無双剣士の異世界魔王討伐

紫魔夜

プロローグ

 青年は白い部屋の中にいた。

 白くて、何もなくて、天井も壁も境界さえわからない部屋だった。そこにいる青年の実体もまた、曖昧だ。人の形をなしてはいるが、輪郭は酷くあやふやで水に溶ける和紙のよう。四肢に力は入らず、自由に動き回ることは出来ない。

 彼がいるのはそんな謎に満ちた空間だった。


「ここは……?」


 青年が発した声に、答える人はいない。人がいないというわけではない、人はいた。否、人という表現は不適切か。

 頭の上には光輪を浮かべ、白き翼を広げてふわふわと空中を漂う少女。肌や髪は紫外線を拒むかのように白く、純白の衣に身を包んだその姿は簡潔に表現するのなら、天使、だろう。

 そんな美少女天使は青年の声に答えることもなければ、目を開けさえしなかった。

「あ、あの、ここは……」

 青年が、今度は天使へと声をかける。

 瞳は閉ざされたままだったが、天使はゆっくりと口を開いた。

「ここは転生の間。本来は、死んだ人間を転生させるための面接をするところよ」

「え、死んだ? 面接?」

 青年がそう問い返すと、天使は瞼を開け、憂鬱そうな蒼き瞳で青年を見た。

「そ、死んだの。で、結城ゆうき狼刀ろうとさん、どこに転生したい?」

「どこって……」

「早く決めて。どこに転生したい?」

「え、いや……」

 天使はかなり一方的に話を進め、どこからか取り出した本に視線を落とす。

「あなた、剣道やってたのね」

「まぁ」

「じゃあ、魔王討伐にでも行って?」

「え? ま、魔王……」

「はい。転移先、決定」

「いや、……え?」

「だいじょーぶよ。やり直せるんだから」

 一方的、というよりは投げやり気味に話す天使。

 話の流れについていけない――自分が死んだことすら理解しているか怪しい――青年。

「じゃあ、いってらっしゃい」

 天使の一方的な通告に、青年――狼刀は一言しか返すことが出来なかった。


「いってきます」


 狼刀の冒険はこうして始まる。


「って。そうじゃなぁぁぁぁぁあいぃぃ!」


 始まるのであった。

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