廻りゆく運命

「ここは……?」

 目覚めた狼刀ろうとが発した一言は、最初の転生時と全く同じ言葉だった。

 仄暗い闇の奥から感じる複数の視線。荒れ果てているであろうその場所は、老魔法使いと戦った廃城だ。

「よくきた。ゆうしゃよ」

 威圧感のある低い声がする。ペンキを塗ったような青い顔に、ギラりと光る蛇のような黄色い瞳。紫がかった白髪は、紛れもなく前回戦った老魔法使いだ。

 前回の流れから考えて、廃城ここの敵を倒すことには苦労しないだろう。だが、聖水を取り忘れれば、出口のアンデッドは倒せなくなる。それだけは避けなければならなかった。

 初期装備は、普段着と愛用の竹刀にふくろ。これも前と変わらない。

「おい、きいているのか。ゆうしゃ」

「あ、忘れてた」

 近くにいた魔物ろうじんの存在を思い出し、狼刀は竹刀を構えた。考えるのは、後回しだ。

「おのれ」

らえ」

 狼刀は愛用の竹刀で斬り掛かる。|老魔法使いは軽々と杖で受け止め、後ろに飛んだ。小さな声で何かを呟き、杖を前へ突き出す。その意図が理解出来なかった狼刀は、気にすることなく距離を詰めた。

 予想外の動きだったのか、老魔法使いは少し遅れて反応。竹刀と杖がぶつかり、乾いた音が鳴った。

 しばしの間、二本の木がぶつかり合う音だけが響き渡る。

 時々何かを呟きながら杖で戦う老魔法使いだったが、防ぎきれなかった一撃が頭に決まった。

「面!」

 両断された老魔法使いは、まもなく消滅。

「き、貴様よくも」

「許さんぞ!」

 周囲にいた魔物たちが、狼刀への怒りをあらわにし、襲い掛かる。

 狼刀は前回と同じように魔物たちの攻撃をかわし、あるいは受け流し、竹刀一本、一撃で倒していく。

 そして、狼刀一人だけが残った。

 その表情はまるでゲームは楽しむ子供のようだ。いや、本人にとってはまさにその通りなのだろう。ただのリアルなゲームの世界だ。


 狼刀は城の中を隅々まで探索した。

 カイザーシャークに対抗するためのアイテムがあると信じてのことだ。狼刀のいた世界には、信じるものは救われるという言葉がある。

「あった……」

 前回発見することができなかった宝箱を見つけたのは、偶然ではないのだろう。

 だが、鍵がかかっているのか、宝箱はひらかない。

 おそらくは、終盤にあらためて取りに来なくてはならない王家の何かだろう。今は放っておくしかない。

 そう判断して、狼刀は宝箱から離れた。

 その後、狼刀は皮の帽子、薬草、小さなコインなどを入手するも、カイザーシャークに対抗出来そうなものは見当たらなかった。

 これ以上は、無駄だろう。

 狼刀は、皮の帽子と伝説の聖水を装備し、城の外へと出た。


「貴様。どこから現れた」


 漆黒の鎧をまとい、手には斧と盾――あくまのきしが現れる。予想通りの遭遇戦エンカウントだ。狼刀は躊躇ためらうことなく、伝説の聖水をふりかけた。

「――――」

 声にならない悲鳴をあげて、あくまのきしが消滅する。RPGなら一区切りでセーブポイントがあるべきだと、狼刀は思った。

 が、現実にそんな便利な機能はない。

 その程度は理解していた。

「さて、どうするかな」

 小高い丘のようになっているその場所から辺りを見渡すと、ネプトンを越えた先に何かがあることに気がついた。

 順番を間違えたのか。

 RPGでは、攻略の順番を間違えるとストーリーが進まないことがある。その中には、負けイベントという基本的に勝てないイベントが存在するのだ。

 今回ネプトン負けイベントそれにあたるのではないかと、狼刀は考えた。

 ならばやることは決まっている。

 北東に見える場所に向けて、狼刀は動き出した。


 訪れたのは、第二の町。柵で囲まれてはいるものの建物はなく、草一つ生えてない荒れ野原。まるで荒野の一角に場所取りをしただけかのようだ。

 しかし、柵の切れ目に置かれた看板には【天空民てんくうみんの町 ワラフス】と書かれている。書かれているのだから、町なのだろう。天空民という単語も、重要性を感じされる響きだ。

