第三部 地の果てと空の深淵 第七話
ナイトレイとはすぐに会えた。
難しい顔つきをしながら、会った早々、彼は俺に尋ねてきた。
「SB、彼らが火星をテラフォーム出来るというのは本当だろうか?」
それは俺もずっと気にはなっていた。そもそも火星の今の重力ではどれだけ空気を作っても、それを地表に留めておくことが出来ない。それに、他にも重要なことがある。地球が持っている磁場だ。
この磁場のおかげで地球は太陽からの強烈な放射線を防いでいるのだ。この二点が解決されない限り、例え火星に移住したとしても永遠に安全に守られたドームの中でしか生存できない。
「もしそれが可能だとしても、我々を滅ぼすつもりの奴等が、そんな設備まで運んで来るのだろうか?仮にそうだったとしても、火星のテラフォームにどれだけの必要時間を想定しているのか。それが例えば1年だったとして、その間、我々は何処でどうやって生きていくのだろう?」
もっともな疑問だ。俺としたことが少し性急過ぎたかもしれない。
「これからコンラッドに会いに行こう。君も一緒に来てくれ。」
俺が促すと、ナイトレイはすぐに側近をもう一人呼んで、3人で彼のところに向かった。その途中でナイトレイが更に疑問を口にした。
「残念ながら我々の性質上、宇宙に関する知識は地球人のそれよりも劣っている。我々には天文学に関する知識もロケットを打ち上げる技術も持ち合わせがないからだ。それでも地球上の人類がこれまで宇宙について調査してきた内容は把握しているつもりだ。君は地球類似性指標(ESI)という言葉を知っているか?」
「もちろん知っている。火星のその指標は0.69に過ぎなく、数値を1に持ってくるには相当の労力と時間がかかるだろうこともな。」
「そうだ。例えば現在分かっているESIが高い星だとティーガーデンbやケプラー1649cがある。そこだと、地球からはそれぞれ12光年と300光年の距離があるが、あいつ等の科学力であれば行くこと自体はなんの問題もないはずだ。彼らは何故、そこに行かない。そこであれば火星よりは遙かに容易くテラフォームが可能なんじゃないかな。」
「・・ティーガーデンが確か0.95,ケプラーが0.93だったよな。うん、確かに俺もそう思う。それともあいつ等にとって地球が最適だとする他の理由があるのだろうか?まあ、コンラッドの話を信じるとするなら、地球は彼らにとって故郷のようなものかもしれないが・・。」
「・・郷愁・・か。分からないでもないが、その彼らの感情を満足させるために我々が追い出されるとすると、ちょっとやり切れないな・・。」
郷愁・・果たしてそんな感情があいつ等にあるのだろうか?同盟星人と違って、あいつ等には感情も哲学らしきこともあるとは言っていたが、それなら、あそこまで地球人が複雑だと言うことを何度も口にしたりはしないのではないだろうか。何より彼らが重んじるのは合理だ。考えれば考えるほど、何かがおかしいと思い始めてきた。
俺たちがコンラッドのところに行くと、相変わらず彼は本を片手にリラックスしていた。
俺たちが入って行くと、彼はにこやかに迎えてくれたが、俺たちの表情を見て笑みが消えた。
「悪い知らせか?」
「いや、聞きたいことがあって来た。」
俺がそう言うとコンラッドは少し表情を強ばらせた。
「何について、かな?この前のときに、殆ど伝えたはずだが・・。」
「君たちの科学力であれば、火星よりもずっとテラフォームに適した星を見つけているはずだ。君たちは何故、この地球に来るんだ?俺は前回の襲撃のとき、君たちの宇宙艇を捕縛し中を調べた。だからその推進技術やパワーもある程度は理解しているつもりだ。ワープを併用しているので、正確には分からないが、それでも君たちが地球から数万年光年離れている場所から来たことは分かる。
数万年光年だぞ。本当に君たちは地球以外に居住可能な惑星を見つけられなかったのか?」
