第27話 補修



「ユリアさんたちに、魔力アップの秘伝を教えたそうではありませんか⁉ 私たちにも教えて下さいませ!」

 フェリシアにそう詰め寄られ、補修を行うことになった。参加者はフェリシア、セフィー、ユリア、ミシェラ、バーバラ、クィネ、ライカである。

「私たち、あれからマナを増やす努力を欠かさないわ」

 あれ以来、ミシェラたちは時間があるとき呼吸法を試しており、そう胸を張るが、フェリシアは「私は最初から、マナが多くてよ」と、逆に胸を張る。

「おまえたちは、マナの量的には足りてきているが、問題はみんな、そこから先なんだから、変なところで争うな」

 オレがそう釘を刺して、補修がはじまった。


 この中で、詠唱列叙に挑戦するのはフェリシアだけだ。逆に言うと、彼女に適性がある、と思っていたら、そこで躓いている。ただ紋章軌道と、詠唱列叙にはそれだけ大きな壁がある。簡単に言うと、塗り絵をしていた子供が印象派の風景画に挑むようなものだ。

 フェリシア・レインフォード――。レインフォード家は名門として、国の重要な地位についてきた。

 だから彼女には親の七光り、貴族の立場を利用して聖女候補生になった……という悪評がつきまとう。それは聖女候補生になるのは十五歳まで、という慣例をやぶっている点でも、そんな噂に信ぴょう性を与えている。

 ただ、彼女が美少女であることも間違いなく、それに他の聖女候補生たちのまとめ役になっていることも確かだ。

「詠唱列叙が未だによく分かりませんの」

 フェリシアは紋章軌道なら威力は弱いが、すでに使いこなせている。

「想像力と、理解力の差……かな。紋章軌道は、描かれた紋章を辿ることで頭の中にイメージをつくる。それが魔術回路の構築という役をにない、魔法を発動することができるんだ。

 一方で、詠唱列叙は自らその魔術回路を構築する。それは詠唱の意味、役割を理解する、というのと同義だ。

 フェリシアはまだその理解が足りていない」

 彼女は不快そうに眉根を寄せるが、事実なので反論もできない。

「フェリシアは家庭教師を雇って、魔術を学んでいたんだろ? 言葉は悪いが、その家庭教師は安易な教え方をしたんだ。それに慣れてしまったから、詠唱列叙になった途端、分からなくなった」

「はぁ……。先生にはお見通しですのね」

 フェリシアにも、自分の弱点が分かっているようだ。

「この紋章術式大全、序章だけでいいから、読むことをお奨めするよ。そして、もう一度紋章を眺めて、その形の意味を理解するんだ。紋章に頼らずに魔法を発動できるようになれば、それだけでも加点になる」

 そういって、羊皮紙で書かれた古くて分厚い本を、彼女に手渡す。


 ライカはやっと少し、魔法がつかえるようになった段階であり、伸びしろしかないけれど、負けず嫌いの彼女にはまだまだ物足りない。

 だから、ユリアたちとも衝突する。いわゆる底辺争い、という奴だ。しかもライカは一人で突っかかっていくが、ユリアたちは四人で応戦するので、明らかにライカの方が分が悪い。

 セフィーはおろおろするばかりだが、そこでフェリシアが「お止めなさい!」と、ビシッと締め、すぐ騒動は収まった。

 セフィーも貴族だけれど、それはフェリシアだけがもつ威厳。

 他の子たちも、フェリシアに言われると従ってしまう。それは貴族だから、というより、彼女には人を従わせる何かがあるからだ。


 補修が終わった後、フェリシアが廊下を歩くオレに近づいて来た。

「申し訳ございません。出過ぎた真似をいたしまして」

 オレも笑って「むしろ助かったよ。ありがとう」と応じる。

「それより、フェリシアは年齢的にもそうだが、みんなのお姉さんのようだけど、何か理由があるのか?」

 直球の質問にも嫌な顔をみせず「それは恐らく、私に母親がいないからですわ」

「いない?」

「幼いころに亡くなったのですわ。でも、幼い妹の面倒をみていた……というより、家のことをしなければいけなくなった面が大きいですわね」

「家のこと?」

「貴族として地域の取りまとめ役を担うのですわ。母が亡くなってから、私が一人で取り仕切っておりました」

「苦労人?」

「貴族ならするべきこと。母がするはずだったことをしていたまでです。でも、そのことで聖女への応募が遅れてしまった。その役割を継いでくれた妹のためにも、私は聖女になりますわ」

 きっと妹も、姉の夢と苦労を知って、送りだしてくれたのだろう。フェリシアの強さの本質は、貴族でありながら苦労が絶えなかった、その生い立ちにあるのかもしれない。

 そのとき、フェリシアの動きが気になったのか、他の聖女候補生たちが覗き見していたのだが、バランスを崩して廊下に飛びだしてきた。

「な……、何をしていますの、みなさん⁉」

「フェリシアさんが、愛の告白をするのか、と……」

「私が先生に? じょ、冗談じゃありませんわ! 何でこんな唐変木と……」

 それはツンデレの対応……と思ったが、ロイドがいなくなり、若い男がオレだけになって、恋愛ネタにされやすくなった。ただマジ対応をされると、オレも困ってしまうのだが……。






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