【完結済】勇者は傭兵と秘密を紡ぐ

水谷イルー

第一部

第1話:物語は洞窟から始まる


 マーティは、額に張りつく夕日のような明るい朱色の髪を掻きあげ、三人の仲間達の背中を見つめた。


 彼らは洞窟に足を踏み入れてすぐ魔法を使う小型のゴブリンと巨大なオーガに遭遇し、つい先ほどまで激しい戦闘を繰り広げたばかりだ。



 ラヴェリア王国出身の平民、マティアス・ミルズ――通称マーティは、突然、王国から「聖なる力を持つ勇者」として選ばれた。

 それは、かつて世界を支配しようとした魔王の再臨を国が予期したためだった。


 一生縁などないと思っていた王城に呼び出され、勇者だの魔王だのと告げられたマーティに、戸惑う暇は与えられなかった。


 国によれば、第二の魔王となり得る闇の存在は、まだ繭のような段階であり、羽化するための力を蓄えているのだという。


 魔王の再臨を防ぐため、マーティらは王命で各地に存在する試練の祠を巡りながらも、魔王の繭が存在するという魔王城への長い旅を続けている最中だ。


 大役を任されて数ヶ月が経過したが、マーティ自身はいまだに自身に特別な力があるという自覚がなかった。


 旅に付き物である戦闘や、仲間との訓練によって、以前より強くなったような心持ちは多少あったものの、仲間の中では一番の非力なのだ。


 できることと言えば、小さな傷を時間をかけて塞ぐ魔法や、身体強化の補助魔法くらいだ。


 しかし、自分の力不足な点は、仲間達が十分補ってくれているし、自分たちより遥かに巨大な魔物相手に大きな怪我も負わずここまでやってこれた。

 マーティからすれば、最強の御一行パーティだった。


「魔法を使うゴブリンなんているのか。……あんなのがこの先ゴロゴロ出ると思うと、なんだか戻りたくなってきたな……」


 マーティは戦闘で負った傷を自身の魔法でもたもたと治療しながら、軽い調子で弱音を吐いた。


 ゴブリンは体力自体は少ないものの、この洞窟にいるゴブリンは魔法を使うし、数も多い。

 巨大なオーガは人のように大きな棍棒を振り回している。そのうえ、筋肉質な肌は剣を通さないほど頑丈だ。


「スフェルもそう思うだろ?」


 マーティの泣き言に反応して、先陣を切って魔物を攻撃した焦げ茶の髪の男が振り向く。


 スフェリウス――スフェルはマーティの兄であり、ラヴェリアの騎士でもあった。

 そして、第二の魔王が降臨を予期した国が勇者のお付きとして指名した仲間のひとりだ。


 激しい戦闘の後だったがスフェルは息切れひとつ起こしておらず、悠々と大剣を背中の鞘にしまった。


「戻るのは無理だと分かっているだろう、マーティ。このタダール洞窟は、魔王城跡地から生まれる強力な魔物が外界に漏れ出さないよう、結界で出入り口が封じられている」


 スフェルの言葉に、隣にいた髪の長い男、ネイロンが同調してうなずく。

 彼は王国直属の王宮魔術師で、国に指名された二人目の仲間だ。


「スフェリウスの言うとおり。結界が張られている間は人も洞窟から外界へ出ることができないし、商売の関係で結界を解除するのは、だいたい半年に一度という決まりがある。私たちは、そんな中で無理を言って入ることができたのだから」

