俺らビジュアル担当?いや、ただのバカです。

ゆにたんたんめん

第1話 忘れたはずの色褪せた初恋が動き出した日

また、あの夢を見た──忘れたはずの“初恋”が、動き出す。



『……俺、君のことが好きなんだ』


そう言った“俺”の声が、夢の中で響いた。


小学一年の夏。

俺は家の近くの公園で遊んでいた。

ふと、ジャングルジムを見ると…白くてふんわりした可憐な女の子が楽しそうに登って遊んでいる姿が見えた。

俺はこの時…恋なんて知らなくて…ただ無意識にその女の子をずっと見ていたんだ。


──その時だった。


その女の子は、ジャングルジムから足を滑らせてしまう──


(やばい……このままじゃ、あの子…が危ない!!!)


ジャングルジムから足を滑らせた女の子が地面に落ちる寸前、俺はとっさに抱きとめた。

その瞬間、背中に焼きついたあの痛み、深い傷跡は──今でも消えていない。


でも、あのとき。


俺は、彼女の名前を聞けなかった。

顔さえ、ちゃんと見えなかった。


……それなのに。


どうして、今になってまた──

あの夢を、見るんだろう。





【朝/森谷優希の部屋】


「…んっ…もう朝か…」


目が覚めたとき、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。


時計の針は、6時42分。


「……はや」


つい寝すぎる俺が、今日は珍しく早起きだ。


あの夢のせいだろう。

いつもは名前も思い出せないのに──

今朝はなぜか、あの子の“髪の匂い”まで残っていた気がする。



眠い目を擦りながら、俺は洗面台へ向かった。


俺は洗顔し、軽くスキンケアをして、髪をワックスで整えながら、顔を見て表情を引き締めた


「……もう…二度と会うことはないもんな。」

俺はそうつぶやいた。


俺はいつものように制服に着替え、足早に家を後にした。




俺は家を出て、駅までの道を歩く。

まだ4月の東京の空気は少し冷たくて、制服の襟を立てながら足を速めた。


「……めんどくさいな」


新学期。2年生になってクラス替えもあった。

担任が誰だろうが、席がどこだろうが、正直どうでもいい──はずだったのに。


(……なんか、今日はやけに気が重いな…)


理由はわからない。ただ、夢のせいかもしれない。


 


【教室に入る直前】


昇降口を抜け、階段を上って教室の前に立つ。

扉の向こうから、クラスのざわつきが聞こえる。


(また、はじまんのか……)


深く息を吐いてドアを開けた──


 


【教室内/2年3組】


「おー、優希!!こっちこっち!!」


『よ。お前とまた同じクラスか。ホッとしたわ。』


手を振ってるのは亮介。俺の悪友で、1年のときからの腐れ縁。


「お前の席、ここ!!窓際のいちばん後ろだぞ!!」


俺が歩いていくと、隣の席の女子がふっとこっちを見た。


そのとき──




(……この匂い……)


ふわりと香った、甘い匂い。

あの夢の中で、俺が思い出していた“髪の香り”と、よく似ていた。


(……まさか)


視線が合う。

タレ目の大きな瞳、優しい二重、やわらかい茶色の髪。長くて美しいまつ毛…


(…なんて綺麗で可愛いんだ…目が離せねぇ、…)


胸の奥が、ドクンと跳ねた。


──あの時の、女の子……?


……いや、まさか。でも、どこか懐かしいような。

俺は目が離せなかった。


「優希〜〜!!」


前の席から、ぱっと手を振ってきたのは世奈だった。


「なにボーッとしてんの?!朝から固まってんじゃん!!」


『……別に』


俺、亮介、一樹、世奈の4人は1年のとき同じクラスだった。

世奈は顔も性格も明るくて、こういうときは本当に騒がしい。


「でもさ、今年クラス替えで知らない人も多いし──自己紹介、しとく?せっかくだし!」


世奈がそう言うと、一樹と亮介も「いいね!」「確かに!」と賛同しているようだった。


世奈はぴょんと立ち上がって、「じゃあ、知ってる人もいるけど!」と笑いながら言った。


「あたしの可愛い親友2人紹介させて♡」


世奈の隣には、可愛い子が2人。


 


──その中のひとり。

さっき俺が一目惚れした子がいたんだ


 


……あの子…どこかで、見た気がする。

記憶のどこかで、引っかかって…ずっと消えないんだ。




「俺、田中亮介!よろしくな!!!」

亮介がいつもの調子で自己紹介していた。


 


「よろしく!」「よろしく……」


 


──初対面で2人とも緊張しているのが伝わる。


 


「いや、世奈が可愛いのはもちろんだけど、友達2人も負けないくらい美女だな?☆」


次に口を開いたのは一樹だった。


 


「あ、俺は杉山一樹。テニス部だよ!よろしくね!」



そして、世奈の友達の女の子2人を見て微笑んでいた。



笑顔で差し出された言葉に、ふたりとも「よろしく!」と返していた。


 


……こいつら、すごいな。


俺には無理だ。

女子と、こんなに軽く接するなんて。


 


「優希!!お前も自己紹介しろよ!!」


亮介に振られて──俺は、思わず反射的に言ってしまった。


 


『なんで?』


 


「初対面がいるんだから、当然だろ?!」


亮介がすこし怒っていた。


 


