白衣も歩けば善に当たる


 豊森先生は準備があると言って職員室を出て行ってしまった。一体何時からどこで入学式やら始業式やらが始まるのだろう。タイムスケジュールくらいは欲しいところだ。


「ヒロカくん校長室分かる?」


「まぁ、覚えてはいる」


「よかったー、ノイくんあんまり得意じゃないんだよね、校長センセ」


「なんで?」


 此処にも校長嫌いがひとり。はっきり嫌いと言い放った瀬戸ほどではないとはいえ、ここまで言う理由は一体。まぁ、変態の神代と清廉潔白そうな校長じゃ水と油な気もする。職員室で聞くような質問ではない気もするが、あれだけ堂々と俺や神代の悪口を言っていたんだ。今更こっちが気遣う筋合いもない。俺の問いかけに神代は眉を顰めて腕を組んだ。


「なんだろ、見透かされてる感じとかさ。あとこう……価値観が合わなそうだし、なんかブキミだよね」


「それ、俺がいつもお前に感じてるやつ」


「え!?なんで!?」


 本気で言ってんのかこいつ。こんなに得体の知れない雰囲気醸しといて。


「とりあえず校長室行ってくる」


「まって、ヒロカくん」


 白衣の変態は、俺の服の裾をちょんと掴む。俺と大して変わらない図体のアラサー男が、こてんと首を傾ける。素直に寒気がした。


「ヒロカくんがどぉおーしても、って言うならノイくん一緒に行ってあげてもいいかなぁ♡」


「あ、結構です」


「ちょ、ま、って……!」


 虫かゴミでも払うようにその指先をさっと払い除ける。校長室はひとつ上の階だったはず。思い起こそうとすればすぐに校内の地図が思い浮かんだ。こういう時は便利なんだよな、記憶力ってやつ。

 早速廊下に出たのだが、今度は腕をしっかりと掴まれた。振り向けば此処に来てから毎日見ている紫色。ため息が漏れる。

 

「しつけえな。なんかあるんだろ、俺に着いて来たい理由」


「えへへ……ノイくんのセトちゃんレーダーがヒロカくんに着いていけって言ってるんだよね♡」


「……なんでそんなに瀬戸のこと……まじで意味分かんねえんだけど」


 確かに、顔の整った少女だとは思う。金色で大きなアーモンドアイ、色付いた薄い唇、黒髪のショートが似合うのは顔が小さいからだろう。とはいえ、あのクソ生意気で傲慢でふてぶてしい態度と表情を見てもなお好きだなんだと言える神経がまったく理解できない。


「だってセトちゃんはさ、すごいんだよ。ありえない出力のエネルギーを発するのに、その反動もまったく受けないしさぁ。あの小さくてかわいい身体にどんな謎が隠されているんだろうって考えたらぁ……」


 声の粘度が上がると共に、俺の腕を掴むその手に力が籠る。


「夜も眠れないよね……♡」


 自分へ向けられた感情でないことは分かっているが、それでもなお背筋を悪寒が走った。瀬戸は嫌いだが、流石に同情する。


「分かったからもう離せって……つまり、瀬戸の能力が気になるわけ?」


「うん♡セトちゃんの能力も身も心もぜんぶ興味あるよ♡」


 「身も心も」って部分は完全に余計だが、能力に興味があるというのは、分からなくはない。本人曰く『この学校に……というかこの国に私以上のバケモノは存在しないからそこは安心していいよ』ということだし、豊森先生や先程の羽頭の教員の様子からしてもかなり強力な超能力者なのだろう。俺からすれば、ただの子供にしか見えないが。


「……って言ってもノイくんが把握してるのなんてせいぜい身長体重、スリーサイズとそれからぁ……基礎体温♡」


 どうしてこの男は気持ち悪いの絶妙なラインを行くのだろう。声も出ぬまま階段を登り切り、角を曲がった時だった。正面から聞こえたのは革靴が床を弾く音。タイミングが良いのか悪いのか。俺はなにも悪いことをしていないのに、どことなく居心地が悪い。全部、変態野郎神代のせいだ。


「神代先生、生徒のプライベートを必要以上に詮索することはおやめ下さい」


 聞き覚えのある低く落ち着き払った声が、至極真っ当な言葉を述べる。言われた方は盛大な舌打ちをひとつ、廊下に響かせた。目の前の男――彩宮文殊さいのみやもんじゅ先生は穏やかな笑みを称えていた。目が合い、彼の眉が僅かに持ち上がる。俺は会釈を返した。


「……あはっ、ノイくんには必要の範囲内なんだけどなぁ」


「今度一緒に座禅はいかがでしょう。邪念が取り払われますよ」


「校長センセったら冗談が上手いなぁ!ノイくんに邪念なんかありませんよ」


「これは失敬、あなたの場合は煩悩の方が近しいでしょうか」


「……うっざ」


 流石は《智慧》の超能力者。あの神代からハートマークを奪い取りそのうえ黙らせた。さっきまで上機嫌だった筈の神代は不機嫌そうに大きなため息を吐く。


「セトちゃんレーダー調子悪いみたい。ヒロカくん、またあとでね」


 男はひらと手を振って、返事も待たずに来た道を戻っていく。あんなにしつこくくっついて来た割にあっさり引いて行ったな。よっぽど校長が苦手と見える。階段を下る足音が遠ざかっていくのを聞きながら、再び目の前の男に視線をやった。彼は少しだけ困ったように微笑する。


「……少し、大人げないところをお見せしてしまいましたね」


「いえ、どう考えても100%アレが悪いんで」


 倫理観というブレーキのぶっ壊れた暴走列車、行先は瀬戸固定。そんな危険人物に対しての撃退法としては寧ろ優しすぎるくらいだろう。壁の外なら一発アウト、警察のお世話になるのは間違いない。


「色無さん。改めて、当学校へようこそ。」


 穏やか、柔和、優しい。そんな言葉が似合う笑顔だった。口角を上げて、目を細めて。俺も笑い返してみたが、きっとこの人のようにはいっていないと思う。

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