「も、もちろん分かってますよ。俺も覚悟を決めてきたんですから……」


 戦闘で乱れていた銀色の髪を軽くすきながら言うネイロンに、マーティはたじろいで言った。


 今から向かう場所であるカルレイヴは、かつて魔王が君臨していたとされる悪の根城から一番近く、周辺に強力な魔物が存在する街というだけあって、守りは厳重だった。


 この洞窟から程近い町の町長の願いを叶えて信頼を得ることで、ようやくカルレイヴへの中継地点であるタダール洞窟への通行許可が降りたのだ。


 第二の魔王が存在するとされる魔王城跡地は、マーティ達の旅の最終目的地だ。

 そこへはカルレイヴを経由して向かう運びとなっている。


 不意にネイロンが、ため息を吐いた。


「しかし……これが結界の中の魔物か……。今までの雑魚と違って魔法も効き目が薄いし、なかなか手強そうだ」

「町長殿が言っていたとおり、魔王城跡地の近辺には凶暴な魔物が集まる傾向にあるようだな。彼らが恐れていた理由がよく分かった」


 そう言っている二人だが、マーティからすれば難なく戦闘をこなしているように思える。


 頼りがいのある二人に畏敬の念を感じながら、マーティは自身の握る剣を見た。

 定期的な手入れを施してある刀身に映るマーティの青緑の目には、憂いの色がうかがえる。


「どうした、マーティ」


 スフェルが尋ねる。マーティは、剣から視線を離さぬまま口を開いた。


「ここまで来ておいて、いまさらだけど……俺の持ってるこの剣、本当に神聖な力が宿る剣なのか? 旅に出てからずっと使ってるけど、そこらの剣の方がよっぽど切れ味がいいように思うんだけど……」


 聖剣クロン。

 魔王を倒す力を秘めているとされる、ドワーフが作った聖なる剣だ。


 勇者であるマーティであれば使いこなせる筈だったが、期待していた力も、別段感じられなかった。


 魔王城は目前だというのに、聖剣はマーティに特別な力を授けてくれるわけでもなければ、よくある伝説のように危険な場面で覚醒する気配もない。


「ふむ……。国からの話では、試練の祠への道筋を記した石碑を辿り、祈りを捧げれば、その刀身に魔を祓う力が宿る……とされていたはずだが、たしかに、なにも変わっていないように思えるな」

「スフェルもおかしいと思うだろ?」


 マーティが不満げに言う。すると、低い冷笑が遅れて響いた。


「あるいは、おかしいのはお前自身の実力……という可能性もある」


 嘲りに、マーティは声の主をぎろりと睨む。

 その視線の先にいる男は、三人目の仲間のオーグストだった。


 彼はスフェルほどではないが背は高く、ラヴェリア王国ではあまり見ない浅黒い肌と、薄っすら灰がかった黒い髪を持つ男だ。


 マーティに対して末っ子の相手をするように接してくれるスフェルやネイロンとは違い、オーグストの意見は率直で、マーティとは、たびたび衝突しがちだった。


「――オーグスト。あのな、こんなぼろの剣で戦えって方がどうかしてんだ! 一度、触ってみろよ。果物ナイフの方がよく切れるぜ」


 マーティが即座にオーグストに突っかかる。すると彼は、皮肉っぽく鼻を鳴らした。


「さっきから、選ばれた勇者様にしては不敬な言動だな。神罰をくらうぞ」

「いつからそんなに信心深くなったんだよ? そんな謙虚なところを見るに、勇者を手助けする旅の報酬がいらなくなったのか? オーグスト?」


 マーティが得意げに報酬の話を出すと、オーグストは苛立ったように一瞬こめかみを反応させて黙り込む。


 彼はもともと、最初に選ばれた仲間ではなく、試練の祠を巡る旅の途中で出会った傭兵だった。


 古代語を解読できる魔道具を持っていたオーグストに、その魔道具を借りたいと申し出たが、オーグストはそれを拒否した。


 なんとか貸してもらえるよう交渉した結果、魔王の再臨を防ぐため旅の同行と、古代語の解読を協力をする代わりに国からの多大な報奨を要求されたわけだ。


 最終的にオーグストはマーティたちの仲間となったが、態度は旅の最初と変わらず刺々しいままだった。


 応酬の途中で黙り込んだオーグストだが、彼は挑むような視線を向けるマーティを見下すような目で見つめ返した。


「それが手助けされる側の言い方か? 誰のお陰で祠まで辿り着けたか、よく考えるんだな」

「……フン!」


 勇者という肩書きが分不相応だということは、自分が一番、理解している。

 マーティがオーグストに反発してみせると、ネイロンが割って入った。


「まあまあ、ふたりとも……今は争っている場合じゃないだろう?」


 ネイロンは杖を握り直すと、まっすぐ前を差し示した。


 つられて、マーティとオーグストも同じ方向を見る。

 そこには、小さな石碑がぽつんと存在していた。


 石碑の四隅には、四枚の葉と光を表した特徴的な模様が彫られている。


「古代文字の石碑だ。オーグスト、一応だが解読を頼めるかい?」


 ネイロンの言葉に、オーグストが無言で懐からなにかを取り出す。


 一見すればなんの変哲もない懐中時計のようにも見えるそれは、古代文字を簡単に読みとることができる特別な魔道具アーティファクトだった。


「翻訳の魔道具……。いつ見ても不思議な道具だな」


 スフェルが興味深そうに魔道具を見ているが、マーティは恨めしそうにオーグストを見ていた。


(借してくれれば、旅に着いて来なくても良いのに。……ケチ)


