全肯定しただけなのに

蓮太郎

第1話 全肯定の男


「なるほど、彼の戦術は手札破壊を主軸にしているのですね。素晴らしい…………」


 たまたまその日にあったカードゲームの店舗大会に彼は居た。


 この店にとって彼は常連であり、また奇妙な存在であった。


 何故なら来る頻度は高く、高級で強いカードや誰も使わないカードを満遍なく購入しているのにも関わらず、大会にほとんど参加しない謎の存在であった。


 過去に一度、無理に大会に参加させたことが店側にあったが参加者を褒めつつ完封勝利するという珍事を起こしたため強さだけは黙認された。


 『ライジングイリュージョン』と呼ばれるカードゲームが物を言う界隈において、強さは大抵のことを黙認されるのだ。


 それはさておき、目の前のハンデスを主軸にしている試合に対して彼は純粋に褒め称えていた。


 本来、正面からの殴り合いこそ王道とされているのだがハンデスやバーン、デッキ破壊のような絡め手は邪道と忌避されている。


 ぶつかり合いこそ至高とされている界隈にてぶつからず場を常にコントロールする戦法は嫌われていた。


「捨てた手札の種類で効果を発揮するのですね。なるほど、山札からカードを引く効果か墓地のカードを手札に戻す効果。どちらを選んでも手札を回復させる…………いいカードをお持ちですね」


 1人で好印象の感想を述べているが、周囲の反応はその反対である。


 相手の手札を捨てさせ何もさせない戦術と言うことで心のないヤジが飛ぶ始末、しかしそれを誰も止める事はない。


 彼が褒めている事が異常。だが唯一肯定してくれている人がいるからこそハンデス使いの少年は戦えていた。


「ひ、卑怯だぞ!何もさせてくれないのかよ!」


「僕だって、初めて当てたこいつと強くなりたいんだ!」


 『魔将軍ハンドデスラー』が少年の切り札であり、ハンデス戦略の要になるレアカードだ。


 度重なるハンデスにより既に手札がなくなった対戦相手は次のカードを引いたが状況を打開できるものではなく、そのままターンを終了する。


「僕のターン、コストを払って『ハンドスラッシュ』を発動!その残った1枚の手札を捨ててください」


「そこまでするのか!?ただの手札に!?」


「卑怯だぞ!」


「死体蹴りして楽しいか!」


 周囲からのブーイングが激しいが少年は動じていない。


「おやおや、カウンターカードを警戒しての行動ですね。素晴らしい、最新のカードをキッチリと把握しているんですね」


 それでも彼は肯定した。手札から発揮されるカードが現在存在していることを理解していたからだ。


 少年も最新カードを調べており、万が一カウンターによって攻撃を止められたら、次の1ターンで逆転される可能性を考慮しての戦略を使っただけだ。


 逆に、このブーイングをしている人は最新カードを他に調べていないのかと言う無知を晒しているようなもの。


 それに気づいた観衆は閉口した。確実に勝つ手段を否定までは出来ないのだ。


「『魔将軍ハンドデスラー』でダイレクトアタック!」


「うっ…………負けで」


「ありがとうございました。ふうぅ…………」


 ようやく終わった対戦に、緊張の糸が切れたのか深いため息をついた。


「あんな戦い方でプライドがないのかよ」


「相手ほとんど何もできなかったじゃん。酷いぜ」


「壁とやってろよ」


「くっ、せめて殴り合いさえできたら…………」


 観衆の感想は悪い方へ向いている。堅実ではあるが熱くならない戦いに彼らは価値を見出さないのだ。


 だが彼は違う。


「素晴らしい。手札破壊デッキはあまり出回らないのですが、ここまでの練度は相当練習したでしょう。その努力に敬意を表します」


 パチパチと拍手をしながら彼は褒め称えた。


 他者の目を気にせず、邪道だの外道だの言われた戦法を褒めるというのはあまり良いとはされていない。


「おやおや、皆さん勝者を讃えましょう。手札破壊には自らのリソースを減らすリスクと手札破壊に対するメタカードも存在しています。彼は今の環境において警戒されていないので刺さったと言えるでしょう」


