第45話 錬金部、魔法の薬②

「どわあぁぁぁぁ!?」


 情けない悲鳴を上げながら、相馬が横っ飛びに転がる。

 直後、炎が洞窟の壁面を焼き尽くし、爆ぜた熱気が地面を舐めた。

 天井近くを舞う紅蓮の怪物──獄炎鴉ごくえんがハルピュイアが、さらに風の刃を巻き起こす。鋭利なそれは空間を切り裂き、縦横無尽に飛び交った。


「くそっ、避けろ!」

「うおっとお!」


 炎の津波を裂いて幾つもの風の刃が飛んでくる。

 千尋は風の刃を叩き落し、空中を舞う極炎鴉を睨んだ。


「あの炎が厄介ですね……!」

「いやいやいや!? なに風魔法叩き斬ってんの!? やっぱ普通じゃねーよお前!?」


 千尋は喚く先輩の言葉を無視し、投石を試す。

 びゅん、と空気を裂きながら鋭く放られた石は、呆気なく回避される。

 相馬が唇を噛んだ。


「無理だ、撤退するぞ! 二人程度で勝てるわけねぇ!」


 そもそもダンジョンとはパーティーで攻略アタックするものだ。ソロで活動している千尋や刀子、レイジなどは例外中の例外なのだ。

 相馬の泣き言のような正論に、だが千尋はその場に踏みとどまる。


「だけど……!」


 頭に浮かぶのは、会場で待つ深雪たち。

 この勝負に負けたら第一錬金部は廃部なのだ。

 廃部だけなら、まだいい。許せないのは、深雪の大切な場所をぐちゃぐちゃにした奴に負けるということ、そいつらがのうのうと勝利の美酒に酔うこと。

 暗い感情に支配されそうになる千尋。そんな彼の耳に相馬の叫びが届いた。


「おい、高宮! てめぇ、俺の惚れた女が、お前が死んで喜ぶような女に見えるのかよ!?」


 思いもよらぬ告白に、死地にあって千尋はフリーズしてしまう。

 再起動して、こう口にするのが精一杯だった。


「……あ、やっぱ好きなんですね」

「死ぬかもしれないって時に、気持ち偽っていられるかバカヤロー!!」


 その言葉に、千尋は一瞬だけ目を見開く。


(偽る、か……)


 そうだ、何を怖がる必要があるんだ? 正体がバレるのを恐れて、本当に大事なものを見落としてやいないか?


 ──バカみたいだ。


「……っははは!」


 笑い声とともに、千尋は立ち上がる。


「かませ先輩。……このあと、見ること、できるだけ秘密にしてくださいね」

「なにを──って、おい!?」


 千尋の足元が、不自然にうごめく。


「──影縛り」


 黒い糸が足元から奔り、空中の極炎鴉を縛りにかかる。しかし、極炎鴉は軽やかな動きで糸をすべて回避した。


「ま、この程度じゃ捕まらないか……」

「お前、虚術を……っ」


 驚く相馬をよそに、千尋は影の中へ手を差し入れ、そこから二本の曲刀──シミターを引き抜いた。

 片方は漆黒。もう一方は白く、まるで三日月のように輝いていた。


「おま、それ……!?」


 見覚えのある二本のシミターを見て、相馬は絶句する。

 千尋は悪戯っ子の表情で、指先を唇に当てた。


 ──そして本気の千尋と変異種のボスの戦いが始まった。


 千尋は壁を駆け、天井を蹴る。三次元的な動きで飛び回り、虚術を交えて獄炎鴉を追い詰めようとする。

 だが、相手は空を滑るように飛び交う紅蓮の猛禽。速度、機動性ともに桁違いだった。


 風の刃が再び襲いかかる。千尋は刃を打ち払いながらも、焼けつく炎が影を消し去る瞬間を目撃して、千尋はある作戦を思い付いた。


 壁を駆け、目指すは獄炎鴉の真上へ。

 炎と風の刃を掻い潜り、目標の配置についた千尋は地面(天井)を蹴り、一直線に極炎鴉へと落下する。

 脚力と重力が重なり、今日一番の速度を出す。

 風の刃を放つ極炎鴉。二本のシミターを駆使して撃ち落とす千尋。


 瞬間、獄炎鴉が咆哮した。


「KIEEEEEEE──ッ!!」


 最大の火炎放射。前方すべてを焼き尽くすような炎。


「高宮ああぁぁぁぁっ!?」


 生意気な後輩の名前を叫ぶ相馬。

 影すら残さない灼熱が空間を染め上げ、視界を奪う。


 ──本当にそうだろうか?


 光は影を消すばかりではない。強すぎる光は影を生むものだ。

 ちょうど、極炎鴉の背中に、死神を思わせる濃い影が──。


「……影渡り」


 重み。

 獄炎鴉は、自身の背に何かを感じた。それ故に振り返ろうとしたのだが、彼の瞳がその正体を捉えることはなかった。


 なにせ三日月の如く煌めいたシミターが、極炎鴉の首を断ち切っていたからだ。


 ぐらりと傾き、空中でバランスを失った怪鳥が地に堕ちた。


「……勝ちやがったのか?」


 信じられず呟く相馬。

 軽やかに地面に降り立った千尋が勝利のVサイン。


 相馬は息を飲みながら、千尋の姿を見つめた。

 虚術使いと聞くと、相馬の脳裏に二人の人物が像を結ぶ。

 二刀流、虚術、影渡り……巷で噂の、正体不明の義賊──『ダンジョンの幽霊』。


(まさかな……いや、でも)


 揺れる思考を、彼は首を振って振り払う。


(恩人の正体を詮索するなんて、野暮ってもんだよな)


