第30話:水曜日。周防水湊とラストショット(前編)

「んんー、生の澄香すみかちゃんだ❤︎」


 部屋に入るなり、抱きついてくる水湊みなとちゃん。


「人のこと『生』とかあんまり言わないでね? お魚かお肉かビールにでもなった気分だから」


 ヒトを食材扱いするのは、それは本来妃月ひづきさんの領分なはずだ。領分ってなんだよ。そんな領分捨てちまえ。


「ごめんだよお、澄香ちゃんと一緒できて嬉しかったからあ……。それにしても……今日、なんだか荷物が多いねえ?」


「……そうだね。特製の教材があるから」


 普段の学生カバンの他に、あたしは紙袋を持ってきていた。その中に特製の教材があるわけだけど……。


「そうなんだ? 嬉しいけどお……」


 といいつつ、水湊ちゃんは眉をハの字にする。「勉強のためにそんなに頑張んなくても……」というのが本音だろう。気持ちはわかる。気合いの入った教師ほどありがた迷惑を体現している存在もないだろう。


「えっと、じゃあ、水湊ちゃん……」


 はあ、今日も大変そうだなあ……。


「……あたしがいいって言うまで部屋から出てもらってもいい?」


「え? どおして?」


「どうしても」


「わかったあ……」


 不安そうな顔をしながら渋々出ていく水湊ちゃん。


 ドアが閉まるのを確認して、あたしはガサゴソと紙袋からそれを取り出した。


 出来ればこんな『教材』使いたくはないんだけど……でも、もう作ってきちゃったから仕方ない。


 あたしは意を決して。


 ——それ・・を頭から被った。







「澄香ちゃん、そのかっこ………!」


 部屋に戻ってきた水湊ちゃんは、


「パリコレみたいだね!?」


 と、存外に目を輝かせた。


「ものはいいようだね……!」


 パリコレなんてそんな上等なものでは当然ないけど、実際パリコレみたいっちゃパリコレみたいかもしれない。


 なんてバカなことをしてるんだろう、と思ってる。


 なんと、あたしが被っているのは——


「デザイン費も制作費も限りなく安価だけどね……」


 ——頭を出す穴を開けた透明のゴミ袋だ。


 しかし、ただの透明のゴミ袋ではない。


 ゴミ袋の内側には、A5サイズの紙がびっしりと貼ってあり、その全てに数学の問題が書いてあった。


「で、これって……なにかなあ?」


「……脱衣ブロック崩しっていうのがあるんだって」


「だつい……?」


 あたしは説明を始める。


「ブロック崩しっていうゲーム知ってる?」


「うん……なんかボールをテニスみたいに跳ね返してレンガみたいなのを崩すゲームだよね? それが?」


「そのブロックの下に、えっちな画像があるとしたら、どうなる?」


「崩せば崩すほど、画像が見えるようになる? ……まさか、うそ、この下って……!」


 水湊ちゃんは驚愕に目を見開く。


「裸は流石に無理だから、スクール水着にスカート……だけど」


「きゅうん……!!❤︎」


 きゅんって口で言う人なんているんだ。


 ……まあ、水着の上にゴミ袋着る女子高生よりはいるか。


「この紙に書いてある問題を解けたら、その紙を剥がしてあげる」


「本当……!?❤︎」


「うん」


「じゃ、じゃあ……鎖骨のところ問題から解いちゃうね?❤︎」


「ふっ……」


 あたしはつい笑みをこぼしてしまう。


「澄香ちゃん、ひどい……!」


 数秒後、問題を見た水湊ちゃんはしょぼんとした目であたしを見る。


 ……そんなの、当然の策だ。


 腕とか背中側にある簡単な問題を解けないくらいの理解力じゃあ、重要なリンパせつの問題は解けないようになっているんだよ! 重要なリンパ節ってなんだよ?


「制限時間は、1時間だよ。水湊ちゃん」


 あたしは人差し指を天に向ける。


「1時間……!」


「1時間以内に、水湊ちゃんは見たいところの問題が解けるかな……?」


 涙目の水湊ちゃん。


「がんばるもん……! 澄香ちゃんのいじわるう……!」




<あとがき>

水湊の最後の授業編、開始です!

また奇特な策を考えましたね、澄香ちゃん……。

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