開いた口に珈琲
「まずはうちのトップ、校長に会ってもらう。面談は職員寮の談話室でやるらしいから。地図はこのパンフレットの……このページ。多分もう待ってると思う」
「……お前は?」
「私校長嫌いだから。じゃ、一週間後の新学期で」
「は?いや、」
俺の制止を無視し瀬戸はさっさと立ち上がる。嫌いってなんだよ。部屋を出ようとする瀬戸を追うように部屋を出れば、その背中を俺の視界から隠すようにひとりの男が立ちはだかった。デカい。180cmは余裕で超えているだろうという大柄な男は何も言わず、ただ俺をじっと睨み付けてから彼女を追いかけて行く。アレも瀬戸のいう超能力者のひとりなのだろうか。
仕方なく手元のパンフレットに視線を落とす。手持ち無沙汰に耐えきれずパラパラと捲れば、学校の説明に校舎の地図。それから学生寮と職員寮の説明と地図が描かれていた。
俺は、超能力者ではない。
だが記憶力には無駄に自信がある。一度覚えようと意識して見たものは写真のように鮮明なまま頭に残る。この地図もこうして目を通せば難なく覚えることができる。便利なものだが、おかげで神童だなんだと持て囃され、勝手に期待され。そうしてたったひとつでも失敗すると、途端にどぼんと落っこちる。自分が培ってきた「成功」なんて、薄い氷のようなものだったんだと、冷たい世界に身体を晒してから初めて気が付いた。
出る杭は打たれるし、一度
「…失礼します」
記憶のままに歩いていけば迷うこともなくすぐに談話室に辿り着いた。正直、仕事なんてしたくはないが。ほかの仕事があるわけでもないし、瀬戸の言葉が事実ならば自分ひとりで此処を抜け出すことも難しい。
帰ったところで、どうせ俺にはなにもない。
「やあ。はじめまして。貴方が
扉を開けて部屋を見渡す。ソファーとテーブル、テレビ。それから小さな台所。白色とミルクティーのような明るい木材が使われた部屋に暖色のラグがひかれている。
一人の男がカップをテーブルにふたつ置いた。その言葉通り、部屋に芳醇な苦味のある匂いが広がっている。促されたソファーに浅く腰を下ろした。
「どうも」
「校長の
白髪混じりの黒髪。年齢は50代くらいだろうか。右の額から目元にかけての傷が目を引いた。穏やかそうな笑顔の奥にどこか胡散臭さを感じるのは俺の見方が歪んでいるのか、はたまたあの女の台詞が脳裏をちらつくせいか。
「大方のことは瀬戸さんから聞いていると思いますので、堅苦しいお話をするつもりはございませんし、面接のようなことも致しません。ちなみに、貴方を此処から出してあげることも出来ません」
「……はぁ。なるほど」
「彼女は私をあまり好ましく思っていないものですから。色無さんのことを殆ど何も伺っていないんですよ。それで、少しお顔だけでもと思いまして」
校長は眉を下げ、少し困ったように笑った。あの女、どんだけ自分勝手なんだよ。いくらなんでも校長との情報共有は必要なんじゃないのか?俺を連れてきたのだって説明らしい説明もなく、強引だったし。……いや、若干俺が煽ったっていう部分はあるかもしれないが。
「どちらかと言うと個人主義ですからね、瀬戸さんは」
「個人主義も極まると独裁者ですよ」
彼女への悪態に彼はただにこりと笑った。その表情を眺めながらカップに手を伸ばす。暗い色の中に深い味わい。ちゃんといれたコーヒーなんて飲むのはいつぶりだろうか。缶コーヒーもまあまあ美味しいと思っていたが、やっぱりいれたては香りがいい。
「お口に合いましたか?」
美味しい、と。顔に出ていただろうか。気付けば困ったようだった校長先生の顔は初対面時と同じ、穏やかで、少し胡散臭い笑顔に戻っていた。
「仕事内容については、また新学期が始まってからお伝えしますのでパンフレットだけ目を通しておいて頂ければ大丈夫です。他になにか質問はありますか?」
「…えっと、」
質問、と聞かれて思い付くものはある。だがそれは、聞いて良いものか。これが瀬戸であれば遠慮なく口にしているところだは、目の前にいるのは傍若無人なガキではなく、上司であり今のところまともそうな人間だ。ちら、と顔色を伺おうと視線をやる。相変わらず感情は読めそうにない。
まぁ、もうこの際だ。どう思われても構わん。
「その……校長先生も、超能力者、なんですか?」
「ええ、勿論。とはいえ、大したものではありません」
俺の質問は彼にとって想定内だったようだ。特に不快そうな様子もなく笑ってそう返事をしてくれた。
「私の能力は先を見通したり判断する力、それから勤勉であることが能力、だそうです。……私からするとあまりにも大雑把で大袈裟な話ですが」
カップを口につけ、それからまた困ったような笑顔を浮かべる。
電気や水を操ったり、見た目が一般的なそれと異なるのであれば分かりやすい。が、単なる勤勉な性格や判断力が能力扱いになるのか。それこそ相当なレベルの知能、智慧ということか。
「……色無さんにもあるのではないですか?それに近しい能力が」
「俺は……そんな。少し記憶力がいいってだけです」
思わず声を小さくする。こんな話、しなきゃ良かった。
「記憶力ですか、それは素晴らしい」
口元も、目元も。校長先生は誰が見たって、間違いなくきちんと笑っているというのに。やはりそこに純粋な感情を感じにくいというか、違和感を覚えてしまう。俺の受け取り方が歪んでいるのは否定できないが。それにしても漂うこの胡散臭さはなんなんだろう。
あの女と話すのは控えたいところだが、他に知り合いもいない。今度瀬戸に聞いてみよう。なんでこの人畜無害そうな男を嫌っているのか。
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