君と隣。隣。また隣。
むげん
【第一章】隣の呪い
第1話 ベンチで隣に
これは——君と真の意味で隣になる話
「……隣いいですか」
「あ、はい、大丈夫です」
「ありがとうございます」
俺——
俺がこのベンチに座ったのは単なる気まぐれである。
特にすることもなく、暇を持て余していたので少しこの公園を散歩していたのだ。
少し疲れたのでたまたま見つけたベンチに座っていたところに彼女に話しかけられたのだ。
——綺麗だ。彼女を初めて見たとき、そう思った。
大きな瞳、整った目鼻立ち、透き通るような肌、光を受け輝く銀髪のロングヘア、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる、バランスの良いスタイル、どこをとっても美少女としか言いようがない。
「なにか……?」
「あ、いえ、なんでもないです」
思わず見すぎてしまった。慌てて目を逸らす。
彼女は特に気にしてないのか、俺の隣に座る。
背格好的に俺と同じ高校生くらいだろうか。だが、俺と彼女では同じ高校生でも優雅さと気品が天と地ほど違っていた。
俺の短い人生でもこんな美少女はいなかった。
そんな美少女が隣に座っている。あと、ベンチが狭いせいでかなり距離が近い! だから近いってば!
俺は非常に居たたまれない気持ちになっていた。
どうする……。俺の中に、三つの考えが浮かんだ。
①もっとベンチの端による。
――すでにやってる。手すりに身を寄せまくっている。
②隣の彼女に「近いですよ」と忠告する。
——忠告するほどコミュ力ないし、隣の彼女に変な目で見られそうだ。
③あきらめて帰る。
————うん、帰ろう!
もともとの『休憩』という目的は果たしたし、もうここに居座り続ける理由はない。
そろそろ散歩も終わっていいだろう。
なにより居たたまれないし。
そう思い、立ち上がろうとしたが——
「ハァ……ハァ……」
隣から呻き声が聞こえてきた。
なんだと思い隣を見てみると、顔を赤くして、気だるげな表情で、ベンチに身を委ねている彼女がいた。頭痛がするのか頭を抑えている。呼吸も荒い。
さっきはすぐに目をそらしてしまったせいで気付かなかったのだろう。
多分熱を持っている。
そもそも最初からおかしいところはあった。
さっきもいったようにこのベンチは狭い。だから、必然的二人で座ると距離が近くなる。こんな狭いベンチに普通、見知らぬ異性と隣に座るだろうか。この公園にはあまり人がいない。襲われでもしたら一大事だ。彼女の美貌ならなおさら。
それを分かっていながらも、彼女はベンチに座った。
それほどまでに熱が酷い証拠だろう。
今も辛そうに目を閉じ、呻き声を漏らしている。
……どうしようか。
助けた方が良いということは分かる。
だが、彼女にとって見知らぬ存在である俺が助けようとしても、彼女は拒絶するだろう。見知らぬ相手から助けられるというのは、誰であっても怖い。行動から見ると、相手の弱みに付け込み、仲良くしようとするナンパ野郎にも見える。俺の相手をして彼女を疲れさせてしまったら、本末転倒だ。
そう考えたら何もせず帰ったほうが良いのかもしれない。
最終的に、俺は帰るという選択肢を取ることを選んだ。少し酷だがそれが最適だろう。
それに、俺がいなくても、いつかは彼女は病院か家に行くだろう。熱も安静にしていたらいつかは治る。わざわざ出しゃばる必要もない。
だって、これは俺の自己満足でしかない『ただのお節介』なのだから。
そうして、俺は改めてベンチをあとにし、立ち去ろうとする。
「はぁ……、はぁ……、」
彼女の呻き声が聞こえる。
思わず、足が止まりそうになる。だが、歩みは止めない。
再び歩き続ける。
「誰か……助けて……」
——足が止まった。
振り返ると、彼女は涙を流していた。
『誰か……助けて……』
昔の自分と姿が重なる。
非情で残酷な社会に、虚しさと苦しさが入り混じる世界に。
そんな現実から抜け出したくて、逃げ出したくて、俺は誰かに助けを求め続けた。
そんなとき、俺を救ったのは『ただのお節介』だ。
なぜ忘れていたんだろう。
俺は自然に彼女の方向に歩みだしていた。
「大丈夫か」
俺に話しかけられると思っていなかったのか、一瞬驚いたようだった。
だが、すぐに表情を戻し俺に言葉を返す。
「……なんですか」
「お前多分熱あるだろ、大丈夫か」
「……少し風邪気味なくらいで、私は大丈夫です。気にしないでください」
予想通りだが彼女が俺に示した反応は『拒絶』であった。
やんわりとしながらもはっきりと俺に壁を作っている。
しかし、ここで彼女を一人にさせてはいけない。熱のこともあるが、それ以上に彼女を一人にさせてはいけない気がした。理由は分からない。
「俺はそうは見えないんだが」
「大丈夫と言ってるでしょう! ……お気遣いはありがとうございます。私は帰ります。さようなら」
そうして、彼女はいそいそとカバンに荷物を詰め、ベンチから立ち上がる。
しかし、急に体を動かしたせいか彼女の体がふらつきつまずいてしまう。とっさに俺は彼女の肩に手を回し、倒れる前に彼女の体を支える。
「大丈夫じゃねぇな」
「……」
「いいからベンチに座ってろ」
「……分かりました」
ようやく観念し、ベンチに座る。大人しく言うことを聞いてくれて内心ほっとしていた。
彼女がベンチに座ったのを確認してから、俺は自動販売機の前に行って水を買う。
「ほら、水飲んどけ」
彼女の手に今買った水を渡す。
「ありがとうございます」
そうして、彼女は喉に水を流し込む。
飲み終わったとき、お金を払っていないことに気付いたのかよろついた動きで財布を取りだそうとする。俺は慌てて彼女を静止させる。
「お金はいいぞ」
「え……、でも……」
「病人からお金を受け取る気にはない」
「でも見ず知らずの人に奢らせるわけには……」
往生際が悪い。
「とりあえず、今はやめてくれ。 不安になる。それより、病院は言ったのか」
無理やり論点をずらし、別のことを聞く。
微妙に不服そうだが、なんとかお金のことは有耶無耶にできた。
「いや、これから行こうと思ってるんですけど……」
「え、じゃあなんでこんなところにいるんだ。病院とは逆方向だぞ」
「……」
なぜか黙る。さきほどの涙もあったのでなにかやむを得ない理由があるのだろうか。迂闊なことを聞いてしまったかもしれない。
「(…………道が分からないんです)」
「え、なんだって?」
声が小さくて聞き取れない。
「(……道が分からないんです)」
「なんて?」
だから小さい。
「み、道が分からないんです!」
「……へ?」
「何度も何度も地図を見たのに、病院に一行にたどり着かないです!」
えっと、つまり……。
「方向音痴か」
「違います!」
「いや、だって」
「違うったら、違います! う、ゴホゴホ」
「分かった、分かった。違うんだな。大声出させてすまん」
そこまで否定する必要あるのか……?