 何かある。と、狼刀は直感した。


 もっとも、現在は魔王配下の魔物によって支配されているのだが。


 ホッチキスのような顔にチェーンソーのような両手、手榴弾のような脚と鎖のような尾。端的に言うなら、機械で奇怪な、二足歩行の鰐。

 それがこの町の支配者、エンペラーダイルの姿だった。

「狩りに時間はかけない主義でな。我が必殺技で終わらせてやろう」

 言い終わるやいなや、エンペラーダイルが両手を地面に突き刺した。チェーンソーの部分を高速回転させ、猛スピードで突撃。

 狼刀はその攻撃をなんとかかわすと、カウンターの要領で竹刀を振る。が、エンペラーダイルはすでに竹刀の届く距離にはいなかった。

「今度こそ、終わらせてやろう」

 エンペラーダイルは狼刀の周りを縦横無尽に駆け廻る。狼刀はすぐにその姿を見失った。

「遅いわ!」

「しまっ……」

 狼刀が気づいた時には、エンペラーダイルはすぐ近くまで迫っており、守ることすら出来なかった。エンペラーダイルは巨大なあぎとで狼刀に噛みつくと、両手を地面から抜き横回転デスローリングの要領で狼刀の体を喰い千切る。

 痛みはなかったが、腹部から下の感覚は失われていた。

 ゆっくりと意識が遠くなっていく。

 狼刀は走馬灯のように、自分の最初の死のことを思い出していた。

 

 結城ゆうき狼刀は高校二年生。部活は剣道部。趣味は、ゲームとアニメ。

 特別裕福ではないが、貧乏でもなく。家族の仲も悪くない、そんな家庭で過ごしていた。

 しかし、結城 狼刀は自宅の二階の窓から飛び降り、自殺を図った。

 狼刀はそこまでの記憶を取り戻した。


 自殺する動機なんてあったかな。そんなことを考えながら、狼刀は三度みたび異世界へと旅立った。


 ◇


「ここは……?」

 目を覚ました狼刀が発の第一声は、相も変わらず場所を確認するものだった。

 闇の中に感じる複数の視線。視界は優れないが、狼刀は状況を理解していた。始まりの場所――廃城に、三度みたび訪れたのだと。

「よくきた。ゆうしゃよ」

 低く威圧感のある声がした。その姿は見なくてもわかる。二度にわたって倒してきた老魔法使いだ。

「おまえに……」

 狼刀の経験からして、彼を倒すことには苦労しない。廃城内の敵は竹刀で一撃だし、聖水さえ手に入れれば、あくまのきしも簡単に葬れる。

 初期装備は、普段着と愛用の竹刀。これも変わらない。

「おい、きいているのか。ゆうしゃ」

 あ、また忘れてた。目立つ容姿をしているのに、なぜ忘れるのだろうか。

 そう思いながら、狼刀は愛用の竹刀で老魔法使いに攻撃を仕掛ける。

 魔物は、時々何かを呟きながら杖で応戦するが、防ぎきれなかった一撃が――面ではなく胴に――決まった。

 狼刀が掛け声を出すことはなかったが、老魔法使いの体はしっかりと斬り裂かれた。まもなくして、その体が溶けるように、消える。

「き、貴様!」

「おのれぇ!」

 周囲にいた魔物達が、雄たけびを上げ、狼刀に襲い掛かった。

 狼刀は今までと同じように魔物たちの攻撃をかわし、あるいは受け流し、竹刀で魔物を倒していく。

 最後に残ったのは狼刀一人だけ。

 口角がわずかに上がっているが、狼刀が意識してやっていることではなかった。


 狼刀は城内で回収しなければいけないアイテムを回収。所持アイテムは竹刀、皮の帽子、伝説の聖水、薬草――魔物から入手――と小さなコイン。アイテムの確認を終えると竹刀と聖水はふくろにしまい、城の外に出た。