 その千尋はというと、地面に落ちた素材──羽根を拾い上げて、満面の笑みを浮かべていた。

 その姿に、先の寒気を覚えるほどの脅威は感じない。


「やった、やった! これで全部揃いましたよ!」

「お前なぁ、はしゃぎすぎだ」


 呆れ顔の相馬がツッコミを入れる。


「んじゃま、さっさと戻って届けないとな」


 その言葉に固まる千尋。


「えっ、あの……。……地上までの転移門とかって──」

「ねぇよんなもん」

「ええええええええ!?」


 悲鳴とともに、二人は急いで洞窟を後にした。


◇◇◇


「鑑定、終わりましたっ!」


 審査員の一人が高らかに宣言した。

 第二錬金部が提出したエーテル。その品質評価は──


「評価は……Bマイナスです!」

「よっしゃあああああ!」


 歓声が上がる。第二錬金部の面々が、互いにハイタッチを交わす。

 その中で何人かは、純粋に嬉しそうに微笑み、隣の第一に向かって口を開いた。


「……正直、驚いたぞ。君たちにも、ちゃんとした熱意があったんだな」


 数人の称賛ともとれる声に、第二錬金部部長の錦戸は張り付いたような笑みを返した。

 そんな様子に、錬金術素人の雫が焦りの表情を浮かべる。


「愛沢部長……!」


 悔しさを滲ませる彼女の隣で、深雪は黙して立っていた。

 一見冷静に見えるが、胸中は雫と同じで動揺が渦巻いていた。


(錦戸クン……なんで……? それだけの腕があって、どうして買収なんてしてくるの……? ……ううん、今は目の前のことに集中しないと!)


 深雪は第一錬金部の錬金釜へと視線を戻す。


(千尋クンっ、相馬クンっ……! お願いっ、早く……戻ってきて……!)


 深雪の祈りが通じたのか、そのときだった。


「すいませんー! いま戻りましたーっ!」


 叫びとともに、千尋と相馬が駆け込んできた。

 ゼェゼェと肩で息をする相馬にケロリとした千尋。


「言われた素材、全部……ありますっ!」


 千尋は素材の詰まった袋を掲げる。

 安堵に肩を落とす深雪。

 一方で、第二錬金部の部長・錦戸は腕時計に目を落とし、皮肉げに笑った。


「残り時間は、あとわずかですが。それで間に合うと……思ってるんですか?」


 挑発ともとれる言葉に、深雪は顔を上げる。

 だが、錦戸には応えず、千尋から受け取った袋を大事そうに抱え、まっすぐに前を見据えたまま口を開いた。


「……うん。あとは、任せて。──雫チャン!」

「はいっ」


 雫が小さく頷く。


 深雪は受け取った素材を素早く、釜にかける。

 素人のはずの雫だが、成績優秀な彼女は言われずとも必要な道具を手渡し、温度調整を行い始める。

 息の合った動きは、まるで一つの機械のよう。


「温度、一定です!」

「蒸留開始……触媒、投入……再構成、展開……!」


 ──魔素は非常に変質しやすい。

 一℃のズレ、一秒の違いで品質が大きく変わるほどに。

 深雪の脳内では完成までの、完全なるロードマップが引かれていた。

 それを一寸の誤差なく、機械のように正確になぞる手際は、まさしく職人芸。

 両錬金部の面々が固唾を飲んで見守る中、深雪の手元に現れたのは──


「出来た……っ!」


 青く透き通った、どこまでも澄んだ空を連想させる液体だった。

 審査員が完成した第一錬金部のエーテルに鑑定の魔道具をかざす。

 目を見開いた彼は、慎重に確認したのち、唾を飲み込んで頷いた。


「……Aランクのマイナス。第一錬金部の勝利です!」

「やったあああああああ!」


 第一錬金部から歓声が上がる。

 千尋がガッツポーズし、雫も珍しく喜びを顕わにし、深雪はその場でぴょんと跳ねた。

 相馬は「はしゃぎすぎだ」と呟きながらも、頬を緩めている。


 一方、第二錬金部は──


「嘘だろ……?」

「俺たちのが、先に完成してたのに……」

「くっ……!」


 悔しげな声が漏れる。

 その中で、数人が錦戸に鋭い視線を向けた。


「……なぁ、ちょっと言い過ぎだったんじゃないの?」

「結果がこれじゃ、格好がつかないよ」


 錦戸は何も言わなかった。

 ただ、唇を噛み、視線を伏せたまま立ち尽くしていた。


◇◇◇


 試合会場裏。発表会場のさざめきが遠く聞こえるその場所で、錦戸は悔しさを露わにしながら腹立たしげに口を開いた。


「お前が止めなければ、勝てたかもしれないんだぞ、不破」

「……」


 非難を受けても、不破は言い返さず、ただうつむいた。


「こらこら。大人気ない言い方はやめたまえよ」


 旧知のような口調で、桐島がわり込んできた。


「これでいいじゃないか錦戸くん。我々の目的は、何一つ失われていない。路傍の石にかまけて、大望を見失うなんて、それこそ意味のない行為だよ」

「……それもその通りですね」


 助言とも皮肉とも取れる言葉に、錦戸は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 その背中を見送りながら、その場には不破と桐島だけが残った。


「お前……余計なことを錦戸に吹き込むような真似をするなら──殺す」

「そんな。僕らは同じ第二錬金部の仲間じゃないですか」

「俺は貴様を仲間だなどと一度たりとも思ったことはない」


 学内ランキング5位という絶対強者、不破の本気の殺意。

 それを受けても桐島は「おお、こわ」とばかりに肩をすくめ、かすかに笑うだけだった。



【作者より】

 早い展開を重視し過ぎてラブコメを挟む暇がないんですぅ……! すいません……

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