第33話 曲折
「ヨーダ先生」
そう声をかけられ、振り返るとマット調査官がいた。
高齢であるけれど活動的で、警備兵長のロシェに自ら指示をだし、学園を細かく調べている。それはドライヤーが破裂する事件もあり、他にも細工がないか? ということを調べる目的であり、学園の運営には支障がないようにしながらも、裏ではルーシー事件に忙しく動いている。
オレも「何ですか?」と応じたが、あまり気乗りしないのは警戒心であり、貴族への嫌悪も雑じる。
「貴族のこと、調べているようですね?」
オレも驚く。それはフェリシアから、レイラの家にトラブルが起きている……と聞いて、手をつけたところだったからだ。
「生徒の家で、問題が起きているようですから……」
「ほう、ウェブスター家のトラブルについて、もうご存知でしたか……。中々の早耳ですね」
「その様子だと、調査官もご存知のようですね?」
「貴族の世界は狭いですから、老体の遠くなった耳にもとどくのですよ。ただ今回、ウェブスター家の問題はちょっと厄介でしてね」
「どういうことです?」
「作為的、ということです。貴族が国に収める税は、それこそ変動するのが一般的です。その年に不作だと、貴族が疲弊してしまいますからね。つまりそこに調整余地があるわけです」
「数字があいまい、ということですね」
「その通り。変な話、ズルをすればできてしまうものの、そこは互いに痛い腹は探らない、となっているのです」
「貴族同士の暗黙の了解を、誰かが破った……と?」
「そうなりますな。もしかしたら、これも聖女候補生への嫌がらせかもしれません」
マット調査官は難しい顔をする。
「ルーシー調査官以外にも、貴族の中にも聖女を害そうとする者がいる、ということですか?」
「反聖女派……。私も信じたくはありませんが、どうやら国内にそういう組織があるようです」
ユリア、二コラ……、それにミシェラ、バーバラ、クィネ、アイネス、ケイト、ライカ、リーリャが、職員室にいたオレのところにやって来た。
「私たち、先生のことを誤解していました」
ユリアがそんなことを言いだす。「貴族に優しくて、私たち庶民には厳しい、みたいな……」
「そんなことは考えていない。オレにとって、生徒は平等だ」
「この前、私たちが溺れたときも助けてくれましたもんね……」
どうやら、それがオレを見直す契機になってくれたらしい。あの「エッチ!」の反応も、オレへの反発がふくまれていたとすれば納得するが……。
「それに、先生は私たちにヒントも与えてくれましたから。あれから、私たちのマナの量も上がってきたでしょう?」
「確かに……。だが、注意しろよ。前も話したけれど、マナは生命力を転嫁し、それを魔力に換える第一歩だが、ムリにマナに換えすぎると、極度の疲労や体調不良を伴うことになるからな」
「そういうところです」アイネスが口をはさむ。「私たちのことを考えて、アドバイスをくれるのが、有り難いです」
アイネスはリーリャとともに、魔法においてはエリート組だ。彼女たちは着実に力をつけており、それが評価されたのか……?
いずれにしろ、庶民出身の聖女候補生たちが、こうして集合して感謝を伝えにきてくれたのは、嬉しい限りである。溺れた二コラとユリアを助けて、見る目が変わってくれたのなら、何よりだ。
ただ、そんな中で一人、仏頂面の子もいる。負けず嫌いのライカだ。彼女は十二歳にしては勉強も頑張っているし、歌やダンスだって練習を欠かさない努力家だ。でも魔法は努力ではどうにもならない部分もあり、さらに彼女は負けず嫌いが影響するのか、人に頼りたくない……との意識が強く、オレにもほとんどアドバイスを受けに来ない。
「ライカはどうだ?」
オレが訊ねると、口を尖らせながら「私は……私のやり方でやっているし……」と応じる。
「オレは、ライカはできる子だと思っているし、もうちょっとこうした方がいいんだよ、と教えながら授業をしたいんだけど、どうだ?」
ちょっと自尊心をくすぐられ、悪い気がしなかったらしく、ライカも「し、仕方がないわねぇ……」と、満更でもなさそうだ。
彼女はやっと魔法が少しつかえるようになったけれど、まだまだである。どうしても孤立し、一人でやろうとする傾向があるので、こうして巻きこんであげた方がいいと判断した。
「先生って、女の子の扱いがうまいですよね?」
ただ最年少のリーリャがいきなりそんなことを言いだすと、何だか雲行きが怪しくなってきた。
「優しいし、上手く私たちのことリードしてくれるし、たまにお尻をさわってくるけど……」
どうやらそれは、ドリコセファリスの山に登ったときのこと。お尻を押し上げてあげただけなのだが……。年上組にとっては初耳だったようで、目をさかしまにして睨みつけられる。
「不潔!」
そういうと、みんな去っていった。
こういうものは紆余曲折あるのが常だけれど、せっかく見る目が変わりそうだったのに、オレをみる目がまたエロ爺になったことだけは、曲折もなく、どうやら確実なようだった。
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