魔道具師の奇日常

なのの蜜柑

第1話 師匠と魔道具師

「アストラ…そうだ!お前の名前は今日からアストだ」


そう言い、笑いかける師匠の顔は今まで見てきたクソみたいな大人達の中で1番好きな笑顔だった。


「っ…へ、へぇ〜、師匠が考えたにしては一番まともな名前ですね。僕はてっきり弟子一号みたいな番号で呼ばれると思ってましたよ」


「あのな、お前が今までどんな大人に会って、どんな人生を送ってきたのか知らんがこれだけは言っておく。私は他人の人生を蹴落としてまで自分の幸福を願ったりはしない。絶対にね」


師匠の横顔ははっきりとは見えなかったが、悲しそうに、言い聞かせるように僕に語っていると感じた。


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本日の空模様は曇天。開けた窓から入る風が少し冷たく、直に雨が降る事を知らせてくれた。

僕の名前はアスト。この大陸、ユグドラシルにある大国、ロザリオ王国の辺境の森で魔道具店を営んでいる魔法使いだ。

石、木、レンガで作られた建物が多いこの世界には魔法が存在し、日常の至る所でその神秘の力を見ることができる。


「ホッロ!ロッ!」


「痛てて、待ってろ今ご飯持ってくから」


この子はホルン。幻梟(ゲンキョウ)と呼ばれる珍しい(?)梟の一種で、この近くの泉で怪我をしていた所を助けた事でこの家に住み着いた。朝ご飯の催促で起こされ耳を啄まれる俺の気持ちを考えてくれ…


魔道具店を営んではいるが、客足はほぼない。理由は至ってシンプルで前述した通り辺境の森の中だからだ。では何故そんな辺鄙な場所で魔道具店を始めたのか…それは僕のモットーに起因する。目立たず生きる事、それが、僕が師匠と交わした約束。孤児として幼少期を送った僕は師匠に拾われるまで常識というものが欠けていた。


そんな僕が魔道具店を開業できたのは奇跡で、単に人に恵まれていたに過ぎない。


(足りないものが出てきたからハンスさんのところに行くか)


僕が信用できる人は少ない。ハンスさんはその内の一人だ。魔道具店を始める時に色々とお世話になった。王都では有名(?)なようで各地方に店舗を構える大商会の会長さんらしい。

僕の作った魔道具をハンスさんの商会で量産、販売してもらい、その利益の6割を貰う契約をした。その契約だけではないが、ハンスさんは信用できると思っている。


森を出て近くの村の乗合馬車に乗せてもらいハンス商会のある街、エーグルへとやってきた。


古の時代、天空に住んでいたとされる天使が初めてこの地に降り立ったとされるエーグルはロザリオ王国の中でもニ番目に大きな教会を中央に構える信仰心溢れる街だ。


早速ハンス商会へと足を運ぶ。奥の部屋に通され待っていると扉が勢いよく開き、息を切らした全体的に丸いフォルムの男性が入ってきた。

良かった、今日はハンスさんがこちらにいらしてたんだ。多忙な人で各地方の店を転々としており会う事が少ない。前回納品した魔道具を担当した人は別の人だった。


「ハンスさん、こんにちは」


「ハァハァ…アスト、くん!いらっしゃい!ハァハァ…き、君を…ハァハァ…ま、待ってたんだよ!ハァハァ…」


「すみません、お忙しいのに。少し息を整える時間にしませんか?」


二人で机を挟み腰を下ろす。秘書の方が淹れてくれた紅茶で喉を潤し一息つき話し合いを開始する。


「あんなに息を切らして、何かあったんですか?」


そう質問するとハンスさんは目の色を変えた。(やってしまったかもしれない)


「アスト君の作った光るランプ!あれがもう売れに売れてね!!!もう大儲けさ!」


前回納品したランプ。この世界に電気を日常的に扱う技術は無く(魔法はある)、夜や暗の灯りは蝋燭の火や焚き火、松明、光の微精霊を集めた光源だけだった。僕の作ったものは魔石の魔力を燃料に光るランプ。魔石の魔力が少なくなると魔石を交換しなければならないがスイッチ一つで付き消し自由。従来の蝋燭の火や焚き火は火災の原因に多く挙げられていたし、光の微精霊を集めるのも大変だ。お金も掛かるし、精霊も生き物の一種ではある為、人道的にどうなのかとも言われている。(王都の街灯や灯りは光の精霊を使っている)魔石を電池として光る僕のランプは革命だったようだ。


補足しておくと微精霊は形を持たない光の塊のような精霊で有する属性で光る色が違う。(火は赤、水は青など)言葉を伝える事はできても会話する事はできない。精霊は微精霊が進化した個体で形をはっきりとさせる事ができる。物体に魔法をかける事が得意。人型に近い形態をとることもできるが魔力で身体を構築している為、実態は無いし適性のある者しか姿が見えない。(王都の街灯は光の精霊に魔法をかけてもらっているので辺りが暗くなると自動的に灯る)


「君にお礼がしたくてね!この街で待っていたのさ」


「この紙に書いてる材料の融通と適正価格での金銭の受け渡しができれば後は何も望みません」


「相変わらず無欲だねぇ。まあ私は君のそんな所も気に入っているんだけどね。んっと、この数量の在庫ならあると思うから用意させよう。報酬の支払いも少しかかる、この街でゆっくりしていくと良いよ」


「ありがとうございます」


僕は久しぶりに来た、エーグルの街を観光する事にした。人里離れた森の中で作業ばかりの生活、行き詰まった時には森を散策、散歩する。何が言いたいかというと僕は都会(?)に慣れていなかった。


(どこを回ろう…とりあえず美味しいものを食べたいな)


数回来た事がある街だが迷ってしまった。門から商会までは一直線、迷う事は無い。そして、この街に来る目的は商会以外に無かったのが不幸だったのだろう。大通りに出れば人の波に呑まれ揉まれ気づけば知らない場所だった。

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