 チラリと少年の方を見るとうんうんと頷いている。


 先述した通り、ハンデスは嫌われておりあまり出回らないため対策されている事は少ないのだ。


 それに加えてカウンターカードが増えたことにより手札を保持したい動きが多く、余分なカードを入れられないと言う事情もあった。


「おめでとうございます。次も相手をコントロールする試合を見せてくださいね」


 男は微笑みながら勝者を讃えて店から去る。


 その前に新弾のパックだけ購入していった。


「…………なんだあいつ」


「割とこの店で見かけるけど、誰に対してもあんな感じだよな」


「俺もハンデス対策入れてみるかぁ?いや、そうなると枠どうしよう」


 邪道とはいえど一つのデッキ。それが流行すれば自分のデッキがまともに回らないのは明白。


 なら対策は捨てられた時に効果を発揮するものか、そもそも捨てさせないようにするか。


 今日もカードショップは賑わい続けるのであった。





〜●〜●〜●〜●〜●〜●〜●〜●〜






 男の家、カードプールの影響でアパートよりも一軒家を購入した方が収納しやすいと判断したため購入した普通の家。


 何故か妙に禍々しい雰囲気を出しているが、彼は気にせずいつも通り玄関へ足を進める。


 玄関を開けると、そこには悪神が居た。


『何処ヘ行ッテタ?』


「いつものカードショップです。留守番で寂しかったのですね?」


 おどろおどろしい姿と聞く者の正気を削るような声にも彼は動じなかった。


『フーン、浮気カ。我ヲ置イテ他ノかーどヲ見ニ行ッテタト』


「おやおや、君に合うカードを探していたのですよ。ここ最近は王道以外のデッキもちらほら見え始めましたので、その対策と新カードを探していたんですよ」


 ぴらり、と購入してきたパックを見せてアピールする。


 殺気を放ち続けていた悪神だったが、自分のために動いていたと言うことを理解した瞬間、ポンっと煙を纏うと同時に小さな体躯の少女がその中から飛び出してきて彼に抱きついた。


「なーんだ!我のために買ってきてくれたんだ!えへへ、嬉しいな〜」


「ええ、一緒にパックを開けてみましょう。出なければ明日も買ってきますよ」


「1発で我に合うの当ててやる!」


 玄関の中に入りながら彼は思う。


 厳しい世界で戦略や使用カードの問題で迫害される人間が多いから肯定して優しい人っぽいのになろうとしたら、裏ボスっぽい『悪神ウェロボラウス』を嫁っぽいポジションに堕としてしまったのか。


 機嫌を損ねたら世界がヤバいという自覚を持ちつつ、今日も全肯定ロールをする彼であった。



〜topics〜


主人公(名前は無い)

別世界からの転生者。なんやかんやで大人になるまで生き延びてきた。

実家の遺産と株と不動産で働かなくても金に困らないよう立ち回った。

『ライジングイリュージョン』に関しては完全に未知だったので1から取り込み、自前のカードゲーマーの知恵やプレイスキルを駆使してかなり強い。

デッキは多種多様に渡り、大量のカードを所持していてデッキ構成を毎日考えている。

空き巣被害がいつか出ると警備システムをどうにかしようとしていた矢先、『悪神ウェロボラウス』が紆余曲折あって家に転がり込んできたため警備がいらなくなった。むしろ侵入者の命の方が心配になる日々を過ごしている。



『悪神ウェロボラウス』

禍々しく恐ろしい悪神。世界の敵と言っても過言ではない。

本来6色しかない『ライジングイリュージョン』の中で理外に当たる『黒いカード』、異端故に『黒いカード』は迫害され続けて悪神となった。

数万年ぶりにこの世に顕現した際に主人公が第一遭遇者となり、人間の傀儡を作るためにバトルを挑んだらコテンパンにされた。

敗因は自身の召喚条件とデッキ内容が噛み合いそうで微妙に噛み合いにくいため、そこを突かれて追い詰められた。

終盤でギリギリ自身を召喚できたが耐え凌がれて返しの1ターンで負けた。

ただ、常に否定され続けられていた『黒いカード』を褒められて存在を全肯定された為、主人公に本気に惚れ込んでしまい撤退したと見せかけてストーキングからの不法侵入をかまして居座った。

そこからデッキ内容の編集とカード内容を褒め続けられたので嫁みたいなポジションに居座っている。

ちなみにモンスターとしての姿は腐食した蛇と棘の集合体であり、人間体は二本捻れ角付き褐色ロリ。

全肯定してくれる主人公に滅茶苦茶依存している。

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