第7話 紫の胎動

 繭から生まれた異形の存在——かつて“天宮ひかり”だった少女は、ナスの蔓を翼のように広げ、静かに立っていた。


「……やっぱり、ひかりなの……?」


 ルカの声は震えていた。


 応えるように、ひかりのナスの眼が淡く光る。


「ルカ……マダ、人間やってたンだ?」


「……あなた、何があったの?」


 ひかりは、一瞬苦虫を噛んだような顔をし、その唇からは紫の汁が滴る。


「ナスにね、すべてを捧げタの。ナスは裏切らない、愛せば応えてクれる……それに比べて、人間は酷すぎル……」


 その瞬間、彼女の足元から紫の蔓が一斉に走った。


「来るぞ!」


 ケイが叫ぶ。


 地を這う蔓が一斉に地雷のように爆ぜ、ナスの種子弾が宙を舞う!


「——くっ!」


 ルカがカマで蔓を斬り払い、御園がその後ろから飛び込む。


「“命削る一撃”——フルディグ!!」


 全力のスコップが放たれた——だが。


 ひかりの背から伸びた蔓の翼が、それを受け止めた。


 キィィィン!!


「無駄……アナタは、とてもクサイわ」


 ひかりは囁くように言い、翼を動かす。


 そまま、吹き飛ばされ壁にぶつかる御園。


「がはっ!くっ……ナスに言われると腹が立つ!」


「えぇー!戦闘能力が高すぎるわ……これは、完全にラスボスね!」


 みつばが叫び、フライパンをブーメランのように投げる。が、ひかりは空中で一回転して避けた。


「ナスはネ……可能性の塊なノよ」


 ひかりの体が紫に発光する。次の瞬間、彼女の背後に——茄子の形をした巨大な手が出現した。


「なに、それ!?」


「《ナス神掌(ヴィオレッタ・ディ・フィレンツェ)》試してミる?」


 巨大な茄子の掌が地面を砕きながら襲ってくる。地響きと共に、床がめくれ上がる。


「っっ、全員回避!!」


 ケイが咄嗟に「除草バリア」を噴射。ナスの掌が化学成分を嫌い、一瞬の隙が生まれた。


 ——その一瞬を、御園は逃さなかった。


「元人間……まだ人間の心があるなら!」


 スコップを構える。


「——“根絶の一閃”《ラストティル》!!」


 地を滑るように踏み込み、御園が渾身の力で突き刺す。


 ズドン!


 ひかりの胸部に、スコップが突き刺さる——その瞬間。


 御園の腕が、ひかりの手に包まれ止められた。


 柔らかい、でも冷たい。


「迷いがアる……クサイけど、アナタは優しいノね」


 その声は、かつてのひかりのものだった。


「私ノ……人間の頃の記憶は、マダ少し残ってるワ。でも、それは裏切り。恐怖。嫌悪。捨てルべき“雑草”なノよね」


「何があったんだ!戻ってこいよ、ひかり!」


 ルカが叫ぶ。


「遅いヨ、ルカ……。私、もう“紫の果実”に選ばれたンだ。ナスの意志が、私の意志。私ハもう、人間じゃ無イ」


 ハッっと上を向き、ひかりの翼が大きく羽ばたく。


 ——ドォン!!


 爆風とともに天井が割れ、ひかりの身体が空へ飛び出す。


「待って、ひかり!!」


 ルカが追いかけようとするが、蔓の残滓がその足を絡め取る。


 ひかりは、上空に浮かぶナス型母艦へと向かっていく。


 空の彼方、母艦の“口”が開き、彼女を迎え入れる。


「……ひかり……!」


 ルカは唇を噛み、立ち尽くす。


 その背に、御園がそっと手を置いた。


「……まだ終わってない。追いかけよう……」


 ルカは俯き、そして小さく頷いた。

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