第三部 地の果てと空の深淵 第十話

俺は、重要人物だけに作戦を知らせ、準備ができ次第、火星に向けて出発することにした。

江橋、涼子、クランプ、トリフト、パーティン、スタンリー、メヒデア、そしてマダムとナイトレイ。この作戦は最大の肝となる。知っている人間は最小限にしたい。

順に彼らを訪れ、今回の作戦を告げた。

「地底人主導で製造している反重力装置は強力な武器としても使えることが分かった。逆制御で強力な重力を発生できるんだ。おそらくだが、それで敵艦の半数以上は火星近くで迎撃できると考えている。残りも地球への道すがら迎撃してくつもりだが、ある程度は地球に到達するだろう。それは君たち地球人が反重力装置で撃滅してほしい。」

いつも無表情のパーティンが目を見開いた。

「・・・君は、火星まで行くのか?宇宙船を迎え撃つために、そこまで・・・。」

「奇襲だよ、奇襲。幾らかは俺が脅したような形で参戦させた国もあるんだ。そのくらいの責任は取るさ。」

パーティンはぐっと詰まったように俺を見ていたが、しばらくして絞り出すように答えた。

「わかった。任せてくれ。私の命に代えても期待に応えるとしよう。」

「ありがとう。これは、君を含む数人にしか伝えない。この事は誰にも言わないでほしい。」

「わかった・・まさか君にこんな事を言うとは思わなかったが・・・死ぬなよ。」

俺はパーティンと握手を交わしてからヨーロップに向かった。

スタンリー、トリフト、メヒデア、クランプ、そしてマダムとレディに同様の話をして最後に日本国の官邸に向かった。

「そうか。行くか。」

江橋が俺をじっと見て呟くように言った。その横では涼子が何も言わずに下を向いている。

「・・帰って来るのよね?」

声を絞り出すように涼子が聞いてきた。

「当たり前だ。俺は死なない。だが・・この身体は別かもしれない。」

「・・どういうこと?」

「須山の身体だ。傷つかないように細心の注意を払うつもりではいるが、宇宙空間では何が起こるかは分からない。それに・・」

江橋があとを引き継ぐ。

「そうだな。啓治のところにも顔を出しに行くんだろう?」

「ああ。なので、この身体はここに置かせてくれ。明日には戻ってくる。」

「わかった。じゃあ、明日。」

俺は部屋のソファにゆったりと座ってから須山の身体を抜け出し、部屋を出た。

「・・総理、これって・・?」

「うん。SBがこれから行くのは須山の兄の墓だ。」

涼子が江橋をじっと見て続きを促した。

「君は知らないか。11年前の宇宙人との戦いのとき、須山の兄、啓治が自ら志願してSBに身体を預けたんだ。啓治はSBに惚れ込んでな。知ってると思うが、SBは実体がないと思うように戦えない。啓治は地球を守るために死ねるのなら本望だと言ってSBに迫った。SBは彼の心意気に応じ、霊媒師の大山を使って無理矢理SBを啓治の中に入れ込んだ。その時点で啓治の脳は少なからず損傷を受けていたのかもしれないが、SBは戦いが終わったあとは啓治に五体満足な身体を返すつもりで全力を尽くした。」

「・・・無理、だったんですね・・須山啓治さんは、どうなったんです?」

「亡くなった。正に満身創痍といった状況でな。だが、啓治は最後までSBに感謝していた。自分が生まれてきた理由が分かったと。」

江橋と涼子が須山啓治の思いを噛みしめていると、突然、別の声が聞こえてきた。

「・・そのとおりです。兄は死ぬ間際まで楽しそうに宇宙人との戦いについて話していました。私は、そんな兄が羨ましかった。」

いつの間にか目を覚ました須山が江橋の言葉を引き継いだ。

江橋はそんな須山をじっと見ながら

「だがな、祐介。SBはおまえの身体を使って戦うのを躊躇している節がある。そりゃそうだろ。11年前のことだって啓治は一時期こそ脚光を浴びたがその後はニュースにもならないし、歴史からも消えてしまった。それをSBは今でも悔やんでいる。」

須山は江橋を見て微笑んだ。

「江橋総理。SBに伝えておいてください。私は兄と同じ道を歩みたい。人類のために戦えるのです。自衛局の私にとって、これ以上の名誉はありません。向こうに行っても胸を張って兄と美味い酒を飲みたいんです。お互いの検討を称えながら。」

江橋はもう何も言えずにじっと須山を見ていたが

「わかった。立派にやり遂げて来い。お前と啓治の名前は人類存続の記念碑として祀ってやる。安心しろ。」

江橋が抑えたような声でそう伝えると、須山は再び笑みを浮かべ嬉しそうにしていた。そして、

「涼子、さん、ですね。」

須山が涼子を見て尋ねた。

「はい。町田涼子です。あの・・」

「すぐ分かりましたよ。凄く素敵な方だ。SBが惚れ込むのも無理はない。もっとも貴方は私のタイプでもありますが。須山です。宜しくお願いします。」

何故か涙が止まらなくなった涼子は嗚咽しながら須山に返した。

「・・必ず・・必ず、無事に帰ってきてください、SBと一緒に元気に帰ってきてください。」

それだけ言うと、涼子はその場で泣き崩れた。



俺は須山啓治の墓に行き、今回の報告をした。

兄弟両方の命を預かることが、どれだけのことか分かっているつもりではいるが、これから死を賭けた戦いが始まる。今さら他の宿主を使うわけにはいかないんだ。一瞬の隙が致命的なミスとなり、それは人類の滅亡に直結する。おまえの弟以外では、俺は戦えない。いや、勝てない。約束はできないが、出来るだけ弟は無事に返せるようにする。祈っていてくれ。

墓前にしばらく佇んでいると、11年前の須山啓治の豪快な笑い声が聞こえてきたような気がしてきた。

そうだな。こんなのは俺らしくない。さっさと片付けて、美味いもの食ってくるわ。そのときはお前の墓にもいい酒を持ってきてやる。期待して待ってろ。

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