第9話

 鍛冶屋イオルグ工房の重い木の扉を開けると、相変わらずの熱気と金属の匂いが鼻腔をくすぐった。


「おう、来たかユリウス」


 顔を上げ、煤けた顔に皺を深く刻んでバルドがニヤリと笑った。


「修理と強化が済んだぞ。お前の新たな『相棒』だ」


 逸る気持ちを抑えながら、俺はその杖――《フェルマータ》に近づいた。以前の温かみのある木製の感触は消え、ひんやりとした金属の重みが手に伝わる。だが、決して重すぎず、むしろ吸い付くように手に馴染む。


 杖の中央から上部にかけて埋め込まれた蒼白の霊晶核は、まるで生きた炎のように揺らめき、周囲の金属に青白い光を反射していた。さらに先端には、鋭い刃が冷たい輝きを宿していた。


「どうだ? 気に入ったか、ユリウス」


 バルドが腕組みをして、満足そうに俺の顔を見ている。


「……はい。想像以上です」


 俺は言葉を失いながら、杖の表面をゆっくりと撫でた。冷たい金属の感触、微細な刻印の凹凸、そして何よりも、結晶の輝き。この杖には、バルドの技術と、俺の新たな道への期待が込められている気がした。


「フン、当たり前だ。お前の『魔導士』としての戦い方に合うように、徹底的に鍛え直したんだからな。 埋め込んだ《霊晶核》は、魔力だけじゃなく精神力の流れまで安定させて、余計な消耗を抑えてくれる。

 折れた《フェルマータ》の芯材をベースにして、耐久性を上げるため《オリハルコン》で補強してある。 感覚を掴むのには少し時間がかかるだろうが、慣れりゃ、お前の意思と一体になるはずだ」


 バルドは杖の先端を指さした。


「それと、先端の刃だな。いざという時の近接戦闘で役に立つだろう。」


「何から何まで、本当にありがとうございます」


「ああ。それと、精神力の扱いだがな……杖はあくまでお前の力を引き出すための道具にすぎない。頼りすぎるなよ。杖を通じて精神力の流れを感じ、自分で制御する感覚を養うことが重要だ」


「わかりました。肝に銘じます」


 バルドの言葉に、俺は改めて《フェルマータ》を強く握りしめた。この新たな相棒と共に、俺は魔導士として生きていく。


 ◆


 《フェルマータ》を背負い、俺はギルドへと足を向けた。生まれ変わった相棒の存在を噛みしめながら歩く。以前よりも幾分か重くなり、それがむしろ頼もしさを感じさせた。


 ギルドの扉を開けると、相変わらずの喧騒が広がっていた。クエスト掲示板の前には多くの冒険者が群がり、活気に満ちている。俺は受付カウンターへと進み、マリエルを探した。


「ユリウスさん、おはようございます!」


 いつもの笑顔でマリエルが声をかけてくれた。


「おはよう、マリエル。この前話してもらった、新人冒険者護衛兼訓練のクエストを受けたいんだけど」


「はい、承知いたしました。ただいま詳細をお持ちしますね」


 マリエルが奥へ引っ込み、書類を探している間、俺は周囲の様子を何気なく眺めていた。その時、聞き慣れた声が耳に届いた。


「ユリウス、まだこの街にいたんだな」


振り返ると、そこに立っていたのは――俺がかつて所属していたパーティー《鉄翼の星屑》のリーダー、ダリオだった。


何かのクエストを終えたのか、どこか疲れた様子で、その瞳からは以前のような絶対的な優越感が薄れているように見えた。


「……ダリオ。まぁね」


平静を装って、俺は答える。まさかこんなところで鉢合わせるとは思わなかった。


「Dランクに落ちたんだってな。俺だったら恥ずかしくて逃げ出してる」


「おかげさまで、自分のペースでやってるよ」


今はまだ、この力を明かす時ではない。まだ使いこなせる段階でもない。だが――いつか必ず。


「そういえば、《鉄翼の星屑》、メンバー補充したんだってな。あまりうまくいってないって聞いたけど」


つい、胸の奥に引っかかっていた疑問を口にしてしまった。


「っ……この前はたまたまうまくいかなかっただけだ。入ったばかりで、まだ息が合っていないからな。お前に心配されるようなことはない」


ダリオはそう言いながらも、ほんの一瞬、言葉に詰まった。


「……なぁ、お前、本当はこれまで――」


ダリオは、俺の顔をじっと見つめる。その眼差しに、何かを探るような色が宿っていた。


「いや。そんなわけ、ないよな。……なんでもない。せいぜい頑張れよ」


そう言い残し、ダリオはギルドの奥へと歩いて行った。


彼の背中を見送りながら、胸の奥にわずかな痛みが走ったのは否定できない。だが、もう以前ほどには揺らいでいない。


「ユリウスさん、お待たせしました」


 マリエルが書類を持って戻ってきた。


「こちらが新人冒険者パーティー《フレッシュハーツ》の護衛兼訓練クエストです。一週間の同行で、パーティー構成は剣士見習いの少年と、回復魔法見習いの少女の二人です。クエストランクはE相当ですが、しっかりこなせば昇格査定に繋がりますよ」


 俺は差し出された書類を食い入るように読み込んだ。Cランク昇格への確実な足がかりとなるこのクエスト、絶対に失敗するわけにはいかない。俺にやれることはすべてやりきるつもりだ。


「このクエストを受けます」


 そう告げると、マリエルが嬉しそうに微笑んだ。


 新生 《フェルマータ》と共に、俺は再出発の一歩を踏み出す。

もう、誰の足を引っぱることもない――今度こそ、自分の力で前に進むために。

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