第一部 目覚めと制裁 第四話

「あ、やば」

感知班の武島が小さく叫んだ。

「うん?どうした?」

班長の町田が武島に尋ねるが、複雑な配線のヘッドフォンを装着したままなので聞こえていない。

町田は軽く舌打ちして席を立ち、武島のヘッドフォンを外した。

「え、あ、町田さん・・」

「あ、町田さん、じゃないよ。なんだ、やばいって。」

「あ、あの反応があったんです。」

「は・・・えっ!?ほんとか?」

武島は自分の前にある操作盤を押して音量を上げる。

ウィン、ウィン、と警報音が鳴っている。

「場所は?」

「ちょっと待ってください。」

武島は素早くキーボードをたたき、マウスを操作した。

「えっと、都内です。○○市の常磐町3丁目134番・・どうします?」

「どうしますって、ちょっと待ってろ。雄さん呼んでくる。」

そう言って町田は急ぎ部屋を出て、廊下を小走りに特別室に向かった。

ったく、いつも急なんだよ、くそ。

思わず声に出てしまう。雄さん、どうか部屋にいてくれよ。

特別室のドアをノックもせずに開けると、当の雄さんは椅子を二つ並べて完全に寝入っていた。

溜め息を吐いて、

「起きてください!雄さんっ!起きて!起きろ-!」

雄さんは、うるさそうに寝返りを打って、その拍子に椅子から転げ落ちて、うーうー呻きながらいやいや起き上がった。

「反応あったんですよ、SB様から。」

「あ・・え、いつ?」

「ついさっきです。なので、感知班まで来てください。」

「・・今から?」

「今に決まってます。」

「・・なんか、今日は調子悪いんだよなあ・・今、じゃなきゃダメ?」

「ダメに決まってます!さ、早く!」

雄さんと呼ばれた大山雄三はしぶしぶ立ち上がって大きく伸びをし、ついでに大あくびをしてから町田に着いて部屋を出た。

歩きながらインターカムで部長に連絡を入れる。

「あ、部長ですか?さっきSB様から反応がありまして、今、大山さんと一緒に感知班に向かってます。はい、今です。今、すぐです!」

ったく、どいつもこいつも。のんきと言うか緊張感が足らないと言うか・・。まあ、そりゃあれから1年も経つんだし、反応ないのが当たり前というか、わからないでもないけどさ。

「あ、町田さん、遅かったじゃないですかあ」

町田と大山が部屋に入るなり、武島が泣きそうな声で言ってきた。

ううむ、ここにもいた。情けない・・。

「部長が来られたらすぐに始めます。よろしいですね?」

町田が大山と武島に強い口調で言った。

大山雄三は、ご立派な名前ではあるが、結構気が小さくいつも逃げ腰である。それでも超がつくほどの優秀な被憑依者であることは確かなので、SB対策室にとってはなくてはならない存在だ。

便宜的に「憑依」と表現しているが、正確にはちょっと違う。

まず、SBは死んでいない。元気に生きたままの霊というか精神生命体のような存在で、様々な人間の中に入り込みその人間の思考や行動を支配する。

本人曰く、いつ、何処の誰に憑依するかは分からないらしく、しかもどのくらいのスパンで起こるのかも不明だとのこと。

だからこそ彼のパワーが微量でも感知されたら即時、大山さんを使って彼を呼び出すのだ。

はっきり言って彼は危険極まりない。

核弾頭がいきなり目の前に現れるようなものだ。

だからこそ、我々SB対策室が存在し、それなりの地位と予算を貰っているのだが・・。

さきほど核弾頭と例えてしまったが、本当はそんなものじゃない。これも本人曰く、ではあるが、最盛期のパワーはもう出せないが、それでもこの地球の全人類を数回は滅ぼせる力くらいは残っている・・らしい・・。

マジでやばいヤツなのだ。この“くらい・・”というところが最高に怖い。自分を謙遜してこれである。しかも本人もどれだけのパワーを出せるのか、本当のところは分からないらしい。

もっとこわい・・・。

さて、部長もお連れさんを何人か従えて来たみたいだし、そろそろ大山さんが動き出して、SBもそれに答えてくれるみたいだ。

あ、ちなみにSBとは、本人がそう呼んでくれと言っているがその意味は未だに不明のままだ。まあ、色んな学者さんや知識人と言われる人たちが勝手に予想しているみたいだが、こちらとしては、いちいち相手をするのが面倒なのでほったらかしにしている。

