第7話:仮面の下、揺れる視線
晩餐会の会場は、まるで絵画の中の幻想だった。
煌びやかなシャンデリア、金糸銀糸で飾られた装飾、まるで宝石のような食器と香り立つ料理。
着飾った貴族たちの笑顔はどれも仮面のようで、本音など一欠片も見えない。
その空間の片隅で、私は一人、仮面をつけたままグラスを指で転がしていた。
「仮面舞踏会じゃないのに、本物の仮面をつけてる気分だわ」
そう自嘲する声は誰にも届かず、ただ空気に溶けていった。
あのあと、ミレーヌの部屋を出たときから、私は思い知っていた。
彼女の目は、すでに真実の端を掴んでいる。
それでも、こうして彼の姿を探してしまう。
「リディア様、ごきげんよう」
声をかけてきたのは、あの方――セレスト・グランヴェル侯爵。
彼は今日も完璧だった。黒に銀の刺繍が施された正装に、理知的で冷たい瞳。
その隣には、当然のように、ミレーヌがいた。
けれど、彼の目が私に向いた瞬間、何かが確かに変わった。
──わたしを、見ている。
それは錯覚だったのかもしれない。
けれど、その視線に、私の心はまた無防備に揺れてしまう。
「お久しぶりですね、リディア様」
彼の声は、いつもと同じように穏やかだった。
ミレーヌが彼の腕にそっと触れるのを見て、胸の奥が鈍く疼く。
彼女の視線は優しさを湛えながらも、どこか探るような色を帯びていた。
私が言葉を返す前に、セレストが一歩、踏み込んでくる。
「少し、お時間をいただけませんか」
その瞬間、空気が変わった気がした。
ミレーヌが、ぴたりとその場で止まった。唇が、何か言いたげにわずかに動く。
だが、彼女はそれを飲み込む。
彼女は、ヒロインだから。
私は小さく頷いた。
「ええ……少しだけなら」
会場の片隅、誰もいないバルコニーに出ると、夜の風がドレスの裾を揺らした。
上を見れば、曇り空の向こうにほんのわずか星が覗いていた。
「どうして、こんなところへ?」
私が問いかけると、セレストは手すりに手を置いたまま答えた。
「……少し、息が詰まった。君も、同じだろう?」
彼の言葉に、心がざわつく。
「……ええ、そうね」
私の声は、ひどく弱々しかった。
「リディア、僕は……君といると、自分の感情が曖昧になる」
その一言は、どんな愛の告白よりも罪深かった。
「私も……同じ。けれど、私たちは……」
「わかっている。だから、今夜は、ただこうして話すだけだ」
私の肩に、そっと彼の手が置かれる。
その重みが、なによりも苦しかった。
仮面の下で揺れる想いは、もう誰にも止められない。
けれど、この関係が続けば、誰かが必ず傷つく。
それでも私は――彼の手を振りほどけなかった。
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