 不満げなマーティの視線を察知したオーグストが、横目でマーティを見た。


「これは俺しか扱うことができない。そう言っただろう。ミルズ」

「お、俺はなにも言ってないぞ」


 ミルズと呼んだオーグストに、マーティと同じ姓を持つスフェルは頭に疑問符を浮かべている。

 だが、マーティは内心の文句を悟られたのかと咄嗟にオーグストに言い返していた。

 そんな様子に、オーグストは語るに落ちると言わんばかりだ。


「これを使っているときに余計なことは考えないほうが良い。心まで解読されたくなければな」

「なにを……え? そんな効果が魔道具にあるのか……?」


 オーグストの冗談は嘘か本気か区別がつかない。


 思わず深刻そうな声でマーティが聞き返せば、オーグストは嘲笑するように灰青はいあおの目を細めて背を向けた。


「冗談に決まってるだろ? 人の気持ちを読むなんて、禁術のたぐいだ。少しは気持ちを顔に出さないようにしたらどうだ? 勇者様」


 マーティは一瞬、大きな口を開いて怒る素振りをみせたが、考え直して冷静に腕組みする。


「お前も、余計な口を閉じて解読に集中したらどうだ」

「そう思っているなら、俺の解読の邪魔をするなよ」


(こいつ……雷を落とされてハゲれば良いのに)


 なんとか悪態を内心で留めたマーティを尻目に、スフェルとネイロンが石碑に近づく。マーティも遅れて二人に続いた。


 数秒の後、オーグストが手にしていた魔道具から、淡い緑の光が放たれる。


 それらは石碑の文字全体にゆっくりと浸透したかと思えば、古代語で記された言葉の上にぼんやりと光る文字となって浮かびはじめた。


 そこには今から向かう土地であるカルレイヴの起源についてが記されている。



 はるか昔、魔界に住まうひとりの魔族、カームレト――後に魔王と呼ばれる存在が、人間界を手に入れようと禁術で次元に亀裂を生みだした。


 裂け目の穴は混沌と呼ばれ、漏れ出す瘴気とそれらを好む魔物や魔族がこの世界を蝕み、戦火をもたらしたという。


 長い戦いの末、人間は天界に住まう万物の神、ネレデアに助けを請い、天に祈り続けた。


 すると、傷ついた人間たちを哀れに思ったひとりの天族、ユルーエルが天から現れ、光の力をひとりの人間、カルレイヴに授けたのだ。

 その力を持つ人間は『始まりの聖者』と呼ばれ、その力で魔の者を永遠に退ける聖域を作りあげた。


 勝機を見出した人間たちは、ようやく魔王を打ち倒し、長きに渡る戦いは終焉を迎える。

 聖なる町カルレイヴは、始まりの聖者の名にちなんで名付けられた聖地である――といった趣旨の内容だった。


 ちなみに――“聖域”は始まりの聖者によって作られた神聖な場所であり、“結界”のように人が人為的に張るものとは、異なるものだ。


「有名な伝説だね。カルレイヴ……私たちが目指している魔王城のすぐそばに存在するという、聖域で守られた街……」


 読み終えたネイロンが石碑に触れる。


 数行読んで早々に有名な伝説だと気づいたマーティは、石碑にあまり関心を向けず、肘でスフェルの腕を強く小突いた。

 不意のことだったが、スフェルはびくともせずに目線だけをマーティに向ける。


「伝説もいいけどよ、早いとこ洞窟を抜けてカルレイヴとやらに行こうぜ! 食堂でちゃんとした飯も食いたいしよ!」


 オーグストが呆れた様子で魔道具を懐にしまった。

 その瞬間、石碑に浮かんだ光の文字が粒子となって霧散する。


「まったく……街で休んだら魔王城へ出発だというのにお気楽な勇者様だな」


 マーティの能天気な発言にネイロンやスフェルは微笑ましい視線を向ける。

 実の兄であるスフェルの表情は、半ば呆れた様子だ。


 しかし長旅で疲労もそれなりに溜まっていたので、マーティに賛成する形で彼らは先へ進んだ。

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