そうこうしているうちに大山さんの顔つきが変わり白目になった。

あ・・・きた・・。

『よっ、おひさ~』

きたきた。この拍子抜けするほどの軽さ、緊張感の無さ。

「ご無沙汰しております。町田でございます。SB様は、今はどちらに?」

『うん?えっとね、ちょっと待ってね、○○市立青山高校ってとこ。ちなみに今の俺は小林健吾って高2の学生だよ。』

「ありがとうございます。何かご所望のものはございますか?」

「うーん、なんかこの子、ネグレクトされてるみたいでさ、家にろくな食料さえ置いてないんだよ。だから生活費もらえる?」

「わかりました。その、小林健吾さん、ですか、その人の銀行口座とか分かりますか?」

「うん、四菱銀行常磐支店の、口座番号は・・・・だよ。」

「了解致しました。取りあえず一千万くらいで宜しいでしょうか?」

「うん、それでいいよ。ありがとう。」

「ところで、うちの武島が言うには、本日、何度か軽度のパワー漏れが検出された、とのことですが、何かございましたか?」

「え、そんなのも分かっちゃうの?少しだよ、少ししか出してないよ。」

「はい、こちらの検出器もかなりバージョンアップされておりますので・・。」

「・・なんか、プライバシーを覗かれているみたいでいやかも・・それ、壊してもいい?」

ほら、この人、急に怖いことを言い出すんだもん。やだやだ・・。

「あ、あの、申し訳ございません。ですが、これは我々にとってどうしても必要なものなのです。SB様の行動は、我々だけはどうしても知っておかなければならないことでして・・。」

SBは無言のまま、である。あーやばいやばい・・。もうこんな仕事いやだ。

「冗談に決まってるじゃん。そっちの仕事のことはちゃんと理解しているし、俺ももう馬鹿な真似はしない・・と思うし、ね。」

しない、と断定しないところが正直というか、非常に怖い、というか・・。

「もういいかな?ちょっと野暮用が出来ちゃってさ。」

「はい、分かりました。これからも何かありましたらご連絡ください。私どもも至急の事案があればご連絡させて頂きます。」

「はーい。じゃあ、またねー」

その後、お互いに携帯番号を交換し交信を終えた。

しばらくすると大山さんがグラッと倒れかけ、慌てて武島君が支える。

部長は、というと最初から最後まで一言も話さず、あとはよろしく、とだけ言い残してさっさと部屋を出て行った。

ちなみに私はあれだけの会話で全身汗まみれである

ついでに部長と一緒に着いてきたお仲間の人たちも黙ったまま、そっと出て行った。

まあ、無理もない。だいぶ前のことになるが、通信が終わってすぐにSBに対する不満とか批判めいたことを漏らしたヤツがいて、それを聞き咎めたSBが気を悪くし、そのアホと上司全員が全ての地位と財産を剥奪され南アフリカか何処かの未踏の地域に放り込まれたのだ。ちなみに、そいつらの消息は未だに不明である。

それ以来、SBの悪口や批判めいたことを言う者は皆無となった。

例えそれがSNS上であったとしても、だ。何故なら、これも以前、実際に起こったことだが、SBのことを悪し様にけなし、挑発した奴らがいた。よくあることだが、それを真似て世界中で流れに乗っかろうとしたやつらが羽目を外し過ぎて、一時期SNSが騒然としたことがあった。

調子に乗った、初期メンバー達があろうことか世界中にSB排斥のデモを呼びかけた。その頃になって、忙しくしていたSBがようやくそのスレッドに気づき、激怒した上、全力を挙げて投稿者を特定する、と宣言した。

驚いたのはのんきに投稿やツイートしていた連中である。途端にスレッドの内容も、そんなこと出来るわけがない、いくら偉大なSB様でも、とか、褒めてるのか貶しているか分からないような内容になってきた。

だが、さすがにSB、というべきか。最初に騒ぎ始めた20人くらいが、ある日突如として月面に並んで立っていた。まあ、宇宙服はちゃんと着用していたのだが、酸素ボンベは身につけている一つだけだ。NASAの計算では二日しか生きられないだろうとのこと。もちろん、助けに行けるわけもなく酸素が手にはいる術もなく、この話題は数日で立ち消えになった。

SB曰く、投稿者の一人が、SBはもう必要ない、もしまたあんな事(宇宙人の襲撃事件)があったら、俺は太陽のコロナに突っ込んでやる、とか何とか超アホなことをお話になられたらしい。これに対してSBは、さすがに俺もそんな残酷なことは出来ない、だから太陽じゃなく月にしといたよ、とのこと。

こわいでしょ?めちゃくちゃでしょ?

あ、これは悪口でも批判でもないから、ひたすらSB様のご威光を称えているだけだから。

さ、仕事、仕事。まずはお金の振り込みしなきゃ。

忙しそうに町田は総務局に向かって走った。

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