だが、また問いただして、体調を悪くしてもらったら困る。
ん……? じゃあさっきの涙は道が分からなかったから泣いたのか? もしそうならかなり拍子抜けだな。そういう感じの涙ではなかった気がするが……。
涙の理由を聞きたいところだが、さっき怒らせたばっかなので自粛する。あまり、こういうことを他人が聞くべきではないだろうし。
「まぁ、病院は行く必要があるな」
「また迷いますよ……」
「俺が付いていけば、大丈夫だろ」
「……えっ、たどり着けるんですか?」
「みんながみんな方向音痴じゃないんだぞ」
◇ ◇ ◇
「あの……」
「ん? どうした?」
「なんで私背負われてるんですか?」
「病人に歩かせるわけにはいかないからな」
俺は彼女を説き伏せ無理矢理背負った。
字面だけみるとただのやばい奴だが、これにはしっかりとした理由がある。さっきも言ったが彼女を歩かせるわけにはいかないからだ。さっき、ベンチで立ち上がろうとしただけなのに倒れかけたくらいだ。この状態で彼女に歩かせるわけにはいかない。
俺の肩を貸すのも考えたが、こちらのほうが彼女の負担が少ないのも考慮して、背負うことにした。
これが一番の最適解だと思うので我慢してほしい。
路地裏などの人が少ないとこや俺の家などに連れ込まれ襲われるなどの心配もないように、できるだけ人通りが多いところを歩いている。
背中から柔らかいものが当たっているが気のせいにしておこう。うん、これは気のせいだ!
「恥ずかしいんですけど……」
「自分の方向音痴を恨め」
「方向音痴じゃないです」
頑なに方向音痴を認めないなこいつ。
あと、俺だって恥ずかしい。
あと、ずっと視線が痛い。さっきも言った通り、人通りが多いところを歩いているで、その分視線も多くなる。恥ずかしさで死にそう。
「あと……」
「まだあるのか」
「これで最後です。え、えっと……ありがとうございます」
そんな不器用なお礼に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「どういたしまして」
◇ ◇ ◇
さっきの会話から数分後、無事に病院に到着した。
「おい、着いたぞ」
「……」
「おーい、着いたって」
「……」
返事がない。どうしたんだと思い、振り返ってみる。
「寝てるし……」
彼女は俺の背中で眠りについていた。
美少女というのは、寝顔でさえかわいいので恐ろしい。
大分疲れていたので仕方がないとは思うが、普通、見知らぬ男の背中で寝るだろうか。
いや、普通なら見知らぬ男に背負われないか。
というわけで、起こすこともせずそのまま受付に向かう。背負ってることには驚かれたが、そこまで人数がいなかったためすんなり入れた。
彼女は病院のベッドで寝かされた。
俺は病院のソファで一息つき、時間を潰していた。
なんとなくスマホをいじっていると、看護師さんらしい人が近づいてきた。
「えーと、君は
なぜ彼氏という発想になるのか。
「いや、他人です。病院までの道が分からなかったみたいなので連れてきました」
「背負って?」
そこを突かないでほしい。
「色々あったんですよ。では、俺は帰ります」
「色々あっても、普通他人を背負ったりしないよね……やっぱ彼氏」
「違います」
そう言い残して、変に勘ぐられる前に病院から出る。
風邪を引いている彼女に密着してたので体調に気を付けておいたほうがいいだろう。
……ちょっと待て。あいつ、帰り道迷わないよな。
そんなことがよぎり、少し心配になってしまった。
だが、おれにはもう彼女がちゃんと帰れたかを確認する術はない。
彼女とは今日限りの縁だし、二度と会うこともないだろうから。
しかし、俺の頭の中で看護師さんが言っていたあの言葉がよぎっていた。
『えーと、君は
天野月、おそらく彼女の名前だろう。
「天野月……か」
俺はベンチで隣になった彼女の名を呟き、俺は帰路に着いた。
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