第13話

通路を駆ける俺の眼前に、《鋼殻グリュース》の巨体が立ちはだかる。

その全身を覆う漆黒の甲殻は、まるで岩石が隆起したかのように禍々しく、鋭利な爪が地面を削るたび、耳障りな金属音が洞窟内に響き渡る。

天井からパラパラと土砂が落ち、いつ崩落してもおかしくない状況だ。


「グオオオッ!」


獣の咆哮が、洞窟の空気を震わせた。直後、グリュースが巨大な右腕を振り上げる。

岩壁すら砕く一撃が、俺めがけて振り下ろされた。


即座に《身体強化〈脚〉》を展開し、強化された脚で地を蹴る。

突風のごとき勢いで、一気に加速した。


ドゴォンッ!


俺がいた場所に、グリュースの拳が叩きつけられ、地面がクレーターのように深くえぐれる。

その爆風を紙一重でかわし、俺はすかさず魔物の側面へと回り込む。


「は……!?」


背後から、リオンの驚愕した声が聞こえた。

誰にも期待されなかった俺が、格上の魔物とやりあっている。

役立たずな支援魔法士。

パーティーの置物――その認識を、俺は今、覆している。


グリュースが体勢を立て直す隙を逃さず、俺は《魔力感知〈展開視〉》を発動。

視界に、グリュースの全身を流れる微細な魔力の流れが浮かび上がる。

鎧のような甲殻に覆われているが、わずかに魔力の密度が薄い箇所――関節部だ。


そこへ、《フェルマータ・リデヴォルト》の先端に施された刃を突き立てた。


キィン!


甲高い音を立てて刃が滑る。一瞬、グリュースの動きが止まった。

だが――ダメージを受けている様子はない。

狙いは完璧だったが、その外皮は予想以上に硬い。


(……くそ、やはり物理耐性が高い。通常の攻撃では決定打を与えられない)


焦りが生まれる。俺では、二人を逃がす隙すら作れないのか。

――いや、諦めるな。まだ勝機はあるはずだ。


《身体強化〈腕〉》を展開し、右腕に力を込める。

その瞬間、頭の奥で、わずかな違和感が生まれた。


(……摩耗の兆候が出始めたか)


精神力が削られている証拠だ。訓練所での暴走が脳裏をよぎる。

だが、ここで止まるわけにはいかない。まだ――戦える。


俺は渾身の力で、《フェルマータ・リデヴォルト》の刃をグリュースの関節部に突き立てた。


ギィィン!


(これでも駄目なのか……!)


読みが外れたことでできた隙を突かれ、グリュースの爪が俺の横腹を掠める。

鋼の甲殻に守られた拳は、掠めただけでも全身を震わせるほどの衝撃をもたらす。


「ぐっ……!」


痛みで息が詰まるが、表情には出さない。

即座に距離を取り、体勢を立て直す。――焦るな、考えろ。

このままでは、ただ体力と精神力を無駄に消費するだけだ。

何か、決定的な手を見つけるんだ。


「ユリウスさん! 回復魔法は必要!?」


背後から、サラの叫び声が聞こえる。

俺の「離れていろ」という指示を、きちんと守ってくれているようだ。

だが、ここで頷けば、彼女は魔法を届かせるために近づくことになる。


「大丈夫だ! そのまま離れていてくれ……!」


これ以上被弾しなければ、問題はない。

俺は《思考加速》を発動し、グリュースの攻撃を確実に回避する。


目の奥がズキズキと痛み、視界の端が揺れ始めた。


(くそ、摩耗か……)


そのとき――《フェルマータ・リデヴォルト》の霊晶核が、蒼白の光を放つ。

精神力の消耗を抑えるために、バルドが施してくれた加工だ。

その光が、俺の意識を研ぎ澄ませる。


(まだ戦える。だが、このままでは磨耗で限界を迎えるのは時間の問題だ。

何か、何かないか……この状況を打破する、たった一つの手――!)


迫りくるグリュースの巨大な拳を前に、俺は思考を巡らせる。

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