異世界転移したらぎゃるげ寄りナーロッパだった件

mastline

第1話「いらっしゃいませ異世界」

 夜の住宅街を一人歩く。

 駅からの帰り道。慣れた道。薄暗くて、ちょっと不気味けど、毎日のことだから慣れてる。


 ……のはずだった。


 ふと、足が止まった。理由はわからない。身体が勝手に固まるような感覚。背筋にひやりとしたものが走る。


 誰かに見られている? 敵意や悪意ではなく、どちらかといえば好奇心のようなもの。


 視界の端がゆらゆらと揺れる。いや、違う。チラついてる? ブロックノイズみたいな、壊れた画像ファイルみたいな歪み方だ。


「……え? なにこれ……?」


 ざわりと鳥肌が立つ。次の瞬間、音が——止まった。


 街灯の下にいるのに虫の声がしない。風の音も、車の音も、人の気配も、全部——ない。


「フリーズバグ……?」


 いやいや。今は現実のはずだ。VRギアなんかつけてないし、ログインもしてない。なのにこの既視感……


(昔やったVRゲーム……βテスト版でバグったとき……)


 あの時も、突然止まった。キャラがポーズの途中で固まって、セリフも出なくなって。


「……まさか、そんな……」


 身体がふわりと浮くような感覚。耳鳴り? 健康診断の聴力検査で遮音室に入ったときみたいな完全な無音。鼓膜に何かが触れてるような——いや、これ、世界が止まってる。


 そして——暗転。


 漆黒。無音。無重力。


 自分が存在してるのかもわからない空間。感覚がない。


 いや、逆に多すぎる。視覚が、聴覚が、触覚が……全部がノイズまみれになって暴走しているみたいだ。


 拡散してる。


 自分が、粒子になって霧のようにバラけていく感覚。手の先が、足が、頭が、消えていく。痛みはない。ただ、ヤバい。


(このままじゃ、消える)


 思考だけが叫んでいた。生きたい、生き延びたい、と。何でもいい。何か——何かを掴まないと!


 その時、何かに触れた。意識が、微かに何かに繋がった。


(俺は、俺だ……!)


「俺は斎藤亮——、エンジニア志望の高校生、17歳っ……!」


 ぼんやりしていた意識が、輪郭を取り戻していく。名前。年齢。職業。属性。性癖。


「自分を思い出すんだ!平均的な体格。黒髪。顔は中の中。彼女いない歴=年齢でも、普通に彼女欲しい!ちょっとむっつりな自覚はあるけど彼女欲しい!!」


 情けない自分を叫ぶたび、意識の霧が晴れていく。


(あ、戻ってる……?)


 気づけば、草原の端に座っていた。そこは、空の青と草の緑がやたらと綺麗で、降り注ぐ太陽光の熱を肌に感じる。


これはまさか流行りの異世界転移というやつでは。

「……ここ、どっかで見たような……」


 以前プレイしたことがあるVRゲームの、最初のスタート地点を思い出した。


 そのとき——


 BootLoader ver. 0.9.44-α [QuantumEmulator Build]

 POST... OK

 MEMORY ALLOCATION... 256qMiB secured

 CORE SIGNATURE CHECK... VALID

 BIO-ARCHETYPE: MATCH FOUND [PROTOTYPE-001-B ∴ SYR-17]

 USER ENTITY CONFIRMED... "Saito Ryo"

 ACCESS LEVEL: TIER-A (RESTRICTED)

 RESTORING EGO FRAME...

 COGNITION THREAD SYNC... 87.2% - WARNING: RESIDUAL FRAGMENTATION DETECTED

 ESTABLISHING INTERFACE...

 


 WELCOME BACK, RYO.

 INITIATING SIM-LAYER_3 [NAEUROPA FIELD]

 


 目の前に黒いウインドウが浮かぶ。

 高速で文字が流れるように表示されていき、コマンドプロンプトらしき表示で止まる。

 


 QUANTUM-OS [Experimental]

 COGNITION THREAD SYNC... 87.2%

 WARNING: RESIDUAL FRAGMENTATION DETECTED

 >> Awaiting command...


「コンソール? え、何これ……コマンド待ち? キーボードもないのに!?」


 そう思った瞬間、ウインドウが粒子のように砕け、視界全体が書き換わった。


 視界の端に、VRゲームそっくりのUIが表示された。


「……なんか出た!?」


 懐かしさと同時に、違和感が首筋を撫でる。


 あのゲーム、こんなシステムだったっけ……?


 まだ、自分が異世界に来たのか、ゲーム世界に入ったのかも判断がつかない。


 そのとき——草むらがざわめいた。


 ぴょんっ、と飛び出してきたのは——


「……え?」


 ウサ耳をぴょこぴょこ揺らした、露出全振りの美少女がにっこり笑っていた。ブラとリボン付きパンツ姿。実質、下着。微妙に幼いイメージで余計に際どい。


思わず周りを見渡して誰かに見られてないか確認する。

いやこの子のかっこは俺のせいじゃない、誰かに見られても疚しいことはないはずなのだがついキョドってしまう

うさ耳「遊んで遊んでー」

(知ってるぞ、このキャラ……)

ウサギっぽいからって上下の動きはやめろ、揺らすんじゃない


つい目が行ってしまうだろ。


惑わされるな俺、記憶の通りならあの子は人間じゃないし、あの外見は擬態であって体毛や模様にすぎないハズだ。


「……いや、もうツッコまないからな……!」


 UIに戦闘モードが立ち上がった。うさ耳少女の頭上に浮かぶHPゲージ。

視界の端にはコマンドウィンドウ。

 【たたかう】【スキル】【アイテム】【逃げる】


「……おいおい、選ばせる気か!?」


 逡巡する間もなく、うさ耳が飛び込んできた。バトル開始だ。


どうやら先制攻撃を受けたようだ

(痛みはないがHPゲージがわずかに減った)

(この分ならこのまま攻撃を受け続けてもそう簡単には0にはならなそうだ。)

 “精神コマンド:冷静”が頭の中で自動発動。落ち着きを取り戻す。なんだ今の。


「ならば……『たたかう』!」


 俺のターン、一撃が命中。なにをどうしたのかよくわからないが攻撃が成功した実感だけはある。

さすがにあの外見の子に暴力的なことをするのは気が引ける。システム内で処理されたのか幸い

実際に俺の体で女の子を殴る蹴るするなんてことにはならなかった。


 それでもしっかりうさ耳のHPゲージが減る。あと一撃で終わりそう。


 そこでUIに新たなコマンドが追加された。


ーー【捕まえる】


「いやいやいや、選ばないぞ!? あんなかっこの女の子に掴みかかるとか無理だから!)

(そういやあのゲーム、そんなシステムだったっけ。)

 うさ耳少女は宙返りし着地。


「きゃっ、やるじゃん♡ また遊んでね〜」


 煙のように消えた。


 戦闘終了のSE。数秒「チュートリアル終了」の文字が視界上部に浮かび、視界端にはAuto Saving...」の文字

文字表示が同時に消え、UIは通常モードに戻る。体力も自動回復。チュートリアル戦だったせいか経験値の獲得も無し。


「……なんだこの世界」

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