第3話 第三話:クリアランスとキャッシュアウト新しい株式
【口座名:多崎司】
【残高:零】
【保有株:星野花見(壱千株)・遠野幸子(壱千株)】
【上場銘柄数:五】
【株価指数:百五十】
【相場遊戯を御愉しみ下さい】
【備考:宿主の不手際により生命危機が生じ、本システムの信用毀損に至る事態を防止すべく厳に申し添える——宿主の所業はシステム本体に帰さるる事なかれ】
これは多崎司が異世界にて授かりし黄金の指、恋愛模擬...否、株式相場遊戯システムなり。
適格なる対象を認めし時、系統は自動的に大相場へ新株を登録す。初回発行数は一律千株、発行価格は十銭に定めらる。個別株価二百銭に登りし時、当該株は一万株を増発す。
多崎司が為すべきは、安値にて此等の株を買い集め、株価高騰の後に高値にて放つこと。得たる差益を以て、取引市場にて技と秘宝を購し、或いは再び株に投資し差益を博す。
如何にして株価を騰勢せしむ?
至極明快!
多崎司が諸株と良き交流を結び、好感の蕾を育まんとするに過ぎず。されど尋常の交誼は春雨の如く緩やかなるを以て、一晩の富を望まば「尾生の信」を為すべく、富国を期せば「胡蝶の戯れ」を為すべし。
されど此の道は人をして薄情の徒たらしむ!
而して薄情の所業...備考に記されし如く、不手際は命脈を絶つ危険を孕む。
薄情者たる? 此の生涯に有り得ぬ! 君子の交わりを結び、日々細やかなる羊毛を薙ぎて生計を繋ぐのみ。
多崎・節を守る・司は相場画面を閉じ、プレイヤー情報へと移る。
【氏諱:多崎司】
【知謀:八】
【風采:八】
【剛健:三】
【秘宝:無】
【奥義:無】
【常駐技:音律矯正・筆跡端正】
赫奕(かくやく)たる「三」の数字を視るや、多崎司は重き嘆息を胸奥より迸(ほとばし)らせぬ。
剛健唯々三とは如何なる事態ぞ?
常人の標準は五。三の剛健にて猛者と争わば、一拳を揮う(ふるう)も敵は地に跪(ひざまず)きて哀願す——君の逝去を乞い願わんと!
何ぞ風采を削り剛健に注がざる? 玉顔朱唇かくの如き重荷とは。蒲柳(ほりゅう)の質にして傾城の貌(かお)を備えし者は、歩む生贄(いけにえ)に非ずや?
煩悶(はんもん)極まりなし!
多崎司は今まさに護身の術を渇望す。居処(きょしょ)は元より治安悪しく、先週既に不良の徒に金品を掠奪(りゃくだつ)さる。今宵も魑魅(ちみ)等が門前に蹲(うずくま)り、君の到来を待つ。
画面を閉じ取引市場へ入る。今月の供物(きょうもつ)眼前に陳(つら)ぬ——
【鞭(皮革製):五百】
【銘柄分析機:壱千】
【庭球(免許皆伝):五万】
【剣術(奥義伝授):十万】
【知謀:十万】
此の五つの交易品は、二の道具・二の技・一の基礎属性と明瞭に分類さる。毎月朔日(ついたち)に陳列替えあり。今日は四月二十六日、すなわち余すところ四日にして新たなる品々現れん。
若し奥義の剣術を以て身を護らば、天下無双とは云わぬまでも、自衛の礎は堅からん。
多崎司が渇望するは【剣術(奥義伝授)】の技なり。されば今、株を現金(げんきん)に換えん。
【星野花見株 現在相場:四十】
師よ、慙愧(ざんき)の涙に暮るるも、生(せい)の安寧を思えば、今は君を手仕舞(てしま)いせざるを得ぬ。落胆せぬ事ぞ。相場落ち込まば必ずや満載(まんさい)にして君を迎えん!
【星野花見株保有数:一千】
【全売却可否?】
【星野花見株手仕舞済。獲得資金:四万】
次いで幸子姉……
多崎の視線は【遠野幸子株】へ注がる。
【遠野幸子株 現在相場:百十】
【全売却可否?】
【遠野幸子株手仕舞済。獲得資金:十一万】
手仕舞い終えし資金十五万を以て、多崎は躊躇なく【剣術(奥義伝授)】を購せり。
残金五万。
多崎は暫し思案し、本日新規上場の三銘柄へ全額投ずるを決す。後の二人の女生徒の名も知らぬが、古参の相場師(そうばし)として、此の新株に大いなる期待を抱く。
少なくとも……あのショートヘアの娘は堅実相場(かたじつそうば)なるべし!