そりゃ、、俺だって、仲良くなれたらいいとは思ってる。


でも──俺なんかと、仲良くしてくれるはずない。


 


……俺なんか、見た目も態度も、怖いだけのやつなんだ。


 


『はぁ』


 


小さくため息をついた。


 


「こいつ、森谷優希。

クールでちょっと怖ぇけど、女慣れしてねーだけだから。

仲良くしてやってくれ。」


 


亮介が俺の代わりに紹介してくれた。


 


……でも、彼女たちの目は一瞬で変わった。


怯えたような、引いたような──そんな目。


 


──やっぱり、俺って“怖い顔”なんだな。


 


好きで、こんな顔してんじゃねぇのに。

……俺の中身なんか、誰も見ねぇくせに。



「君たちも、自己紹介してよ☆」


一樹が明るく声をかけたのは、世奈の隣にいた2人の女子。


──あいつ……なんて名前なんだろ。


 


「あ、私は中谷優梨愛! ……私も、テニス部なんだよっ!!」


その瞬間、俺の中で何かが一瞬、跳ねた。


中谷、優梨愛──

どこかで聞いたことのあるような……

でもそれより──


(……可愛すぎてやばいんだが、、)


つい、無意識に見つめてしまった。


 


「よろしくな、優梨愛!!!」


亮介がいつも通りのノリで元気に挨拶していた。


再び一樹が口を開く。


「君、やっぱりテニス部だったよね?

他クラスだったし、男女であんま一緒に練習する機会なかったけどさ…見たことあった気がするんだよな。」


中谷は一樹を見て、緊張しながら


「あ、私も…一樹くんのこと、実は見たことあったかも。

一樹くんのこと…テニス部の女子が“イケメンエース”ってよく言ってたよ…?」


と続けていた。


一樹は苦笑しながら、


「マジ?恥ずかしいな…。

君、優梨愛ちゃんっていうのか。……うん、すごく似合ってる。名前も顔も、すごく可愛いよね」

と、優しい声で返していた。


こいつ…またそれを自然に言えるのな。

しかも嫌味がない。


中谷とこんなにフランクに話せる一樹を見て、俺はなぜか胸に小さな棘がささったような気がした


「え、っ、そんな……!や、やめてよ〜!💦」


中谷はそう言って顔を赤らめながら、笑って目をそらす。


その照れ方がまた反則的で──

(なんか、ずるいくらい可愛いんだけど…)


亮介は驚いて、

「まさかのお前ら顔見知りだったとは?!」

あんぐりと口を開けていた。


世奈も、

「あんたら、知り合いだったんだね?!」

と大きな目を輝かせていた。


「…莉羅も、自己紹介しなよっ!」


照れ隠しなのか、中谷が、隣の女の子に笑顔を向けて話を振っていた


「あ、ぅ……うん」


(この子も、落ち着いてるけど…綺麗な顔してるよな)


声は低くかすかで、控えめで──でも、耳に残るような音色。


「わ、わたし……水澤莉羅。よろしくね……」


 


「莉羅、ほんとマジ可愛いっ!!」


世奈が水澤の背中をポンと軽く叩いていた。


「か、可愛くなんか……ないよぉ……」


水澤は顔を隠してモジモジしていた。

(……なんか、守ってやりたくなる感じ)


 


「莉羅もよろしくなー!!あ、てかさ3人でよく一緒にいるのか?」


亮介の自然な会話の繋げ方に感心しながらも、


俺は──ひと言も喋れずにいた。


『……』


(……いや、喋れなかった、が正しい)


 


「じゃ、そろそろ戻るか〜!!」


亮介のその一言で場が締まり、俺らはその場を離れた。


 


「なぁ、優希。」


『……なに』


「お前、なんで自己紹介しなかったんだ?」


『……別に、いらねぇだろ』


 


「いやいや!!あそこは流れ的に“森谷です”くらい言っとくとこだったって!!なぁ、一樹?」


「そうだよ。せっかくの初対面なんだから」


『……』


(俺みたいな奴、最初から壁作ってた方が楽なんだよ)


「まぁ、無理にとは言わねーけどさ……」


亮介が軽く笑って肩をすくめた。


一樹は、ちょっと心配そうに俺の顔を見たまま、


「でも……優希、たまには自分のこと話してもいいんじゃない?」

と呟いた。


『……そういうの、向いてねぇんだよ。俺』


 


──それが、俺の本音だった。


 


(…けど)


『なぁ、中谷優梨愛って……』


「ん?どうした?」


『いや、なんか……名前、聞き覚えある気がして』


 


「え?優梨愛ちゃん?たしかに目立つ名前ではあるけど……」


『…なんでもねぇ』


 


──俺の記憶が、ふっと、風に撫でられるようにざわついた。


 


あの頃──小1のある日。


 


ジャングルジムから落ちそうになってた、女の子。


泣きそうな顔で、必死にしがみついて。


俺は、その子を助けるために思いっきり背中を擦りむいた。


 


「だ、大丈夫?」


「……うん」


 


それだけで終わったやりとり。

名前も知らない。

顔すら、もう曖昧になってる。


でも──


(あの時、守りたかった“誰か”が……今、目の前に現れた気がしたんだ)


 


──まさかな。偶然だろ。


でも、


「……中谷、優梨愛……」


口の中でその名前をもう一度呟いた。


 


俺の中の何かが、微かに、

確かに“懐かしさ”に揺れていた。

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