第12話 ロボ子さん益荒男事件②
「一体なぜこんなことに?」
放課後の空き教室で、ロボ子さんは青い瞳で遠くの空を見つめていた。
コーヨー先輩には『放課後少し用事があるので合流か遅くなります』と、すでに連絡を入れている。
待ち人はまだ来ていないが、篠宮葵さんたちが呼んでいるのでそろそろ来るだろう。
ロボ子さんはこれから決闘だ。
なぜか女子バスケットボール部の部長の篠原司先輩と直接対決させられることになっている。
……解せない。
昼休みに起こったロボ子さん益荒男事件。
端的に言うと男子バスケットボール部の部長さんが忠告は正しかった。
でも情報が早すぎた。
ロボ子さんはまだクラスでハブられる状態に陥っていなかったのだ。
男子バスケットボール部の部長さんは、これから起こる動きを察知して、コーヨー先輩に忠告したようだ。
ただ女子バスケットボール部の部員がロボ子さんを、クラスからハブろうとしていたというのは少し見解が異なる。
クラスにいる女子バスケットボール部の二人は、積極的にロボ子さんをイジメよう、無視しようという意図はなかった。
ただ篠宮葵さんがロボ子さんと関わろうとするのをやめさせたかった。
しかしロボ子さんとクラスメートの接点は、篠宮葵さんによって保たれている。
篠宮葵さんがロボ子さんと関わろうとしなければ、結果としてロボ子さんはクラスからハブられることにはなっていただろう。
篠宮葵さんは猛反発した。
その口論の最中にタイミング悪く教室に帰ってきたのがロボ子さんだ。
昼休み、ロボ子さんが教室に足を踏み入れたら気まずい沈黙が流れた。
本人のいないところで良からぬ議論をしていたので当然かもしれない。
ロボ子さんのことを良く思っていない人は他にもいて、仲違いは女子バスケットボール部の三人に留まらず、クラスの女子の半数を巻き込んでいた。
その全員が気まずそうに目をそらしていた。
明確に敵意を向けてくる子もおらず、消極的な団結だったのだろう。
そもそも教室にあまりおらず、クラスの交流に消極的で時間があれば彼氏に会いに行っているようなクラスメートは嫌だ。
これに関してはかなりの部分がロボ子さんの責任であると思っている。
なお男子全員と女子の半数は遠巻きに聞き耳を立てて、傍観者に徹していた。
ロボ子さんの味方は篠宮葵さん一人だけだった。
内容が内容だけに篠宮葵さんを取り囲むクラスの女子に勢いはなかった。
篠宮葵さん曰く「神岸さんと関わるのはやめたほうがいいんじゃないかな」という趣旨のことを消極的かつ遠回しに後ろめたそうに言ってきたらしい。
内容もだが、篠宮葵さんはその態度が気に入らなかったのだとか。
数だけ揃えて遠回しにウジウジと!
女なら益荒男なロボ子さんを見習え!
そんな感じで篠宮葵さんがブチ切れたタイミングでロボ子さんが帰ってきたらしい。
益荒男なロボ子さんってなんだ。
「まさか葵さんがあの場所にいたなんて」
ロボ子さんは言いたいことはたくさんあった。
クラスの皆にも問い糾したいことはあった。
しかしなにより優先すべきは篠宮葵さんの『ロボ子さんは益荒男』発言だった。
一体なにを根拠にそんな世迷い事を主張しているのか、ロボ子さんは勢いに任せて篠宮葵さんに確認してしまったのだ。
よりにもよってクラス全員が聞いている前で確認してしまった。
二人きりになれる場所でこっそりと確認すればよかったのに。
こうして篠宮葵さんの口から語られることになったロボ子さんの武勇伝。
「だって私は佐久間先輩と神岸さんが付き合うことになった米俵コーヒーにいたし!」
「えっ!?」
「馴れ初めも全部聞き耳立ててた! 先輩! 私とお付き合いしてください! 今どきあんな真正面から告白するとかマジでカッコいいよ神岸さん! 私はあの姿に感動して惚れたの!」
なぜ篠宮葵さんがロボ子さんと仲良くしてくれるのか。
その謎が氷解した瞬間である。
ちょっと熱が高すぎやしないか。
ロボ子さんは教室から蒸発したくなった。
「あっ! やっぱり神岸さん気づいてなかったんだ。あのとき私と言葉も交わしたのに」
「す……すみません。全然記憶になくって」
わざとらしく泣き真似をする篠宮葵さん。
本当に記憶がなかった。
クラス中がロボ子さんたちの会話に聞き耳を立てていた。
謎に包まれていたロボ子さんの残念さが解き明かされようとしているのだ。
「『案内します』『こちらです』『承りました』」
「米俵コーヒーの店員さん!?」
いた!