「・・・なるほど。地球人らしい疑問だ。太陽系さえ出たことがない君たちが言いそうなことだよ。」
コンラッドが冷たく笑った。
「君たちがどれだけ太陽という特殊な恒星に守られているか、その恒星の放射線や或いは宇宙線からこの星がどれだけ君たちを守っているか、系内の惑星が奇跡とも呼ぶべき配列になっているか、君たちは知識としては知っていても、あまりに現実感が欠如している。この宇宙にどれだけ多くの星があろうと、そう君たちが言うところのハビタブルゾーン内にどれだけの星があろうとも、居住に適した星を見つけ、実際に現地に出向き、そこで過不足のない未来の生活を期待できる可能性がどれ程のものか全く分かっていない。重力を操ることが出来て、星をある程度変えることが出来ようとも、恒星に手を出すことはできない。そして複雑極まりない惑星配列を好き勝手に変えることもできないんだ。火星のテラフォームが簡単だとは言わない。テラフォームは膨大な時間と労力を要するし、コストもかかる。だが、この広大な宇宙で地球よりも優れた星を見つけることに比べたらどうということはない。ご理解頂けたかな?」
俺もナイトレイも、一言も言い返すことが出来なかった。
コンラッドの言葉は真実なのだろうか。それとも・・。
「君は同盟星人が地球に来るまでに、あと早くても1年かかかると言っていたよな。そして、君とSBが話して火星への移住の件が初めて出てきた。君がさっき言ったように火星のテラフォームは大変な作業だ。それなのに何故、我々が降伏しさえすれば火星への移住を認めると言い出したんだ?準備だけでも相当な設備を運び込む必要があるはずだ。それをこれから持ってくるのか?1年、いやそれ以上の期間、それまで私達は何処でどう暮らしていけばいい?それまでの間、同盟星人はおとなしく待っていてくれると、そう言うのか?」
ナイトレイの詰問にコンラッドは目つきを鋭くして
「何故、君たち地底人がそれを心配する?我々は君たちが反抗しなければ何もするつもりはない。今までどおり、地底の奥深くで君たちの生活をエンジョイしてくれればいい。君たちは地底で、私達と同盟星人達は地表で、それで何の問題もないだろう?」
ほう、更に事態がややこしくなってきた。こいつは地球人と地底人を対立させようとしている。おそらく地底人の方が地球人よりも戦闘力に関しては秀でていることを知ってしまったのだろう。いかに同盟星人が強くとも、戦闘時には何が起きるかは分からない。不測の事態を軽減するためにも、標的を地球人だけに絞ったのだろう。
「SB。君も同じだ。君は地球人でも地底人でもない。おそらく我々よりも優れた性質を持っているのだろう。なのに何故地球人の味方をする?君は君でこれまでとおり自由に生きていけばいい。君と和解するためなら、我々も相応の譲歩はするつもりだ。」
コンラッドは穏やかに俺を見ている。
「・・火星への移住の件は、嘘なのか?」
「嘘?私達は嘘という概念を憎悪さえしているんだよ。火星のテラフォームはもちろんやるつもりだし、そこに地球人が住むのもやぶさかではない。だが、居住可能人数はかなり限られてくる。我々はね、多くの使用人達を抱えているんだ。そうだね、数億人はいるかな。地球人にはそいつ等と一緒に火星で仲良く暮らしてほしい、と考えている。この星系内や近くのプロキシマとかね、大いに働いてもらわなきゃいけない。もちろん、地球人には自治権は認めるから火星で安全に生きてほしいと思っているよ。」
なるほど。体のいい奴隷にするってことか。
まあ確かに嘘じゃなかった訳だ。そう言えば華国もマンゴルやチベッタに自治権を認めていると言っていた。それでいて、その内容は完全な植民地扱いだ。
嘘は言わない。だが、同時に真実も言わない。これがこいつ等の交渉術ってことね。