三新株へ満載後の残金二万にて、銘柄分析機を手にせん。
【銘柄分析機:壱千】
【個別株の詳細情報を閲覧可】
この分析機は、明日ATF部の栗山桜良(くりやま・さくら)に用いようと多崎は画策す。
別段彼女を攻略せんとの思惑よりは、寧(むし)ろ彼女を深く知り、惰眠(だみん)を貪れる部活に潜り込み、己の為すべき時を捻出せんがためなり。
午後十時、多崎は歌舞伎町より百メートル足らずの路地裏の住処(すみか)に帰還せり。
路(みち)は狭く、幅一間半(いっけんはん)ばかり。灯(あかり)は朧(おぼろ)に、両舷(りょうげん)の空調室外機や変電箱、排水管が蔦(つた)の如く壁面に張り付く。
衛生も劣悪(れつあく)なり。地面は陰湿(いんしつ)に濡れ、道すがら無数の煙草の吸殻(すいがら)や弁当殻(べんとうがら)が散在す。電柱には『夜路に提げ鞄用心!』の警視庁貼紙(ちょうし)が剥(は)がれかけたり。
近隣の噂によれば、四月初旬より半月足らずで、此の界隈(かいわい)にて十件を超す強奪事件あり。
被害の多くは歌舞伎町勤めの女郎(じょろう)ども。暗がりの路地を独り歩む女の背後より、魔の如く現れた二輪車が鞄を掠(かす)め奪う。抗えば顔面か腹に蹴りを浴びせらるるなり。
斯(か)かる治安の腐敗(ふはい)した地を、多崎は斯く喩えり——民主主義の光すら届かぬ未開の密林(みつりん)なりと。
路地の突き当たりに、朽ちかけたアパート棟あり。外壁は斑(まだら)に剥落(はくらく)し、蔦が血管(けっかん)の如く這(は)い覆う。取り壊しの影に震えるが如き佇(たたず)まいなり。
その玄関前に、異様なリーゼント頭と、若僧(わかぞう)の金髪が蹲(うずくま)れり。年若き不良少年(ふりょうしょうねん)たるべく、暴力団員と見るには至らず。
多崎は路傍(ろぼう)の竹箒(たけぼうき)を拾い上げ、彼らへ歩み寄る。
剣の奥義を極めし身、竹箒を剣に見立てて何の不足あらんや。
「よう……帰ってきたな」
金髪が歪(いびつ)な笑みを浮かべ立ち上がり、多崎の肩を叩く:「こないだ小金(こがね)せびったら、今週給料日だからちゃんと持って来いよなって言うじゃねえか。そういう分の良(い)いガキ、最近珍(めずら)しいぜ」
多崎は淡く嗤(わら)う:「魚を釣るには、まず餌(えさ)を撒(ま)かねばならぬ」
金髪は首を捻(ひね)る:「はあ? 何言ってんだ」
「魚は愚(おろ)かなり。解いて聞かせど無駄なり」
「魚? どこに魚がいるんだよ?」金髪がきょろきょろと辺りを見回す。
「目前におりて、自ら魚の在り処(か)を問う」
金髪は呆然(ぼうぜん)とし、怒声(どせい)を上げる:「てめえ、俺を魚呼ばわりしやがったな!?」
「誤解なり」多崎は竹箒を握り締め、一瞥(いちべつ)を投げる:「汝(なんじ)が愚かなりと申すのみ」
「ケッ!」金髪が拳を振り上げんとす。
バシッ!
多崎の手にした竹箒が電光(でんこう)、金髪の脛(すね)を斬(き)りつけり。
「ギャアア!」金髪は脛を押さえ片足跳びす。が、空き缶を踏み、ガシャンと地に転がる。
リーゼント頭は呻(うめ)く小弟(こてい)を見下ろし、痩躯(そうく)の多崎を見据え、思わず自らのリーゼント頭を掻(か)きむしる。
何事なりや?
一週間見ぬ間に、数歩歩けば息切れする腰抜けが、何故かくも剣(つるぎ)の如きか?
多崎司は今し方叩き込んだ感触を反芻する。金髪が拳を固めし刹那、己は毫(ごう)も躊躇せず手を出し、些(いささ)かの違和もなし。あたかも幾千の戦いを潜り抜けた末に骨髄に刻まれた業(ごう)の如く。
この一撃は流れる如く、手応え爽快なり。つい第二撃を誘う。
「てめえ……!」
リーゼント男の怒号が炸裂す。
「パン!」
第二撃はその頭頂を捉え、高くそびえたつ髪を叩き伏せると共に、本体も地に這わせた。
激痛が脳髄を貫く。リーゼント男は頭蓋を揉み潰す如く押さえた。
「ぐあっ……疼(うず)きおる!」
多崎は竹箒を傍らに投げ捨て、一言の下に宣告す。「金(きん)」
「へ、へい!」
不良二人は逆らう術もなく、慌てて全身のポケットを漁り、百円・五百円の紙幣と銭貨(ぜにか)の山を畏(かしこ)まり多くも両手に載せて捧ぐ。他(よそ)の子から巻き上げた小銭の類いなり。
多崎は其中より三万円を掬(すく)い取り、淡(あわ)く言い放つ。「消え失せろ」
先週奪われた金額なり。余分の金に手を出す気はなく、正義の執行に興味もなし。
報復の恐れ?
笑止千万。
多崎は人性本善を信ず。されど再び刃向かわば——歯には歯を、倍返しだ‼
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