確かに背の高い店員さんに接客された。
ショートカットで顔色一つ変えない綺麗な店員さん。
絶対に年上だと思っていた。
まさかクラスメートだったなんて。
「春休みに先輩の伝手で臨時のバイトをしてたんだよね。年齢的にはギリギリだけど客の多い時期だし、米俵コーヒーのフードメニューはドリンクも一皿も重いじゃない。あそこ重労働だし体育会系なの。私は背が高いし、体力あるからイケるでしょって」
「そ……そうですか」
米俵コーヒーが体育会系。
フードメニューの量から説得力しかない証言だ。
そこからは篠宮葵さんの独擅場だった。
「米俵コーヒーでの待ち合わせ。あの日先に来ていた佐久間先輩は沈んでいた。私はお姉ちゃんから病気のことは聞いていたし、塞ぎ込んでいることも知っていた。だから私もその様子を当然だと思うだけだった。かける言葉も思いつかなかった」
「えーと篠宮さん? なにを語ろうとしてやがりますか?」
「でも……でも神岸さんは違った。到着したと思ったら笑顔で話しかけた。俯いている佐久間先輩の顔を上げさせて、前を向かせたの」
「コーヨー先輩は座っていて、私は立って話しかけたから必然的にそうなりますよね」
「そして二人で仲良くフードメニューを食べ始めたと思ったら、急に二人して爆笑しだした。入店したときら暗い顔をしていた佐久間先輩が笑ったの。凄くない?」
篠宮葵さんは誰かに語りたかったのだろう。
今日は囲まれて非難されたし、教室でのロボ子さんの扱いにフラストレーションが溜まっていたのかもしれない。
ロボ子さんはたびたび訂正を入れるが、篠宮葵さんは止まってくれない。
なぜか教室にいるクラスメート全員が聞き入っている。
「私は二人がどういう関係なのか気になって聞き耳を立てていた」
「立てんな!」
「信じられないことに二人はその日が初対面だった。ただ神岸さんは佐久間先輩の病気のことを知っていて……助からないことも承知のうえで、店内に響き渡るようなさっきの大告白をしたの!」
「あーあーあー聞こえない。聞こえませんから」
ロボ子さんは両手で耳を塞いで蹲る。
どうしてこんな辱めを受ける羽目になったのか。
篠宮葵さんのことを、クラスメートのことを知ろうとしなかったからだ。
ちゃんと関わっていたら事前に口封じできたのに。
「最初、佐久間先輩は消極的な態度だった。どうも煮え切らない。あんなにハッキリ告白されたならば付き合うか断るか。さっさと返事しなよ! ……と乱入したくなる気持ちを必死に抑えて、私は進展を見守った」
「見守らないでくれますか!?」
「もちろん佐久間先輩の事情もわかるよ。余命一年。自分は長くない。そんな自分が誰かと交際していいのか。佐久間先輩は明らかに神岸さんに惹かれていたからね。断ることもできない」
「そうだったんですか? 確かに嫌われていなかったと思いますけど」
「あんな佐久間先輩の優しい表情初めて見たもん。お姉ちゃんと違って私はそんなに佐久間先輩と親しくしてなかったけどさ。お姉ちゃんと一緒にいる姿はよく見ていたから違うのはわかるよ。たぶん佐久間先輩は一目惚れだったんじゃないかな」
「……一目惚れ」
恋愛感情が死んでいるロボ子さんには理解できない現象だ。
相性がいいとか悪いとかはわかるのだが。
ロボ子さんと佐久間先輩はAIの診断でもわかるくらい相性がいい。
「盗み聞きしてたから知っているんだけど、神岸さんは別にあのとき佐久間先輩に対して恋愛感情を抱いていなかったんだよね。なのにどうして交際しようとしたのか! その理由がまたカッコよくて」
「まず篠宮さんは盗み聞きしていたことを悪びれてください!」
「どうせするなら一生引きずる後悔よりも……私は一生引きずる恋をしたい」
「ぎゃあぁぁぁーーー!」
「……カッコよかった。余命一年と宣告されてどん底にある相手との出会い。縁がないと見て見ぬ振りをすることもできた。でもすでに出会ってしまった。ここで逃げたら一生後悔することになる。だから付き合ってずっと側にいること選ぶ。これぞ益荒男の心意気」
「もう……殺してください。お願いだからひと思いに」
乙女チックとか、恋愛脳ならともかく益荒男。
ロボ子さんを見るクラスメートの視線が暖かいのがつらいです。
誰ですか今「益荒男だ」と呟いた人。
納得しないでください。
「そのあと煮え切らない佐久間先輩にトドメを刺すようにさ」
「トドメとか言わないでくれますか」
「佐久間先輩の手首を……ううん脈を取りながら神岸さんが言ったの。佐久間先輩はまだ生きています。幸せになることを諦めないでください」
「あーはいはい言いましたね!」
「私が貴方を幸せにしてあげますから」
「それは言ってない!」
そう返すと篠宮葵さんがロボ子さんの両手首を手で優しく包み込んだ。
女子バスケットボール部だけあって背だけではなく手も大きい。
「私はハッとさせられてさ。佐久間先輩のことを不幸な人だって思い込んでいたから。失礼だよね。それって余命宣告されたら、もう死ぬ瞬間まで不幸であるべきと言っているようなものだよね。そんなこと間違ってる」