「一つだけ忘れちゃいないか?俺は11年前にこの命を掛けてあんた等から地球を守った。それを今度は見捨てろと言われてもな。いや、自治権などどうでもいい。彼ら地球人がそんな環境を望むと思うか?おそらく地球人は戦うと言うだろうな。そうなったら俺は全力で君たちを迎え撃つ。それと、君は嘘は吐かないと言ったが、肝心な事は言わないんだな。」
「そうかな?君が聞いていたら、私は正直に話すよ。」
「なら聞くけど、同盟星人じゃないんだよね?君が言った1年とか1年半とか、さ。それは君たちならそうで、君たちよりも高い技術力を持つ同盟星人なら、あとどのくらいで地球に到達するのかな?」
コンラッドは先ほどまで浮かべていた笑みを消し、じっと俺を見てきた。
「ほう、気付いたか。どうしようかな。嘘は言わないけど、こればかりは機密事項なのでね。言えないな。」
「面白い。あまり俺を舐めるなよ。」
俺はコンラッドの脳内に無理矢理入り込んだ。少し探ると記憶層にぶつかったので、中をスキャンして中身を精査していった。
ほう、あと5ヶ月後ね。なるほど。油断させ、安心させ、戦う準備を遅延させる。なるほど。
俺がコンラッドの脳から出ると、ナイトレイが驚いたように俺を見ていた。
「そう驚くな。ちょっとこいつの脳内を探っただけだ。やっぱり俺はこういう荒事の方が向いているみたいだ。」
コンラッドは苦しげに椅子から転げ落ちて痙攣していたが、しばらくすると息を吹き返した。
「・・な、なにをした?」
「5ヶ月後ね。わかったよ。もう友好も同情も無しだ。全力で戦わせてもらうよ。あ、君の脳内にあった量子通信用のチップは破壊しておいたよ。最後に地球人の降伏と地底人の傍観が決まったと送ってからね。そしてこれ以上は情報漏洩を防ぐために通信を遮断する、ともね。」
コンラッドの表情が徐々に白くなってくる。
「地底人との共存も最初の1年だけだってね?その後は全員抹殺すると、まあ、その方が確かに合理的だしね。コンラッド、短い間だったけど楽しかったよ。」
俺が笑いかけると、コンラッドは目を見開き震えだした。
「いや、おい、ちょっと待ってくれ。俺を殺すとどうなるか分かっているのか?俺さえいれば未だ交渉の余地が・・・」
「あ、君だけじゃなくて、この施設にいる君の仲間達は全員殺す。そしてまだ地表に潜んでいる奴等も必ず見つけ出して殺す。まあ、君の生命波動が分かったので、探し出すのにそんなに時間はかからないと思うよ。じゃあ、残念だったね、君は優秀なスパイだったよ。」
俺はそれだけ言うとコンラッドの息の根を止めた。
「ナイトレイ」
俺が呼ぶと彼はびくっとして俺を見た。
「今、言ったとおりだ。こいつの仲間、全員のところに案内してくれ。」
ナイトレイは何度も頷くと、震えながら俺を連れて部屋を出た。
「なあ、SB。」
「なんだ」
「君は私達が裏切る、とは思わなかったのか?」
「いや。確かに魅力的な提案だったが、君たちがそれを鵜呑みにするとは思えなかった。」
「ふう・・それを聞いて安心したよ。それと、SB。俺たちも君と一緒に全力で戦うことを約束する。例え、地球人が戦うことを拒んだとしてもね。」
俺は歩きながらナイトレイに頷いた。
ナイトレイが言うには、この施設にはあと3人の異星人がいるようだ。そのうちの一人は地球で言うところの科学者とのこと。そいつの脳内から地球を襲撃する奴等の兵器や武器をある程度は特定できるだろう。それと地底人達の正確な軍事力も知る必要がある。そこで初めて迎撃の対策ができる。
明後日の、いやもう36時間後か。世界会議が楽しみになってきた。60億人が殺され、残りの10億人も火星での奴隷生活を余儀なくされる。万が一それでも戦わない、という結論が出たとするなら、その時は俺はもうお手上げだ。地底人と共に戦って散るだけだ。
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