第三部 地の果てと空の深淵 第五話

さて、ナイトレイ達はどう反応するのか・・。どうせ俺とコンラッドの会話は聞いていただろうし、今頃大いに慌てふためいているかもしれない。

俺がナイトレイがいる部屋に入ると、そこには彼の他に5人の地底人がいた。ご丁寧に全員が白いテーブルの向こう側に座っている。

全員、どう見てもごく普通の地球人にしか見えない。身体の構造はどうなっているのだろう、と、ふと思ったが今はそんな場合じゃない。

俺が黙ったまま彼らの前に座ると、ナイトレイが口を開いた。

「なんとも難しい状況にしてくれたものだ。まさかこんな重要な決断を、それも短期間で迫られるとはね・・・。」

「今は議論中ということかな?だが、君たちの立場は少し微妙かもしれないな・・。」

するとナイトレイの横にいた女性が俺をじっと見たまま話し出した。

「ナイトレイからお聞きになったかもしれませんが、私達は紫外線を苦手としています。もし地球人が全員火星に移住し、それに代わって異星人が地上に住むとしても我々はこのままここにいる事が出来るのではないでしょうか?どうせ地上には出られないのですから。」

「それは・・何とも言えないんじゃないかな。失礼な言い方をすると、自分達の足下に得体の知れない生命体が生息しているんだ。それが分かっているから、君たちはこれまで表に出てこなかったんじゃないのか?」

女性が黙ると、他の男が口を開いた。

「そこは、SBさんが説得してもらえませんか?いや、向こうと話す機会を設けてくれるだけでも構いません。」

俺が黙っていると、また別の男が話し出す。

「SBさん、我々と一緒に戦ってくれるんじゃないんですか?私は、あいつ等を受け入れるのは反対です。」

俺は頷きながらナイトレイを見て

「分かっていたことだが、君たちも意見がまとまっていないみたいだな。まあ、まだ数ヶ月ある。その間に十分に議論を重ねてくれ。と、それはいいんだが、どうするんだ?地球人への挨拶は。」

ナイトレイが黙ったまま俺を見ている。なるほど、まあ、そのくらいは何の問題もない。

「わかった。これから世界中の要人達と話してみる。この際だ、リモートを使って全員と一気に話してみる。」

「うん、いろいろと済まない。感謝する。しかし彼らは情報量が多すぎて相当、混乱するだろうな。」

確かにそうだろうな。あのスタンリーでさえかなり戸惑うだろう。

少しだけ、あの渋顔のスタンリーが慌てるところを見てみたい気がする。もちろんスタンリーだけではない。俺が知る世界中の要人達が大いに困惑するだろう。それでも、こればかりは避けては通れない。はっきり言って、もうオズワルドなんかに構っている暇はない。彼のことはナイトレイに任せよう。

俺は部屋を出て、まずは江橋のところに向かうことにした。

まあ、その前に涼子に会って安心させないといけないが・・。



江橋の執務室で、俺、江橋、涼子、そして最近よく話をするようになった経済省の白井とで、これまでの経緯について大まかな話をした。

面白いことに、最初に口火を切ったのは白井だった。

「総理よりも先に大変失礼かと思いますが、私の考えを述べてもよろしいですか?」

江橋が黙って頷くと

「私はSBさんとこうやって話をするようになってまだ日が浅く、江橋さんや町田君とは違ったことを言うかもしれません。ですが、一言だけ申し上げます。私達はSBさんに一度助けられたのです。あの時、もしSBさんがいなければ、私達はここにこうやっていることさえ出来なかった。であれば、少なくとも私の命はSBさんと総理に委ねたいと思います。」

「いや、さっきも言ったが、前回のときだって俺がいなくても全滅させられることはなかったんだ。せいぜい3分の1くらいだと。だから、君だって生きていたかもしれない。」

「先に襲撃した連中は、我々に対して嫌悪や憎しみを抱いていたそうですね。それに、今度襲ってくる連中と違って感情もあると。であれば、例え我々が生きていたとしても人権もなく、単に生かされているだけの存在に成り下がってしまったのではないでしょうか?新しい領主の元、その領主や仲間達に疎まれながら。それでも私達は生きていくべきなのでしょうか?」

「鳥かごの中の自由も、案外捨てたものじゃないかもしれないぞ。彼らは我々の、歴史上、連綿と繰り返されてきた植民地における非道な扱いを知っているみたいだしな。そう酷い扱いにはならないんじゃないかな。」

