第31話 貴族の事情



 国王の子女といっても城にこもるのではなく、町にでることもできる。当然、護衛はつくが、物々しいものではなく、十人ぐらいの親衛隊と、馬車も装甲が分厚いものとなる。

 ただ、その馬車に乗る国王の長姉、レギーナは仏頂面を浮かべ、車窓を眺めつつ目の前に控える女性執事に声をかける。

「プロム……、国王の娘がこうして町を護衛付きですすんでいるのに、町の人間は誰もでてこないのね……」

 プロムと呼ばれた女性執事は、レギーナと同世代ぐらいのまだ若い娘であるが、表情を変えることもなく「その方が、警護はしやすいかと思われます」

 実務的な意見に、レギーナも苦笑する。

「どうせ、国王の娘を害そう……なんて者はいないわよ。だって、国王なんてお飾りだって、みんな知っているもの」

「お飾りではありますが、大事な役目でございます」

「分かっているわよ。私だって国王をめざす身。自分を貶めるつもりはないわ。でもこれが聖女だったら、国民は熱狂をもってこの馬車を取り囲むでしょう。今や聖女こそが国民の支持をうけ、国王や貴族は敬われもしないのよ」

「そんなことはありません。ただ、高貴な方々が表にでることを長く控えてこられた結果、国民にもその存在が希薄となっているのでしょう」

「表にでない? それはそうよ。権力闘争、利権争い、確執から罵り合うような姿を晒せると思う?」

 自虐的に、レギーナは笑う。

 彼女は国王の娘でありながら、決して居丈高になるタイプでも、権力をふりかざすタイプでもない。

 どちらかといえば理知的で、逆にそれが克ちすぎて感情が希薄、というところが目立つぐらいだ。

 プロムも幼いころからレギーナに仕え、そんな彼女をよく知る。

 レギーナには大きな喪失感があり、そのため世を斜にみるところがあった。自虐的だし、懐疑的にとらえ、愚痴っぽくなるのもその性質のためだ。

 ロディニア王国は緩やかな封建制をとり、王族の懐はかなり潤沢だ。でも、貴族が増えることで政治の場は混沌としており、それがレギーナにまた暗い影を落とすことも多かった。


「レギーナ様。今朝方、竜族への依頼が失敗した……との報告がありました。

 しれっとそんな報告をしてきたプロムを、レギーナはちらりと眺める。恐らくその報告を伝える機会をうかがっていた。自虐的になった今なら、怒りが外に向かいにくい……と判断したはずだ。

 プロムは頭がいい。執事としての申し分ない能力と、抜け目なさはある意味、怖くもあった。

 その訳知り顔は、時おりうざく感じるほどだが、有能な執事であり、レギーナも頼りにしている。

「気まぐれな竜族……。ここで一気に学園をつぶそう……なんて虫が良すぎ、ということね」

 そう、彼女がブレシド・セインツ学園を、竜族に襲わせようとした張本人である。でも、そこに拘泥するつもりもなく、すぐに「ウェブスター家への工作は?」と話を切り替える。

「今はまだ、態度を決めかねているようです。あそこはクォーター家と繋がりがありますから……」

「なら、もっと圧力をかけなさい。多少、法を犯すことをしてでも……」

 今、国王の後継争いをする中で、多くの貴族を抱えることは重要だ。でも、聡明な彼女が、そうした一貴族にこだわって陣営にとりこもうとする理由も、彼女が抱える闇にかかわる。

 それが分かっているから、プロムも何もいわず、静かに頭を下げるばかりだった。


 レイラ・ウェブスター――。今、もっとも聖女に近いとされる候補生である。貴族出身で、立ち居振る舞いにも品があり、歌、ダンスなど一通りこなし、何より絶世の美女である。

 人柄もよく、同じ貴族のセフィーとも仲がよい。セフィーがちょくちょく、職員室にいるオレを訪ねてくるので、そのとき一緒にいるレイラとも、よく話をする。

「レイラはどうして聖女になろうと思ったんだ?」

「私は……聖女認定委員会から指名をうけたんです。もちろん、断ることもできましたが、自分の可能性にチャレンジしたくて……」

 セフィーは親に反対されていたのに、それを振り切ったが……。

「レイラは家の人に、反対されなかったのか?」

「もちろん、私の家も貴族ですから、セフィーと同じで姻戚関係をつくる道具とされかねませんが、父が私の幸せを優先してくれる人で『好きなようになりなさい』と言ってくれたので……」

「いい父親だな」

 レイラはちょっと恥ずかしそうに「そうではないんです。ウェブスター家は大貴族というほどではありませんが、古い家柄なので、多くの貴族と姻戚関係をすでに結んでいるのです。今さら、私が頑張る必要もない、というか……」

 それにセフィーが付け加えた。

「私のレンブラント家のような新興貴族とちがって、ウェブスター家は格式と伝統があるのですよ」

「ただ古いだけです。貴族の家柄って、隆盛と衰退が常なのですけれど、うちは永くつづいてきた……それだけです」

 レイラの人柄や、どことなくほんわかとした雰囲気があるのは、そうした余裕のゆえかもしれない。

 ただ、そのウェブスター家に危機が迫っていることなど、このときはまだ知る由もなかった。














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