駆け出した。


                 ☨

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