「SBの言うことは分からないでもない。だが、我々人類の特性上、それは無理な話だ。必ず反発する連中が出てくるし、そいつらが過激な行動に移ったとしたら、彼ら宇宙人は排除の方向に動くのではないだろうか。そのときこそ、彼らはこれ以上の未来の災禍を防ぐために全ての人類を消滅させる。その方が合理的だからな。」

江橋が苦しげに言った。

江橋の懸念はよく分かる。華国や北ハングルのように、長い期間、それも複数の世代に亘って支配されてくると、諦めの気持ちが強くなり反発一つできなくなる。だが、彼らはそんなに長くは猶予期間を与えてくれないだろう。おそらく、たった一度か二度の反発で、人類殲滅の決定をくだす。

そう、あのとき俺が戦ったのは、やはり意味があったのだろう。

「そうだな。君たち人間は思考集約的な行動はできない。様々な思想や宗教や教義があり、そして数十億もの個性がある。そんな君たちを高々5年や10年でコントロールできるとは到底思えない。異星人の属国となろうとも、出来るだけ離れた場所で自治権のようなものを認めさせて、そこでの、ある意味限られた自由を謳歌する・・・どう思う?町田君。君はどう考える?」

涼子はそれまで黙って考えるようにしていたが、

「少なくとも私は戦えない。例え戦いたくても、きっと何もできない。でも、どういう結論になろうとも私は従うわ。ちゃんと自分の意志でね。私だってまだ死にたくはないし、私の家族にだって死んでほしくなんかない。それでも私は、戦えと言われれば戦う。もうね、どうなろうと覚悟を持つしかないんじゃないかしら。」

さすが涼子。凜々しい意見をありがとう。

「それで?江橋君はどうしたい?」

「火星への移住しかないだろうな。君の言うとおり、彼らが火星のテラフォームや移住をサポートしてくれるのであれば、ね。そこで自治権を持って火星の中だけで我々の全てを帰結させる。そうすれば人類が生き残る確率がより高くなる。」

「そうだな。そう考えるのが最善なのかもしれない。だが、地底人がどう考えるかは分からないぞ。」

江橋が苦虫を噛みつぶしたような表情になり大きく溜め息を吐いた。

「まったく、この期に及んで地底人とはな・・。まあ、以前から噂はあったがアメリアの連中は何でも隠したがるしなあ。」

「とにかく、各国の首脳を集めて会議を行うつもりだ。今は非常事態であり最優先で臨んで貰う必要がある。江橋君も、それとなく友好国にそう伝えておいてくれ。内容を詳しく言う必要はない。ただ、地球の未来に関わる重要な話がSBからあると、そう伝えてもらえればそれでいい。あとは会議の席上で俺が説明する。不足箇所があれば補足してほしい。」

「わかった。で、いつにする?」

「そうだな、華国が今、少しザワついているんだ。そのサポートを依頼している連中の都合を聞かなきゃいけない。」

「・・・華国で何かしたんだな?相当揉めていると聞いているぞ。」

「あ、ああ、ちょっとな。」

「劉首席が全く姿を見せないと、うちの親華の連中が話していた。それに陳総帥とか王とか、華国の有名どころが揃って表に出てこない、とも。」

「どうなんだろうね。劉さんは病気かなんかだろう。もう俺たちの前に出てくることはないかもしれないな。」

江橋はしばらく俺を見ていたが、小さく溜め息を吐いて、「また無茶をしたんだな・・」と小声で呟くように言った。

「とにかく、またこっちの用意ができ次第、すぐに連絡する。ところで白井君にはしばらく華国に行ってほしいんだが、いいか?」

突然の申し出に白井がきょとんとしている。

「・・え?私が、ですか?」

「うん、華国にジェイロンが詰めている。彼のご要望だよ。」

「え・・ジェイロンってあの・・も、もちろんジェイロンの存在は知っていますが、何故彼が私を?」

「はは。君は向こうでは有名人らしいぞ。まあ、同時に危険人物としても認定されているようだが。」

「・・き、危険人物・・」

「安心しろ。今回は、君の類い希な処理能力を向こうが求めているんだ。それに君は民間人ではないからな。その点、向こうもより安全だと思っているんじゃないかな。」

「わ、私がジェイロンと・・しかも華国で・・。」

白井はまだ呆然としていたが、まあ、彼なら大丈夫だろう。

「さ、決まったところで一緒に華国に向かおう。」

瞬間立ち直り掛けた白井は、また呆然として助けを求めるように江橋を見た。

「そういうことらしいぞ、白井君。行ってきなさい。あとのことは私の方で何とかする。」

「江橋君、おそらく数日で一旦片を付けられると思う。それが終わり次第世界会議を行う。では、また連絡する。」

俺はまだ事態を把握仕切れていないままの白井を掴んで華国に飛んだ。

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