第3話
最初の“餌”は、やりすぎないくらいがいい。
でも、確実に意識させるくらいには、強く残るもの。
それを見極めるのが、狩りの第一歩。
朝の教室。成瀬はいつものように席について、参考書を開いていた。
窓から差し込む光に照らされて、やたらと絵になるのがムカつく。
それでも私は、自然を装って近づいた。
「おはよ、成瀬くん」
声をかけた瞬間、彼の手が止まる。
目線が上がって、私とぶつかる。
「……お、おはよう」
動揺してる。ほら、分かりやすい。
「最近、よく一緒にいるね。あの子と」
私は机の上に肘をついて、軽く笑った。
「え、誰のこと?」
「ほら、地味でおとなしい幼馴染ちゃん」
彼の顔が少し強張った。
そして、少しだけ視線をそらす。――図星。
「別に……そういうんじゃないよ」
はい、きた。否定するってことは、気にしてるってこと。
「ふーん……」
私は、彼の机の端に指を滑らせる。
「でも、あの子……すっごく“好き”って顔してたけどな」
目に見えないナイフみたいな言葉。
私はそれをサラッと笑って投げる。
「そんな……あいつ、そういうの……」
言い淀む声が心地いい。
「ねえ、成瀬くん」
私は身をかがめて、彼の耳元で囁く。
「そういうの、ちゃんと見てあげなよ。じゃないと……誰かに取られちゃうかもよ?」
わざと強調して、“誰か”の部分に色を乗せる。
そして、軽く笑って離れる。
彼は呆然としたまま、私の背中を見送っていた。
*
昼休み。購買のパンを手に、私は校舎裏のベンチに座る。
一人でいるときのほうが、よく考えられる。
成瀬の反応――悪くない。
たぶん、あれでかなり心は揺れてる。
「……ま、私のこと、ちょっと意識したよね」
そう確信した。
でも、まだ甘い。
あの子を気にしてる時点で、私の“独占”にはなってない。
私は、自分だけを見る顔が好きなんだよ。
目の奥まで、私で埋め尽くされるくらいに、ね。
だから、次はもう少し踏み込もう。
*
放課後。
私は校門の前で待ってた。
成瀬が幼馴染と歩いてくるのを見計らって、わざと目の前に出る。
「あ、成瀬くん!」
彼が驚いたように目を見開く。
その隣の地味女子が、一瞬だけ私を睨んだ。……へえ、嫉妬するんだ?
「ちょっと相談したいことがあってさ。今、いい?」
「え、でも……」
彼が隣の子を見る。
私はその視線の先に気づかないふりで、彼の袖を軽くつまんだ。
「すぐ終わるから。ね?」
上目遣い、ちょっとだけ下唇噛んで。
男が一番揺れる角度で、仕掛ける。
そして、勝った。
「……うん、分かった」
地味女子が口を開きかけたけど、成瀬は私のほうを選んだ。
*
人気のない校舎裏。
私はわざと、鞄から小さなメモを取り出して彼に見せた。
「ねえ、成瀬くん。これ、明日の数学の小テストの範囲、あってるかな?」
「え……ああ、えっと……」
彼が近づく。紙を覗き込む距離。
わざと狭く書いた字。彼の顔が近くなる。
そのとき――
私はふと、顔を傾けた。
鼻先が、ほとんど触れそうなくらい。
「……成瀬くんって、いい匂いするね」
囁く声。
彼がびくっとして、のけぞる。
「な、なに……?」
「ふふ、ごめんごめん。からかってみただけ」
私は笑って、紙をひらひら振る。
「ありがと、じゃあねー」
そして、何もなかったようにその場を離れる。
でも、分かってる。
私の匂いと声と、近すぎる距離感は――
ちゃんと、彼の中に“種”を植えつけた。
あとは、芽が出るのを待つだけ。
男って、そんなもんだよ?
私にだけ反応するようになるまでは、
何度でも、同じ種をまいてあげる。
だって、それが――たまらなく気持ちいいから。
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