第4話 私たちは

「今日も来てくれてありがとうございます〜。初配信から来てくれてる人もいるんですか!? 信じられない……変わり者って言われません? 私は変わり者大好きなんですけどね……」


 今日も変わらず配信をつける。最近ようやっと習慣化してきた、学校から帰ってきたら即つける雑談配信。


 最初は心臓バックンバックンで、何喋ってるか自分でもわけわからん状態でやってた配信。それが、最近だんだんと形になってきていた。


 初配信から、昨日でちょうど一週間だった。そう。一週間。それが節目になった。


「あれ? 今日同接多いな……えっ? 待って、もう一回言って! いや、いやみんな待って!」


 凄い速度で画面を流れる「一万回再生おめでとう」の文字。「MVから来ました」「独Pのファンです」というコメントも多かった。


「えッもう一万いったの……!?」

 急いでサブモニターで確認する。


 昨日独P、もとい岡野くんがアップロードしてくれたオリジナルMV。再生回数は、確かに一万回を超えていた。


「うそ! うそうそ凄い!! ウワーッ皆様のおかげです本当に本当にありがとうございます!!」


 私は心の中で密かに、岡野くんとハイタッチをした。

 ああおこがましい。身の程知らず。


 でもそれほど、浮かれていたのだ。

 岡野くんの見立ては、間違っていなかった。


 私はついに、人気VTuberになったのだ!



 と思っていられたのは、伸びた直後の期間だけだった。


「止まったな」

「昨日上げたこれもダメそうですよ。全然拡散されてない……」


 あれからMVを出せど、伸びない。上げる前に、二人で作業通話をして、これ神曲じゃん! 伸びる伸びる! と盛り上がってうpするのだが、これがまあ、伸びない。


「ちな、同接は?」

「あれからずーっと落ちてます……すっかり二桁常連です」

「うーん、悪くはないんだけどな」


 そう、悪くはない。悪くはないのだ。落ちはすれども、どん底まではいかない。配信も話すネタはまだ尽きていないし、MVもそこそこ再生はされている。


 だが。

「俺たちが目指してるのは、ここじゃない」

 岡野くんは言い切った。


 彼のこの言葉が全てだと思う。


 私は完全に触発されて、すっくと立ち上がった。屋上の風に吹かれて、気持ちがよかった。

 太陽に手をかざす。まだ、まだだ。この手が届くまで、やれることはまだあるはず。


「やりましょう、岡野くん」

 私はスクールバッグからノートを取り出した。小さい文字で、『企画書』と書いてある。私のマル秘ノートだ。


「私たちには、まだ出来ることがあるはずです」



 が、伸びないのだ。なぜ。


「もーーやること尽きた!」

「オリ曲はショート動画もかなりのパターンやりましたし、私も編集頑張ってみてはいるんですけど……」

「いや、藤崎の作った切り抜きマジでおもろいよ。やっぱ自分で自分のオモシレーとこ、わかってんじゃん」

「ヘッ!? いやあれは、単にキャッチーかなと思ったとこを切り抜いただけで……」


 もう私たちは、お互いのことを認め合っていた。これだけ一緒にやってきて、お互いの作品が嫌いなわけがない。


 だから自分のせいにしたかった。

 岡野くんの、独Pの曲が、こんなところで燻っていていいはずがない。


「あの、茜音に合わせすぎなのでは……? 独Pの方のMVは伸びてますし」

「いーや、これは俺のネームバリュー。姫路茜音の為の曲がバズらねーのは、俺の実力不足だから」


 会話をしているようで、出来ていない。私の声は、届いていないように見えた。


「岡野くん……」

 彼はとにかくギラついていた。

 その危うい光は、クラスで見る"岡野くん"とは正反対の方向に輝いていた。


「あれもダメ、これもダメ、ならあれもこれもやるしかない」


 岡野くんは、静かに決心した顔をした。

「藤崎、一週間くれ」


 彼が何を企んでいるのか、私にはさっぱり分からなかった。

 ただ、嫌な予感だけがふつふつと身を焼いていた。



 翌週、彼が持ってきたのは、どこからどう見てもハイクオリティの楽曲だった。


「これで勝つ」

 岡野くんは、ドン! と効果音を背負うように立っていた。

 それは彼の自信と決意の現れだった。


「少年漫画の出で立ちでワロ」

「そりゃ漫画の主人公になりてーもん。てか、今回ので、なれる気するし!」


 岡野くんは爽やかな笑顔を私に向けた。正直その陽のオーラ、やめてほしい。目が潰れてしまうから。


「聴いて来たろ、どーよ!」

「あ、あー……」


 かなりの自信作を持ってきました、という顔だ。最高傑作です、とでも言い出しそうな。


 しかし、その実、彼が持ってきた曲は独Pの路線からは大きく外れたものだった。

 流行りの尺に、流行りのリズム。どこかで聞いたことがあるようなメロディー。どこかで見たことがあるようなMV。貼り合わせというか、スクラップブックのような曲だった。


「これなら絶対に売れる、って要素を盛り込んだ。自信ある」

 岡野くんは、キラキラしていた。教室で見るような、クラスのアイドルの顔をしている時と同じだ。


 あの、黒く、暗くギラギラしていた独Pは、どこに行ったのだろう。


 これなら売れるかもしれない。確かに、流行りに乗るって大事だ。


 でも、でも本当にこれは、独Pの、姫路茜音の、私たちの作品なの?

 本当にこれは。


「本当にこれは、あなたの書きたい曲ですか?」

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