第23話 衣装



「先生。今日は折り入って、頼みがあります」

 ユリア、ミシェラ、バーバラ、クィネが廊下を歩いていたオレをつかまえて、そう迫ってきた。

「私たちの魔法、鍛えてください!」

 以前、才能がないと断じたが、自分たちより才能がないと思っていたレイラが詠唱列叙を使えるようになり、自分たちも……と思い直したようだ。

「前もいったが、お前たちには才能がない。それは生命力をマナに転換する際、マナを入れておく器が小さいからだ」

「大きくすることはできないんですか?」

 ミシェラが尚も食い下がる。

「可能性はある……。だが、大変だぞ」

 そしてユリア、ミシェラ、バーバラ、クィネの四人に、特別授業をすることになった。

「生命力をマナに転換するとき、マナには容量の制限がかかっている。それはむしろ生命維持、過大なマナへの転換を防ぐ、安全弁のようなものだ。だからそれを増やすとは、安全弁の位置を変え、危険になることを意味する」

 そう前置きしたが、四人に怯む様子はない。それでオレも話をつづける。

「ハッ、ハッ、ハッ‼ 腹から息を一気に吐きだす。ハァ~とゆっくり吐くより、連続して吐く方が、すぐに肺の中を空っぽにできるから、時間短縮にもなるのでお勧めだ。

 その状態で、マナへの転換をする。息を吸ってしまったら失敗。また息を吐きだすところからスタートする。

 これで一朝一夕でマナの容量が増えるわけではない。むしろ苦しくて、途中で止めたくなるだろう。それでもやるか?」

 オレが見回すと、みんな真剣なまなざしで見返してきて、しっかり頷く。彼女たちもやっと、聖女候補生としてやる気がでてきたようだ。

 座学の成績、声楽、ダンスなど、四人は劣等生だけれど、魔法で挽回したいと考えているのだ。

 オレも師匠、エクセラからずっとやらされた。魔法学の講師になる、と誓って努力しつづけていたら、初日の炎の魔法で大炎上……となったのだ。


 ドリコセファリス神殿詣でも済んで、愈々、聖女への本格的な教育がはじまる。

「歌唱の講師、ステラ・ワイナーです」

 声楽と歌唱で授業が分かれるのは、声楽が基礎、歌唱が応用といった区別がされるためだ。

 ステラもベテランの域にあり、ルーシーが聖女になったころ、同じ代で聖女候補生だったらしい。

「彼女は優秀です。歌だけなら、間違いなく聖女になれたでしょうね」

 ルーシーは嬉しそうに、旧友のことを語る。

「何か問題が?」

「ダンスが……。それでオペラに移ったのですよ」

 この世界でも数少ない娯楽として、オペラなどの舞台演劇がある。聖女候補生たちのセカンドキャリアとしても、演劇は存在する。

「私はもう、オペラは引退したのよ。喉の病気になって高音がつづかなくなったのでね。今はオペラでも、後進の指導をしています」

 ここ数回、歌唱の講師として択ばれており、ジン・カリベとも面識がある。

「どういう人物でした?」

「物腰が柔らかく、いい方ですよ。ただ、魔力の低下については悩んでいましたね。技術力でカバーしている、みたいな話はしていました」

 なるほど、それが今回の魔法学講師を、オレに交替した理由か……? もうかなり高齢のはずだから、生命力が落ちてくれば、魔力につかうためのマナの生成量も落ちる。

「しかしだからこそジン・カリベがそうほいほい、動き回れるはずがない……と思うのですよ」

 ルーシーもそう首を傾げるばかりだ。


 歌唱の授業がはじまったことで、衣装のモーリー・セネカが仕立てた、ステージ衣装がお披露目された。

「先生、見て下さい!」

 オレのところにセフィーとレイラが駆けてくる。衣装を着た姿を真っ先に見て欲しいらしい。

「おぉ、かわいいじゃないか」

 オレも世辞ぐらいは言えるが、このときは本当にそう思った。それはこの国で選りすぐりの美女であるから当然なのだが、セフィーは眼鏡女子であり、その眼鏡をかけていても衣装が映える。

 ふりふり、スパンコールできらきら、ちょっと制服っぽい感じもアイドル衣装そのものだ。

「でも、ちょっと足をだすのが恥ずかしいですね」

 レイラはそういってもじもじする。この世界で貴族は長めのスカートを穿いて肌をみせないのが一般的だ。

 衣装の授業とは、この衣装を着ることだけではなく、直しも学ぶ。最終的には衣装を自分でつくるところまでやるそうだ。

 スタッフも限られるので、聖女自ら衣装直しまでするらしい。 

「私たち……聖女にみえますか?」

「あぁ。今、聖女と言われたって、納得するよ」

 二人とも飛び跳ねて喜んでいる。オレの評価なんて大して価値はないが、身近な大人にそうみられるのが嬉しいのだろう。

 こうした衣装の効果もあって、聖女候補生たちもお尻にムチが入ってきた。ユリアたちが魔法に積極的になったのだって、こうした衣装を着て、ステージに立ちたいからだ。

 聖女候補生たちがそうやって、聖女へのあこがれを強める中、オレも魔法学講師として、学園に起きるトラブルを何とかしないと……。果たしてジンが今回の件にかかわっているのかも含め、情報の少なさを改めて痛感していた。

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