第10話

翌朝、私は鏡の前で制服の襟を整える。


 鏡の奥で笑う“もう一人の自分”が、囁いてくる。


 (今度は、心を溶かしてあげようか)


 夜の支配だけでは不十分。

 だって、成瀬くんがまだ“後悔”してる顔をしてたから。


 だったら、次の一手は——“日常”を奪うこと。



 教室の扉を開けると、ざわりと空気が揺れた。

 視線が刺さる。でもそれも織り込み済み。


 私は、いつも通りに微笑んで、成瀬の隣の空いた席に腰を下ろす。


「おはよう、成瀬くん」


 教室の時間が、少しだけ止まった気がした。

 昨日まで彼の隣に座っていた“彼女”が、目を見開いてこちらを見ていた。


 当然の反応。


 でも、私はすぐに視線を外し、彼女の存在を無視するようにノートを開く。


「これ、昨日の小テストの答え合わせ。一緒にやろ?」


 成瀬くんは戸惑いながら、ゆっくりとノートを開いた。


 ——その距離、昨日より近い。

 その視線、もう私から逸らせない。



 昼休み。


 私は、購買で買ったサンドイッチを成瀬くんに渡す。


「ほら、昨日お礼も言わずに帰っちゃったから。……あれ、好きだったでしょ?」


 彼は一瞬、ギクリとした目をした。


(覚えてたんだ、って思ったでしょ?)


 彼女が横から口を開こうとする。


「……真冬さん、あの、ちょっと——」


 でも私は、その声を完全に遮るように笑って言った。


「あ、ごめんね。成瀬くん、今日、放課後ちょっとだけ時間ある?図書室で課題のこと相談したいんだけど」


 まるで彼女が“他人”であるかのような距離で。


 彼は少し迷った末、静かに頷いた。


 その瞬間。

 彼女の唇が、わずかに震えたのが見えた。



 放課後。


 図書室の窓際、ふたり並んで参考書を広げる。


「なんか、こうしてるとさ」


 私は頬杖をついて、彼を横目で見る。


「まるで“付き合ってる”みたい、じゃない?」


 成瀬くんは咄嗟に何かを否定しようと口を開きかけて——閉じた。


 私はそれを見逃さなかった。


(ねえ、ほら。

 あの子じゃダメだったこと、私が埋めてあげるよ)


 何も言わず、静かに笑うだけ。

 でもその“沈黙”こそが、彼の心をじわじわと染めていく。



 帰り道、彼女の姿を見つけた。


 駅のホーム。私たちに気づいた彼女が、小さく手を振る。


 ——でも、成瀬くんはそれに応えなかった。


 彼女の表情が、ほんの一瞬で“困惑”から“恐れ”へと変わったのを、私は見逃さない。


 そのまま私は、成瀬くんの腕に軽く指を絡めて、囁いた。


「ねえ、最近さ、思わない?

 私のほうが……君には、合ってるんじゃない?」



 答えなんて、いらない。

 だって彼は、もう答えを“出せない”状態にされているのだから。

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