第6話 聖女にもっとも近い子
聖女候補生になれても、聖女になれるとは限らない。このブレシド・セインツ学園での成績が加味され、候補生のうちのおよそ三割が聖女としてデビューする。
だから一緒に学ぶ候補生はライバルであって、仲間ではない。そのため行き違いも起こる。
そんな中、聖女候補生の中でもっとも聖女に近い……とされるのが、レイラ・ウェブスター――。
十四歳で貴族の出身、誰もが一瞬で恋に落ちる……とされる抜群の美貌とスタイルをもつ。
歌、踊りも一通りはこなせるし、教養部門も優秀。デビューが近いのは、誰の目にも明らかだ。
ただ一点、魔法の適性はからっきし……。
未だにマナへの変換さえうまくできず、魔法をつかうどころではない。
副教科なので、魔法がつかえなくとも聖女にはなれる。しかし、魔法がつかえない聖女……となったら、魔法学の講師であるオレの名折れだ。
「魔法学で補修とか、正直あまりうれしくないのですけれど……」
フェリシアがそう苦情をいうが、補修と称して校庭に集まったのは五人。
最初から魔法がつかえたアイネス。魔法に関する知識をもつフェリシア。それに最年少のリーリャ。十二歳で庶民の出である二コラ・ビスカ。そしてレイラ・ウェブスターである。
「魔法がつかえると、聖女としての活動の幅も広がる。例えば、火魔法をつかって、夜空に火花を散らせてみせる……とか、水魔法で夏に、観客に向けて水をまく……とか。
もちろん、スタッフに魔法を肩代わりしてもらうこともできるが、ファンは聖女が放つからこそ、そこに価値をみいだす。スタッフがだした水を浴びても、嬉しくないだろ?」
そう言われると、文句をいう子もいないが、ダメ押しで「ここに集まってもらったのは、オレがみこんだ魔法適性が高い五人だ。そこでキミたちには詠唱列叙を学んでもらう」
魔法を行使する上で、二本柱である紋章軌道と、詠唱列叙。その中で難しいとされるのが詠唱列叙であり、五人にはそれをする資格がある……と自尊心をくすぐられ、みんなも悪い気はしていないようだ。
「詠唱列叙をつかうとき、紋章を思い浮かべてもいいが、大切なことはその紋章の意味を知っておくこと。これは古代語で記された、詠唱の意味を知る……ということでもある。
単語まで理解すると、応用も可能となるので、紋章軌道より華やかなライブにすることもできる」
みんなも目を輝かす。今はまだライブの実践まですすんでいないが、ライブ力も聖女になるためには、重要なアピールポイントだからだ。
この五人に、魔法では落第であるレイラを呼んだ理由――。
「キミはマナへの変換ができていないが、詠唱列叙にはその過程が不要だ。はっきりいうが、他の子は適性があると思って呼んだ。でもキミは、紋章軌道への適性がないから、この補修に呼んだ。逆説的だが、キミは詠唱列叙でしか魔法をつかえない、と思っている」
レイラも顔をひきつらせながら「分かりました」と応じる。オレにビビッていることもあるが、頭のいい彼女のことだから、魔法に関して自分のおかれた立場は理解してくれただろう。
他の四人、やはりリーリャは見こんだ通り、詠唱列叙をすぐにつかえた。
フェリシアが面白がって「あの木に向かって、魔法を放ってみてもらえます?」とリーリャにいうのを耳にして、オレは「やめろッ!」と、びっくりするほどの大声をだしてそれを制したので、みんなが驚いて固まっている。
「いいか。魔法というのは〝調和〟が大切なんだ。理不尽な力を、理不尽に行使できるからこそ、その力の使い方については考えないといけない。
あの木が育つのに数十年、下手をすれば百年を超えているだろう。そうしたものを魔法の試し撃ちで枯らしてしまうようなことは、魔法をつかう者の責任として絶対にやってはダメだ!」
これはこの世界だとエルフ族の考えに近いが、要するに〝環境〟という意識がまだ浸透していないのだ。
オレは鬼族で、元の世界の常識でもあった環境意識をもつけれど、科学技術が自然環境に与える影響と、魔法が与える影響は似る。だからこそ、魔法をつかう者にそうした意識を根付かせるのも、魔法学講師として大切だと考えている。
オレが怒った理由が分かり、一応みんなも落ち着いたけれど、変な奴だと思われる可能性もあった。
ただでなくともコワモテで、候補生たちから恐れられる存在だ。
でも、そんな中でレイラが少し頬を染め、目を丸くしてオレを見つめる。
「ん? どうした?」
「い……いいえ、別に……」
何だか分からないが、彼女たち貴族にとって、こうして怒られることなどこれまでなかったはずだ。
このロディニア王国も例に漏れず、特権階級をつくり、貴族は人々より良い暮らしをする。
セフィーの家もそうだが、貴族はこの世界で我が物顔で生きているのだ。
怒られて、惚れた? そんな勘違いをするほど、オレも若くない。それに聖女は恋愛が禁止であり、候補生たちも同じ。こんなところで聖女になる資格を捨てることもないだろう。
オレは貴族だろうが、お構いなく怒るときは怒る。そういう先生を目指している。
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