アタシは、日々を楽しみたいんだ

まるま堂本舗

第1話 職場の日常

 気付けば、またこの作業をしている。


 人工皮膚を剥ぎ取られたアンドロイドの頭部を様々な工具を使って、パッカーンと開き、ネジを外して分解し、各種金属を選り分け。戸惑いながらやっている作業も 繰り返せば手慣れてくるものだ。


 この状況もまた、日々繰り返される。


 社長がやってきて、各作業員の真後ろに立っては、その手際、姿を確認し、何か言ってくる。男性には圧力、女性には口説き。


「お疲れ~、アケビちゃん。どうよ、今日のアンドロイドは?そこそこ年式新しいみたいだけど、まだまだ転がってるんだって。仕事にあぶれないねぇ。しかし、信じられるか?大昔、人口減少が止まらなくて、人間の日々をサポートするために、アンドロイドたちが、わんさかいたんだ。人間よりも多くだぞ。びっくりするよなぁ。そのうち、アンドロイドの進化が止まらず、人間と変わらず流暢な言葉を話すようになった頃、アレが起きたんだ。それは~」

「アンドロイドデータを管理する建物に何度も落雷があり、たまたまデータ更新作業とバックアップの最中が行われていて、過電流によってデータが吹き飛んだ。復旧作業中にも嵐が来て、停電と洪水、災害が重なって、人間がそのアンドロイドデータ復元作業を行なったら、古いシステムデータを更新して、一斉にアンドロイドが機能停止になった。という話ですよね?」


「何だよ~、分かってるじゃないか~。よくオレの話を聞いてくれてるんだな!」

「……ゲーダ社長、その話、10回目以降は数えてないです。作業続けていいですか?」


 少しムッとしたゲーダが、アケビの後ろから右鎖骨辺りに手を這わす。作業用ジャンパーの上からといっても、その動きは気色悪い。


「な、アケビちゃん。オレと付き合わないか?これも何度となく言ってるかな?」


 ゾワゾワッと寒気がしたアケビは、左手で右肩にあるゲーダの指をがっちり掴み、立ち上がりながら振り返ると、一気に詰め寄った。背後にある資材置きの棚にゲーダの背中を押し当てると、ゆっくりとゲーダのネクタイを右手で吊り上げる。小柄なゲーダは長身のアケビに見下みおろされながら、口をパクパクさせている。


「はい、そこまで~。社長、また何かしたんでしょ!アケビさん、作業に戻ってください。ワタシから、よく言っときますので!」

「いや、オレは気分転換をしてもらうためにだな……」

「ヤンヌさん、社長は口説いてきて、気持ち悪く触ってきました」


「ま゛っ!性懲りもなく、声かけて!奥様には連絡しておきます!」

「それは、ナシだろ~。最近も大変だったんだぞぉ」


 経理担当のヤンヌがゲーダの襟首を掴み、会社入口近くの社長席に引っ張っていった。社長の席というのは、大体社内の奥にあるものだろうが、会社内での不審な動きが多すぎるため、入口近く、受付・経理の横に、壁等、仕切りを作らずに開放感を持たせ、周囲からの監視下に鎮座させられている。


 肩で大きく息をしてアケビは、また作業に戻る。


 先程のような騒ぎがあっても、他作業員たちは"いつものこと"と思っているのか、視線を送るだけで体を向けることは、あまりない。それぞれの立場というか、事情があるので、社長相手に態度を示しにくい。そもそも、アタシたちは別々の会社にいた。その会社ごとの事情。倒産、企業買収、会社の吸収合併、この会社にいる作業員たちは、ほとんどが望まぬ移籍。ただ、辞めるのは簡単なこと。しかし、日々の生活がある。移籍条件が元会社の給料2~3倍という提示。アンドロイドの解体という仕事では、あり得ない額。背に腹はかえられぬ、声に出さずとも皆が思っていることだろう。


 アタシも、その一人だ。この会社[オフィスJKM]に移籍して、何でこの場所にいるのだろう?いろんな会社を吸収しすぎて、会社名がころころ変わり、何の意味も由来もない適当に付けられた会社の所属し、社長の執拗な口説きと圧力を受け、留まる必要あるのか。アンドロイドの頭部を分解し、いくつもの層になっている金属を剥がして分けていく中、ごちゃごちゃと考えてしまう。


 ただ、アタシはコレが目的なのだ。


 頭部を分解していき、中枢に存在する柔らかな樹脂で固められた箇所がある。アンドロイドの記憶領域で、タバコの箱くらいの大きさ。この存在がアタシには欲しくてたまらない。金属が接続端子にしか使われていない小さな直方体に、かつて活動していたアンドロイドの記憶が存在する。それを復元して、見てみたい!ただ、その好奇心がアタシをこの会社に在籍している理由。会社にとって、この記憶領域[樹脂脳核]は含まれる金属があまりにも微量なので、金属買取に出せず、廃棄処分となる。


 社長に、しっかりと確認した。


「社長、この樹脂で固められた部分って廃棄するなら、もらえませんか?」

「物好きだねぇ~、アケビちゃん、そんなものに興味があるんだ。どうせ捨てるんだから、持ってきな。オレの連絡先も、あげるよ」


 ぐっと堪えて、頭を下げた。ゲーダ社長の連絡先は、我々作業員の作業場所の背後にある、金属回収用資材置き棚の柱にビターン!と貼り付けた。


 以前いた会社は、倉庫内の運搬業務。そこいた同僚が話してくれた一部マニアに流行っている樹脂脳核の解析作業。コンピュータを使い、ネットワーク上で見つけた失われた技術の復活、再構築。そういう話に興味をそそられ、少しずつ知識を深めていった。以前は、大枚 はたいて購入していた樹脂脳核。一度も読み取れたことはない。何が原因か?それが分からないから、それを知りたくて、素材を集められるオフィスJKMに残り、働いている。


 今日も終業の時間。無傷な樹脂脳核を廃棄予定だった緩衝材を再利用してくるみ、使えそうにない欠損物も念の為、ビニール袋に入れ、カバンに収める。その帰り道、ぼんやりと考える。無傷な物がそこそこ手に入ったから、あの連中に安く提供するか。貴重な専門書と物々交換もありかも、と。

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