聖女候補生と、転移してきた〝鬼〟教師
巨豆腐心
第1話 ブレシド・セインツ
序
ここは異世界――。オレは教壇に立っている。
目の前には大学の講堂のように、扇形に広がった階段状の机に、生徒たちがすわっている。
全員が女の子――。なぜならここは〝聖女〟を育成する、ブレシド・セインツ学園だから。
この世界では〝聖女〟と呼ばれる女の子たちが存在する。それは、オレの認識からすると〝アイドル〟そのものだ。
みんなの前で歌い、踊り、そして癒しを与える存在――。
聖女養成所とは、いわゆるアイドル育成機関なのだ。オレはそこで教師として働いている。
ただ、オレには事情もあって……。
オレは転移する前、教師だった。
でも夢と希望に満ちていた期間は三ヶ月ともたず、現実におしつぶされた。
繰り返される研修、意味のない懇親会、教師間の人間関係のぐちゃぐちゃ、学校に介入してくる親の存在――。
膨大な事務作業、生徒が近隣住民とトラブルになった……といえば、頭を下げてまわり、うちの子だけが正しい、と信仰めいた確信をもつ親から浴びせられる、云われなき罵声――。
子供と向き合う時間とて癒しにならず、惰性で過ごしていたそんなある日――。
先輩教師が逮捕された――。盗撮、下着窃盗、性加害、買春――。わいせつ教師のフルコースだ。
学校として対応しなければならず、その膨大な作業量がのしかかってきた。
親にむけた説明会を開き、そのたび頭を下げて、子供たちの心のケアをするための専門スタッフを派遣する……などといっても、教師の心のケアまでしてくれるわけではない。
上から目線で、面倒くさい仕事をすべて押し付けてきた、いけ好かない先輩教師のために怒られ、深く、深く謝罪する。泣きたいのはこっちだ。
しかも、その事件が契機となったようで、三年前におきた、学校ぐるみでイジメを隠蔽した件が掘り起こされ、世に出てしまった。
オレはまだ赴任前であり、オレ自身が追及されることはなかったけれど、ほとんどの教師が加担しており、その膨大な事務処理のほとんどを、オレ一人が対応することとなってしまった。
毎日、毎日、徹夜で作業をして報告書をつくり、教育委員会に説明をし、親への説明会をひらき、頭を下げてまわる。
子供たちからもひどい言葉を投げかけられ、そのたびに頭を下げた。
問題を起こした教師たちは、矢面に立たなくていい。何の問題も起こしていない、関係ない教師にこうして大変な作業がふりかかり、疲弊していく……。
一ヶ月以上、不眠不休で働きつづけて、頭を下げつづけたオレは、職員室で自分の机にすわって作業をしていたとき、急に激しい胸の痛みに襲われた。身体の内側、胸の奥底からまるで殴りつけられるような、連続したドン! ドン! という痛みに、思わず天を仰ぐ。
その瞬間、オレは絶命していた。
見開いた目は、もうどこも見ていない。白目を剥いて、その白目も毛細血管が破れているため、真っ赤だ。
口は絶叫したかのように開くが、実際は叫ぶことすらなかった。ずっと呼吸をしていなかったから……。
オレは目を覚ます。転生……否、転移か? そこは森の中、ちがう世界にきたことはすぐに植生で分かった。
ただ、身体の一部が変化していることにも気づく。おでこから、小さな角が生えていた。
これは後で知ることだけれど、転移者にはチート能力と角が与えられ、この世界では〝鬼〟と呼ばれる。
もちろん、鬼族とされる転移者は、人族と一緒にいることはない。
それはチートな能力をもち、人族など軽く凌駕する力を発揮するのだから、一緒になどいられない。
でもオレは、人族に近づいた。
それは、まだ教師に未練をもっていたからだ。
子供たちともう一度、本気で向き合いたい……。鬼族は転移者であり、教育機関というものはない。
それをもつのは、人族だけ……。
オレは身分を隠して、人族の世界へと入っていった。
しっかりとした教育機関としてあるのは、聖女候補生を育成するブレシド・セインツ学園だけ……と聞いて、採用試験をうけた。
オレはチートで、魔力値がかなり高いこともあり、魔法学の講師として採用されることとなった。
まだこの異世界に馴染めておらず、一般的なルールや教育水準も分からず、ふつうの教科でなかったのは仕方ない。むしろ魔法学は鬼族、人族と共通で、その点も有り難かった。
とにかく、念願の教師にふたたびなれたのだ。今度こそ……。
オレはそんな希望に満ちていた。
ただ、この世界の〝聖女〟というものを、オレは知らなかった。甘く見ていた……といってもよい。
歌って、踊って、人々に癒しを与える存在――。そのために、高い教養、素養を身につけ、さらに魔法でも魅了する。
つまり〝完璧〟をめざす、ということ――。
それがどれほど困難で、大変なことか……。
これは鬼となっても教師をつづけたかったオレが、聖女候補生という少女たちと、向き合っていく物語。
ただ、思春期の少女たち……、特に完璧なんてものを目指すことが、どれほど大変かを、この後〝鬼のように〟思い知ることとなる。
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