「……今私が教室で公開処刑食らっているのと同じくらい失礼で間違ってますね」
「それで勝負あり。佐久間先輩はまだ往生際悪く迷っていたようだけど、二人は付き合うことになりましたとさ。あのときは心の中が拍手喝采で、料金無料にしたくてレジを打つの躊躇ったもん」
「私は見学料と慰謝料を請求したくなりました」
「店に来たときは今にも死にそうな顔をしていた佐久間先輩はもういない。私が知っている……ううん私が知っているよりも活き活きしている佐久間先輩が店を出ていく。私は失意のどん底にいた人が救われる瞬間を目撃したの」
「……本当に救う力はないですけどね」
ようやく終わった。
ロボ子さんに灰花病を治すことはできない。
救うを方法もない。
できることなんてできる限り一緒に過ごして、側で笑っていることぐらいで。
「でもここで終わらないのが神岸さん」
「え……まさか」
「店を出て大勢の人が行き交うショッピングモールの往来。佐久間先輩は背が高いし、神岸さんは変わった髪色だから二人は目立っていた。私は見送りに頭を下げたあと、二人の姿を目で追っていた」
「見てたんですか!?」
「神岸さんは恋していない。恋愛がよくわからないと主張していたから自分に暗示をかけるためだろうね」
『佐久間虹陽さん。私は貴方のことを愛しています』
「って、丁寧に一音一音透き通る声で言い切ったの。あんなに綺麗な愛の告白を初めて見てさ。私以外の人を聞き入っていた。もう二人だけ素敵な空間。ドラマのワンシーンみたいだった」
「…………あれは」
ちょっとした悪戯だったんです。
恋人の形から入るために毎日お互い愛の告白をすると契約書に書いてあるので先制攻撃のつもりで、ってこんなことは説明できません!
理解もされません!
ロボ子さんは身近な人から誤解されないならばいい。
大事なことの優先順位は間違えない。
そうやって第三者からどう見られるのか。
客観的な評価を切り捨てたつもりでいた。
それがまさかこんな結果になるなんて。
「ねぇみんな。ひとりの人を救うって大変なことだと思うの。他のことに手が回らないくらいに。だから神岸さんを悪く言うのはやめよ? たぶん一生後悔を引きずることになると思うよ」
篠宮葵さんがそう言うと、女子バスケットボール部の二人がロボ子さんの前に出てきた。
白河さんと堀越さんだ。
「ぐす……ごめんなさい。私たち神岸さんのことを誤解してた」
「悲劇のヒロインぶった人だとばかり。私たちの見る目がおかしかったみたい」
「……私の方こそクラスに打ち解けようともせず申し訳ありませんでした。今もの凄く反省しています」
二人からの謝罪を受け入れて、ロボ子さんからも謝罪を口にした。
和解は成立だ。
これでクラスとのわだかまりが解消された……のだろうか。
ロボ子さんが一方的な辱めを受けているうちに、問題に発展する手前で終わったので実感はない。
その様子を見届けた功労者の篠宮葵さんはロボ子さんにグイッと顔を近づけてきた。
やっぱり女子バスケットボール部だけあって背が高くて見上げる感じになる。
佐久間先輩ほどではないので首の疲れはマシだが、佐久間先輩のときよりも距離が近い。
改めて間近でみると、篠宮葵さんはショートカットでボーイッシュ。
男装が似合いそうな麗人だ。
男子よりも女子に人気がある美人だ。
薄々感づいていたが、今回の騒動が大きくなった原因の一つとして篠宮葵さんの容姿は関係あると思う。
ロボ子さんがクラスで唯一仲良くしている相手が篠宮葵さんだから、一部の女子から敵視されたのではないだろうか。
篠宮葵さん本人には告げないけど。
「ねえ神岸さん。ずっと頼みたかったことがあるんだけど」
「なんですか?」
「ロボ子さんって呼んでいい? 盗み聞きで聞いてから頭の中では、ずっとあだ名で呼んでいるんだけど、さすがに今まで呼べなくて」
「……別にいいですよ。その代わり今後盗み聞きはやめてください篠宮さん」
「了解! これからも末永くよろしくね。私のことは葵でいいから」
葵さんがニコッと笑って抱きついてくる。
距離が近い。
あと一部のクラスメートからなぜか小さな歓声があがった。
怒声ではなくなぜ歓声。
ロボ子さんはまだこのクラスのノリがわからない。
「それでここからが頼み事の本題だけど、今日放課後に時間取れない? ロボ子さんは佐久間先輩第一だし、無理言っているのはわかっているんだけど」
「コーヨー先輩には事前に連絡すれば大丈夫だと思いますが」
一緒に遊ぼうよ。
ロボ子さんそんな今更の友好を深める集まりのお誘いだと思って油断していた。
葵さんはそんなまともな人じゃない。
「そっか。それで肝心の頼みごとの内容だけど、今回の騒動の発端。うちのヘタレた姉の性根を叩き直してやってほしいの」
「はい。…………はい?」
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