「貴様。どこから」

 鎧をまとい、手には斧と盾。今までと同じように、あくまのきしがそこにいた。狼刀は、セリフの途中であったが、聖水をアンデッド・あくまのきしにふりかける。

「――――」

 声にならない悲鳴をあげ、あくまのきしは消滅した。

 ここまでは問題がない。

 狼刀は負けイベントの町――ネプトンとワラフス――を確認してから、それ以外の町を探した。しかし、ここから見える範囲内には他の町は存在しない。

 最初に行くべき町が、遠くにあるっていうのは珍しいな。

 それだけ思うと、北北西に向けて――他の方向は海だった――狼刀は動き出した。


 狼刀は三番目の町――というよりは、要塞ようさい――を訪れていた。入口の前に、岩の巨人がいて中に入ることはできていないが。

 戦うしかないのか。ここもはずれなのか。

 近くには洞窟があるだけで他の町はない。洞窟というのは往々にして次のステージへ行くものだ。つまり、この場所ですることが終わってから行くべきであり、よって今は関係ないと狼刀は判断した。

「シンニュウシャ――ハイジョスル」

 狼刀がそうこう考えているうちに、岩の巨人――便宜上ゴーレムと命名――は狼刀に襲い掛かってくる。狼刀を狙って放たれたゴーレムの拳は、狼刀にかわされ地面に当たり、その衝撃で地面が割れた。

 直撃してたら、ひとたまりもなかったな。狼刀はそう思いながら、ゴーレムの後ろに回り込みその背中に竹刀を突き立てた。

「グオォォォォォー」

 叫び声をあげ、ゴーレムは砕け散った。


 町に入った狼刀を出迎えたのは、一人の老人だった。白髪に白い髭、腰がくの字に曲がっていて、杖をついている。

 普通に、ゲームの長老のような老人だった。

「ようこそ、旅の方。あのゴーレムを倒してしまうとはお見事です。是非とも、この町の守護者しゅごしゃになってもらえませんか」

 これまたテンプレありがちな展開である。

 狼刀が耐えきれなかったかのように、吹き出した。

「な、なにか……」

「いえ、なんでも」

 笑ったせいで不審がらせてしまったらしい。

 狼刀は努めて真面目を顔を浮かべ、深々と頭を下げた。

「申し訳ありませんが、私には魔王討伐という目標があるので、お引き受けすることは出来ません」

 RPGにおける主人公は、魔王討伐のために断るのだ。老人――長老や村長は残念がりながらも、もてなしてくれる。

「そうですか。ではせめて今は、この町でゆっくりしていってください。お礼の品も用意しますゆえ」

 狼刀の予想通りの展開であった。狼刀は雰囲気を壊さないように、笑いをこらえて――まじめな感じで答える。

「心遣い感謝いたします」

 笑いを堪えきれなかったのか、狼刀はしばらく頭を上げなかった。


 その夜。町では宴が開かれた。

 狼刀が聞いた話によると、

 ここ、要塞都市サタナキは魔王軍の進軍から町を守るために、守護兵器ゴーレムを造り出した。ゴーレムは期待通りに魔王軍を寄せ付けず、サタナキを守っていた。攻めあぐねた魔王軍は、幹部の一人である天軍師の呪術じゅじゅつによりゴーレムを倒そうとしてきた。その結果、ゴーレムが倒されることはなかったが、魔物も人間も区別なく襲うようになってしまい、サタナキの人たちは困っていた。

 ということらしい。

 ゴーレムにまつわる話を聞き、狼刀は静かにゴーレムの冥福を祈った。

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