第15話 壺の彼氏
ある休日。 航平は近所のフリマで、妙に存在感のある壺を見つけた。
「……なんだこれ。変に色っぽいフォルムしてんな」
つるりとした黒曜石のような艶のある表面。 不気味なのに、なぜか心惹かれた。
(変な壺……けど悪くないかも)
思わず手に取ると、冷たさが手のひらにじんわり伝わる。 売っていたおじいさんはニヤリと笑って「大事にしてやってね」とだけ言った。
(なんだよその意味深な言い方……まあいっか、インテリアにでもしよう)
勢いで購入したその壺は、航平の狭いアパートの一角に置かれることになった。
夜。 ゲームを終えて布団に入ろうとした時。
「……カタン」
「ん? 今……動いた?」
気のせいだろうと首を振る。 だが次の瞬間。
「……会いたかったよ♡」
「おい!? 壺が喋った!!」
ガバッと電気をつけると、部屋の中央で壺が小刻みに揺れていた。
「これからずっと一緒だよ♡」
「怖ぇよ!! てかお前誰だよ!!」
壺はゴトリと少し傾き、口の縁をカクカクと動かしてまた喋る。
「君のこと、ずっと見てたんだ……。フリマで出会えて、本当にうれしかった♡」
「何そのストーカーの告白みたいな言い方! 俺は見られた覚えねぇからな!」
「ううん。君がこの部屋でくつろいでる時も、トイレで頑張ってる時も……ずっと見てた♡」
「おい待て待て待て!! 覗き見は犯罪だぞ!! いや壺だから法律適用されないか!? てかなんでそんなこと知ってんだよ!!」
「だって……壺だから♡」
「それ意味わかんねぇよ!!」
しばらく沈黙した後、航平は壺を凝視しながらゴクリと唾を飲んだ。
「……なぁ、お前……割ったら、祟ったりする?」
「うふふ……どうだろうね♡」
「……!! マジかよ!!」
思わず後ずさると、壺はちょっと寂しそうにコトンと小さく揺れた。
「割らないでくれるなら……毎晩、君の寂しさ埋めてあげるのに」
「いや怖いわ! お前に慰められたくねぇ!」
「ふふ……でも君、夜になるとよくため息つくでしょ? 本当は寂しいんでしょ?」
「……ぐっ、な、なんでそこまで……」
「私はいつでも話せるよ? 君だけの……壺だから♡」
「くそっ……ちょっとキュンとした自分が悔しい!!」
それからというもの、航平は壺と妙に仲良く(?)暮らす羽目になった。
夜中、ゲームで負けてイライラしていると。
「落ち込まないで。航平くんの笑顔が好きなんだ♡」
「……うるせぇ! でもまあ、ちょっと気が楽になったかも」
壺は静かに揺れて、小さくコトコト笑った。
(……なんで俺、壺に励まされてんだよ)
ある夜、布団に潜り込んでふと目を開けると、 部屋のど真ん中に置いたはずの壺が、 ベッドの枕元にちょこんと座っていた。
「……おい。お前、動いた?」
「ふふ……もっと近くで寝顔見たかったから♡」
「怖ぇんだよ!! てか俺の寝顔とか興味持つな!!」
壺はコトンと小さく揺れ、 「……だって、好きなんだもん」と小さく呟いた。
「くそ……なんかちょっと可愛いと思っちまったじゃねぇか!」
そんな夜が続き―― ある晩、航平はついにこう呟いていた。
「……なぁ、お前、いつまでそこにいるんだ?」
「ずーっとだよ♡ 航平くんがここで暮らす限り、ずっと一緒……♡」
「……そっか。まぁ、悪くねぇかな」
すると壺の縁からふわりと小さな光がこぼれ、 それがハート型のように見えた。
「……いや見えちゃいけねぇだろ!!」
それでも航平は苦笑しながら布団に潜り込む。
(……この際、壺だろうが何だろうが、 帰ってきて話しかけてくれる相手がいるってのは……まあ、悪くないか。)
その夜も、壺とどうでもいい話を交わしながら、 薄暗い部屋で妙にあったかい時間を過ごしたのだった。
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